3 今日はつきあってさしあげますわ!
完璧な変装だったのに、婚約者にあっさりと見破られてしまったヒロイン。
結局は、一緒に楽しく買い物をすることになってしまうのかっ!?
「そういう姿も綺麗なんだね」
「えっっ」
声の方を見ると、すぐ横に殿下がっ!?
あっさりと見破られてしまいましたわ!
「ぐ、偶然ですわ別に殿下がこの店に来ていると聞いてセンスの悪い贈り物をされるといやなので一緒に買い物をして着けられない贈り物を防ごうとしたとか、ずっと着けていたいからわたくしの好みを教えてさしあげようとかなんて全くちっともこれっぽちも考えてなんかいませんわ!」
「そんな失礼なこと考えていないよ。ボクはそこまで考えては貰えないしその資格もない人間だから」
「そ、そんなこと判ってますわ! 万が一そんな誤解をされたら嫌ですから言っただけですわ!」
「誤解してないよ」
誤解してもいいんですのよ!
それが真実で無いとしてもそれくらい誤解するくらいなら許しますのに!
許すだけですけど!
「君がわざわざ変装しているのに声をかけてしまって……こういうところがボクのダメな所なんだよね……」
「わ、わたくしのように完璧に美しい相手ですもの。声をかけてしまっても仕方ありませんわよ」
「うん……本当に何を着ても似合うんだね。いつも最高に綺麗だよ君は、惚れ惚れしてしまうよ」
「あ、当たり前ですわっ」
「あ。本当にごめん。ボクごときにプライベートな時間を使わせてしまって。ボクはここで消えるよ。え」
「あっ」
いけませんわ。立ち去ろうとする殿下の袖を、反射的に掴んでしまいましたわ。
「こ、これはその、だってですわ。仕方ないですわ!
ここでお互い気づいてしまったのに、わざわざ別れるのは不自然ですわ!
わ、わたくしの用事はもう終わっておりますから、で、殿下の用事につきあってさしあげますわ!」
「ボクごときに――」
「わたくしがつきあってさしあげると言っているんですの!
わたくしに恥をかかせるおつもりですの?」
なんですか殿下。すまなそうなでいて、メチャクチャ嬉しくてたまらないというお顔は!
この方、本当にわたくしと一緒にいるのか嬉しいんですのね。
『女はオレの美貌とセンスにいつでもメロメロ。側にいたがって当然』臭がいつも漂ってたイケメン気取りとなんて違いでしょう!
わたくしとあんなのがお似合いだとか囁いていた方々は、殿下以上に無知蒙昧ですわ!
「いいのっ!? 君は仕方なく言ってくれたんだろうけど、凄く嬉しいよ! 今日のことは絶対に死ぬまで忘れないよ!」
死ぬまで。死ぬまでってこの程度で重すぎますわ殿下!
こんな素敵に重いんじゃ、わたくし一生殿下と離れられなくなってしまいますわ。
ま、まぁ、婚約者でそのうち結ばれるのですから当然ですけどっ。当然なだけですけどっ!
「それにしても……本当に君はいつも完璧だね。どこから見ても美しくて可憐な侍女にしか見えないよ」
完璧! やっぱり言ってくださいましたわ!
胸の大きさがどうこうとか心配していたのはどこのどなたかしら!?
殿下は愚かですから、そんなことくらいで失望したりしませんのよ!
と、いけません。いけません。
満面の笑みを浮かべてしまうところでしたわ。
ここは、ちょっとツンとして。
「完璧ではありませんわ。だって、殿下はお判りになってしまったでしょう?」
「だって、それは、君はいつでも素敵で、どう素敵でも君だから。君が君だから判るよ。
君は、夜の灯台みたいにいつでも遠くからでも判るよ。
何で他の人が判らないかボクには判らないくらいだ」
あらまぁまぁまぁ! この方は、ほんとうにもうこの方は!
いきなり、陳列品のひとつがささやいて来ましたわ。
「お嬢様。殿下にも影が二人ついてます。
ですがご安心を、我らおふたりのお声が届かない所で見守らせていただきますから。
他の客が近づかないように、さりげなく誘導もしますので心置きなく」
「そっそんな風に気を遣わなくても――」
「では、ごゆっくり」
「ごゆっくりとかそんな誤解を招くような、わ、わたくし達そういう関係では!」
「……やっぱり、君を付き合わせるわけにはいかないよ。だって、ボクってこういうの選ぶの結構時間がかかるから」
いけませんわ! 殿下に誤解されてしまいましたわ。
「おほほ。この店の中、結構ひとがいて、変な声が聞こえてくることがありますのね。
ですから、思わず反応してしまっただけですわ」
「流石だね。ボクは鈍感だから、周りの声とか気にならないんだ」
「そうでしょうとも。殿下は本当に鈍感ですものね」
なんとか誤魔化しましたわ。
殿下相手でなければ、こんな稚拙な誤魔化しできませんでしたわね。
「だからセンスも悪いんですわ。せめてもう少しセンスのあるなりをしたほうがいいですわよ。
好みも特徴もないから、殿下は服を変えただけで、本当に誰やら判りませんわね。
誰も王太子だなんて思いませんわよ」
この場で殿下が『自分は王太子である』と叫んだとしても『つまらない冗談だね』と笑いも取れないレベルですわ。
「ボクはパッとしないからね……もう何十回も来てるのに、店員も覚えてくれないくらいだし。
でも、ボクみたいな取るに足りない人間に、アクセサリーを売ってくれるだけでもありがたいよ。
お金だけ取られて売って貰えなくても文句は言えないもの」
「……買い物してお金を払ってくれれば、最低限の相手はしてくれますわよ。
物を売らないでお金を取るのは犯罪ですわ」
殿下の自己評価の低さは、わたくしが考えていたよりも、更に重傷ですわ。
「でもボク相手だし。実際、お勘定に品物を出したのに、閉店ぎりぎりまで相手にされなかった事もあるよ。当然だね」
「それは声を出しましょう殿下! わたくしが使っている王都一の宝飾店なら、そんな対応はされませんわよ」
……でも本当に存在感のないお顔とお姿ですわ。
「たっ、多分。大丈夫ですわ」
殿下はなぜか遠い目をなさって、
「ああいう店の物の方が君に似合っているとは判っているんだ。あそこの店員さんに全部任せてほうがいいって。
ボクごときの審美眼では、君に似合う物なんて見つけられないって……でも……。
あそこは全てがキラキラしてて、敷居が高くて、ボクには場違い過ぎるんだ……向こうもボクみたいな人間を相手にしたくないだろうし」
殿下! 殿下は王太子なんですから、上客なのですわよ!
ああ、もうどうしてここまで!
でも……考えてみれば当たり前ですわね。
あのイケメンぶったクズが、『オレが本当の王太子さ!』みたいなオーラを出してて。
陛下やイケメンを溺愛してた母牝狐や大臣どもまでもが『お前は本当の王太子じゃない!』スメルを放出してて。
王家の社交の場にすら呼ばれず、まれに呼ばれてもわたくしがいなければ壁の花扱いでしたもの。
こういう感覚になるのも不思議ではありませんわね。
ほぼ全員片付けましたし、そう遠くないうちに陛下も隅に追いやってやりますわ!
やっぱりこの方は、わたくしがついていないと、どうしようもありませんわね!
「ボクはそういう人間だと判ってはいるけど、店員に『お前はこんなところにいていい人間ではないだろう。さっさとゴミはこの場から消えてゴミ捨て場へ戻りなさい』オーラを出される店に居続けるのも哀しいし辛いし……」
いくらなんでもそれは被害妄想ですわ……? ああ、わたくしでも疑問符がついてしまいますわ!
「それ以前に……あの店の品物はみんな高価で……ボクにはとても手が出ないし」
「殿下! 殿下は王太子なんですのよ! そもそも婚約者のわたくしに対して贈答する予算はあるはずですわよね?」
「それは、君の誕生日やお祝い事に贈るものを買うのに遣ってるよ。
婚約者としての公式な贈り物だからね。
ちゃんとボクじゃない人たちに選んで貰ってるよ」
そういえば。
わたくしは高貴で高価な贈り物に慣れすぎて少々麻痺してしまっていますが、毎年誕生日には豪華な物を贈ってくださってますわね。
そういえばあれは皆面白くないくらいマトモで高価なものでしたわ。
もっとも、わたくしの実家がわたくしにプレゼントしてくださる品々に比べれば大したことはありませんけど。
「ボクがここで買うのは、あくまで私的な、ボクの単なる気持ちだから……
素敵な君はボクからの見窄らしい贈り物なんて邪魔なだけだろうけど。
こんな安物は君には似合わないと判ってるんだけど……これでもセンスもお金もないボクには……これくらいしか」
あのイケメンクズは、非公式ながら実質的な王太子でしたから、かなり多額の予算を貰っていましたわ。
わたくしにも、父様が贈ってくれるほどではないですけど、かなり高価なものを何度も贈って来てましたわ。
全部、困っている様子の奉公人達や、影の方達に配ってしまいましたけどね。捨てるより有意義な使い方ですわ。
「だから……君が婚約者の義務で一度は身につけてくれるのが……とても嬉しいんだ……」
それにしても、予算にまで大差をつけられていたなんて……わたくしとした事が気づいておりませんでしたわ。
単に、殿下のセンスが壊滅的だからだと思い込んでしまっていましたわ。
「そんな御事情が……殿下の婚約者であるにも関わらず気づいておりませんでしたわ」
わたくしの口から、珍しく素直に謝罪の言葉が出てきてしまいましたわ。
ちゃんと考えれば判ったはずですわ。
実質的には唯一の後継者となった今ですら、影以外の供のひとりすら連れていらっしゃらないんですもの。
きっと陛下は、いえ、お父様も、この方に敬意も手間もかけるつもりがないんですわ。
まさか……あれを本当に後継者に連れてこようと考えてるのでは……。
これは探っておく必要がありますわね。
確かにこの方は無能で愚鈍かもしれませんけど。
でも、女官やうら若く無知な貴族の子女に手を出したり、公費を使い込んだり、権力を振り回して立場の弱い人を虐げたりはしませんわ。
法網をかいくぐり、罪を逃れることが賢いことだとか勘違いしてもいませんわ。
まぁそういう能力がないというだけだって判ってますけど。
形式上だけでも、もう少し、ほんの少しだけでも尊重してもいいと思いますわ。
「当然だよ。そもそも、ボク程度の人間に血税を使うのすらもったいないからね。
本当は、幼い時に、病気ということにして殺されてて当然な存在なんだから」
殿下……。
そんな何もかも悟ったようなお顔で仰る物ではありませんわ。
そういうのは美麗な貴公子にしか似合いませんもの。
殿下みたいな冴えない方がそういうお顔をすると、見ている方は、ただ寂しさと哀れみで胸が締め付けられるだけですわよ。
「そんなこと仰ってはいけませんわ……仮にも王太子なのですから」
いつものわたくしなら。
まぁそうですわね。よく自分の立場がお判りで。くらい言ってしまったでしょうが。
そんなこと、とても言えませんわ。
「こんなに出来が悪いのに、王子として生かしてもらっているだけでも感謝してるんだ」
なぜでしょう。
何か。
何か胸がむかむかしますわ。
確かにこの方は、能力的には取るに足らない無能な方で、愚鈍かもしれませんわ。
でも、それはあくまで他者から見た評価であって、ご自分に対して本気で言うことではありませんわ。
わたくしは話題を変えることにしましたわ。
これ以上この話が続くと、なんだか殿下にひどく優しい気持ちになってしまいそうですもの。
「それで殿下の御用事はなんですの? わたくしがつきあってさしあげるのですから、教えて下さいますよね?」
勿論、知ってますわ。わたくしへのセンスの悪いプレゼントを買いにいらしたのでしょう?
最初から存じておりますし、さっきから、ここで買うのはわたくしへのプレゼントだとおっしゃってましたものね。
他の方に贈り物を買うような積極性のある方ではありませんもの。そんな積極性はいりませんけど。
殿下はわたくしに滅多に嘘をおつきになりません。
呼吸する自然さで嘘をつくイケメンクズとは正反対ですわ。
ですが、いくらそんな殿下でも、目の前にいる相手に贈る物を買いに来た、とは言いにくいと思いますわ。
どうお応えになるかしら? ふふ、わたくしちょっと意地悪ですわね。
「ええと……きっ君に、その、贈る物を選ぼうと……」
はっきりと聞こえましたけど、お声が小さかったので、もっと意地悪したくなりましたわ。
耳元でささやいてあげますわよ。
「あら? 誰への贈り物を選ぶんですの? 肝心な部分が聞こえませんでしたわ。
殿下にもそんな方がいらっしゃるんて、隅におけませんわね」
「ちっ違うよ! きっ君以外の人に社交以外で贈り物なんかしないよ!
それにそういうのは、その、全部周りの人に任せてるよ、だ、だってボク、センスが悪いから。
でっでも、君への私的なのだけは、ボクが自分で選んで贈りたいんだ! 君には迷惑だって判ってるけど……」
そ、そんなに顔を真っ赤にして一生懸命汗だくになって言われますと、なんだか自分が凄く意地悪したみたいな気がしてしまうじゃないですかっ。
それに、ほ、ほほが赤くなってしまいますわっ。
ここって空気の出入りが悪くて暑いんですわ!
「あっ当たり前ですわっ。
婚約者がいながらっ、他の女性に贈り物をする殿方なんてありえませんものっ」
現実には、いっぱいいますけど。
殿下は、殿下だけは絶対にそんなことしませんわ。
「判ってくれたんだ! 嬉しいよ! ボクは絶対にしないよ!
素敵で綺麗で賢くていつも最高な君以外に、そんな気持ちになる人なんて絶対にいないから!」
ああっ。で、殿下のキラキラした目がわたくしを真っ直ぐに見てますわ。
他の方は、そんなことありえない、いつもねむそうな目だと言いますけど、わたくしには見えるんですの。
い、いけませんわ。
こっこのままでは息をするのも苦しくなってしまいますわ。
「とっ兎に角! きょっ今日はつきあってさしあげますわっ!
さぁどこにでも一緒に行きますわよ! いつものセンスの悪いアクセサリーはどのコーナーで買ってますの!?
というか、気が利きませんわね。こういう時は、何も言わないでもエスコートするものですわ!」
というわけで第三話です。
続きます。