4 そんなの耐えられませんわ!
流れ上仕方なく、婚約者の買い物につきあうことになったヒロイン。
センスのない贈り物を回避することには、成功しそうになるのだが……。
「とっ兎に角! きょっ今日はつきあってさしあげますわっ!
さぁどこにでも一緒に行きますわよ! いつものセンスの悪いアクセサリーはどのコーナーで買ってますの!?
というか、気が利きませんわね。こういう時は、何も言わないでもエスコートするものですわ!」
「う、うんっっ! こっちだよ」
ああもう。
殿下ってば動きまで、のそのそしてますわっ!
そのうえ、狭いですわ。迷路みたいですわ。しかも薄暗いですわ。
殿下の進路に品定めをする方や、いちゃつくカップルがいないのは幸いですわね。
もしいたら、殿下があちこちでぶつかって難渋しそうですもの。
幸い……ではないでしょうね。影の方々、ありがとうございます。
後で感謝を込めてお礼をしておかなければなりませんね。
あちらの影の方々にもお礼が出来るといいのですが……後で影の友に方法がないか聞いておきましょう。
それにしても、どこを見ても余りいいセンスではありませんわね。
わたくしが贔屓にしている店の宝飾品に比べて、洗練されていませんわ。
細工も材料も全てが安っぽいですわ。
貴族のあいだで流行っている意匠を真似ようとして、真似仕切れていないんですわ。
せいぜいが『この腕と材料で、精一杯真似をして涙ぐましいですわ』レベルですわね。
殿下のセンスのアレさに加えて、品揃え自体がアレなんですのね――
「あら?」
わたくしの目に、ガラクタの山の中からひとつのブローチが飛び込んで来ましたの。
思わず立ち止まり、見たことのない花のブローチを手に取ってしまいましたわ。
……いいですわね。
材料自体は木製で、色合いもそのままですわ。
でも何か透明な塗料が塗ってあるようで、その上で更に磨いたらしくて不思議な光沢がありますわね。
光沢と言っても安っぽくはない光り方ですわ。丁寧に磨き上げてありますわ。
それに花びらの細工が繊細ですわね。
これなら、ちょっとおしゃれですわ。
この花は……ここらのものではありませんわね。
そうだ絵で見たことはありますわ。南方に咲く花ですわね。
マレーネの領地の辺りに咲いているものでしょうか。
「え……これがいいものなの?」
少し先を進んでいた殿下が戻ってこられましたわ。
わたくしは、殿下に見えるようにブローチを差し出して。
「原価は安いですけど、センスはいいですわ。見て下さいまし。この花びら一枚一枚の彫刻とか。素晴らしい細工ですわ。
適度に抽象化されたデザインセンスもなかなかのものですもの」
「でも、王都でこういうのつけてる人なんていないよ? 宝石も使ってないし」
ああ。なるほど。
殿下はセンスがないので、貴族の間で見かけたことのあるようなアクセサリーに似たものを、必死に選んでくれていたのですわね。
そういう選び方では、いまひとつ、いえ、いまむっつな物になるのは仕方がありませんわ。
「ボクがセンスがないのは、あきらめているけど、君が身につけていて、君が陰口を言われるのは嫌だから……」
殿下は、気が回らず、センスがないなりに、わたくしの事を考えていてくれたんですわね。
「はやりものの模造品よりも、こういうのの方がよろしいですわ。
殿下は気をどう回したって、回転が足りないんですもの。そういうことを考えても無駄ですわ。
これがわたくしに似合ってると思ったものを買ってくださればいいんですわ」
「だけど」
「わたくしが気に入ってつけてたなら、誰にも文句は言わせませんわ。
わたくし気に入らないものを身につける程、慈善家ではありませんもの」
「そりゃ君は何をつけても似合うけど……」
「わたくし、何をつけても似合うわけじゃありませんのよ。似合ったものをつけるようにしているだけですわ。
何でも似合うわけではありませんのよ」
あら? おかしいですわね?
どう努力しても似合わないのに、殿下からの贈り物は身につけますわよね。
今、自分で言いましたように慈善家ではありませんのに。
べ、別に深い意味はありまわんわっ。
殿下はこれでもわたくしの婚約者で王族ですもの、一度も身につけないのは失礼ですもの。
それだけですわ。それだけですわっ。
「……それでもボクから贈ったものを、一度は身につけてくれてたんだ……。
やっぱり君は優しい人なんだね」
「やっ優しくなんかありませんわ。単に、出来もしないことをするなと言っているだけですわ。どうせ出来ないんですから」
殿下は、ゆっくりと首を振って、呟きましたわ。
「ボクにそんなことを言ってくれるのは君だけなんだ。
他の人はみんな、お前は何にも出来ないんだから、周りの真似をして、目立たないように息を潜めていないみたいに生きろ、としか言わないから……」
この方は何故、そう言われても仕方がない、みたいなお顔をするんでしょう。
確かに殿下は、眉目秀麗とはほど遠いですし、物覚えは悪いし、運動神経は存在しないし、気の利いたことのひとつも言えませんわ。
礼儀作法もぎこちなくて、優雅な物腰とはほど遠い方ですわ。
表面に見える部分だけなら、あの気取り屋勘違いイケメンのほうが王にふさわしかったですわ。
ですが殿下は、鼻につくプライドを振り回したり、権力を暈に着たりはしませんわ。
公金を自分の財産と混同したり、人を陥れようとあこぎなことをするわけでもありませんわ。
それらが全て、能力が足りないからだとしても、全然悪いことではありませんのに。
ああ、やっぱり。
この方にはわたくしがついていないと。
わたくしだけでもお味方でいないと、どうしようもありませんわ。
「かっ、勘違いなさらないでくださいっ。
わたくしはだ、断じて優しいわけではありませんわ。
たっただ、婚約者としてっ思うところを正直に申し上げているだっだけですわっ」
なぜか恥ずかしくて、早口になってしまいましたわっ。
胸がキュンキュンとして苦しいですわ。
「ありがとう…ボクにそういう風に正直に裏表なく話してくれるのは、ほんとうに君だけなんだ。
ずっとずっと君のそういうところが素敵だと思ってるんだ。
もし君が今みたいに綺麗でなくても、優秀でなくても、そういう所を素敵だと思ったと思うんだ」
ああ。そんなキラキラした目でわたくしを見つめないでくださいませ!
ありえませんわ、殿下の目はいつも眠そうなハズですのに!
「あっ当たり前ですわっ。わっわたくしは別に殿下に言われなくても完璧で素敵な淑女のなかの淑女ですものっ!
それに、しっ失礼ですわっ、わたくしはどういうわたくしでも、綺麗で優秀でないわたくしなんてああありえませんわっっ」
ここっ狭いせいか空気が薄いような気がしますわっっ。
だから胸が苦しくてキュンキュンするんですわっ。
頭が熱くなって、どこもかしこもぼぉっとして、なんかわたくしおかしいですわっ。
「え、あ、あの、ももももしかしてこれも同じ人の作品かもしれませんわっ! あっ――」
「あっっ」
別のアクセサリーをよく見ようとしたら、かっ肩がふれあってしまいましたわっ。
い、いえ、さっきからずっとふれあってたことに気づいてしまいましたわっ。
きょ、距離が近いですわ。近すぎですわっ。
そ、それにわたくしいつもより無防備ですのよ。
ま、まだ婚姻前だというのに、こんな狭い場所で体を寄せ合って、息づかいどころか体のあたたかさまで感じてしまいますわ。
それに、ここは暑くて狭いですからわたくし汗をかいてしまっていますわ。
今のわたくしはあくまで侍女ですから、香水だって何もつけていませんわ。
殿下がそのにおいをご不快に感じられたりしたらっ。
いつもより体にぴったりした服装ですし、下着だって下にしかも頼りないのしかつけていませんのよ。
おかしいですわっ。わたくし殿下の前では、余りに無防備になりすぎですわっ。
この前も、膝枕、ではなく治療行為で密着してしまったり、それ以前に、ランチではいつもふたりきりですわ!
そ、そりゃ危険なんかないかただと判っていますけど!
あのいつも目をギラつかせていたバカ王子相手には、適切に慇懃に距離をとれましたのに!
この方が、余りに愚鈍なのでわたくしのエレガンスがおかしくなってしまってますわ。
「あうう」
「どっどうしたの?」
「え、あっ、なななんでもありませんわっっ。うう上の方も見たいですわねっっ!」
この態勢から逃れようとして、高いところにあるのを取ろうとしましたわ。
「あっ」
殿下が真っ赤になって、慌てて顔をおそらしになりましたわ。
「えっっ。あっっっ」
失念していましたわっ。
この服、脇の下は大きく開いていて無防備だったんですわっ。
腕を伸ばした拍子に、殿下の目に、脇の下と胸のふくらみのふもとを大胆にさらしてしまいましたわっ。
は、恥ずかしすぎますわっ。はしたなすぎますわっ。
で、殿下のお顔を直視できませんわっっ。
「でっ、殿下っ。よ、予定をおお思い出したのでし、失礼させていいいただきますわっっ」
わたくしとしたことが思わず逃げ出してしまいましたわ。
殿下の前だというのにっ、今のは完璧とほど遠いですわっっ。
それに、あの状況が続いたら、わたくしが乳女と同じように殿下を誘惑していると誤解されかねませんわっ。
そうしたらっ。
殿下があの乳女にお示しになった嫌悪を、わたくしに向けてきてしまうかもしれませんわっ。
そんなのっ。そんなのっ。耐えられませんわっっ。羞恥で死んでしまいますわっ。
「きゃっっっっ」
人にぶつかってしまいましたわ。
男の方ですわ。お連れはいないみたいですわね。
「いてぇな。いてぇいてぇ。腕が折れちまったかもなぁ。どうしてくれるんだよぉ」
卑しい笑いを浮かべて、わたくしの体を上から下まで嘗めるように見ていますわ。
ちっとも痛くなさそうですわね。
「あそこのデカい屋敷の下働きの女かぁ。
人に大けがさせたなんて知られたら、クビになっちまうかもなぁ」
どう見ても、怪我のケの字もしていませんわね。
それに体つきからして、単なる素人の破落戸ですわ。
第四話です。
まだ続きます。