第八十九話 昼のお弁当を作りたい弥寿子ちゃん
その日の夜。
俺はベッドで横になっていた。
優七郎に相談し、今度こそは、小由里ちゃんを誘う決心がついたと思った。
しかし、家に帰ってみると、その決心は揺らぎだした。
まず明日誘うということ自体、まだ早いのではないかという気がする。
もう少し時間を置いた方がいいのでは、ルインのやり取りをもう少し進めてからの方がいいのでは……などいろい悩んでくる。
何といっても怖いのは、ここで誘って断られた場合だ。
気まずくなって、ルインのやり取りまで止まることになり、また疎遠になってしまう可能性すらある。
そうなると、もう小由里ちゃんを恋人にするどころか、幼馴染としての関係さえも維持できなくなるかもしれない。
断られても、また何度でもチャレンジすればいいのかもしれないが、俺の方の気力が維持できるかどうか、わからない。
だからと言って、ここで悩んでいてもしょうがない。明日どういう結果になろうと彼女を誘うのだ。
行くところ自体は決まっている。海の見える公園とその近くにあるレストラン。
前回既に計画は立てていた。
彼女との幼い頃の思い出の場所なので、決して嫌がることはないと思う。
しかし、誘いの言葉を言うまでが問題だ。前回も後もう少しというところで、誘いの言葉を言うことができなかった。
では書き言葉ならどうか。
「今度の休日、一緒に出かけたいんだけど」
という言葉をルインで送るという方法だ。
これなら言うよりもやりやすいかもしれない。
そこで、俺は画面に向かい、その言葉を書こうとする。
しかし……。
最初の言葉からして書くことができない。「今度」の今という字が打ち込めない。
胸がドキドキしてしまうし、どうしても断られた時のことを思ってしまう。
意志が弱いよなあ、俺って……。
そう思っていると、弥寿子ちゃんからルインが入ってきた。
「先輩、今日はあいさつしかできなかったのでつらかったです」
「先輩、もっとおしゃべりしたいです」
「だいぶ料理も上達してきたので、昼のお弁当を作りたいと思っています」
今日は部活がなかったので、弥寿子ちゃんとはあいさつしかしていない。
部活のない日は、彼女も自制しているのか、そういう接し方をしていたが、そろそろ彼女としても俺との関係を発展させたいと思っているのだろう。
夏音ちゃんというライバルの存在が、彼女の俺に対する想いをどんどん強くしているような気がする。
彼女は、「昼のお弁当を作りたい」と書いてきた。
料理は下手だと言っていた彼女だったが、俺の為に練習してくれているのだろう。その努力は頭が下がる。
しかし、だからと言って、彼女が作ってくるであろう昼のお弁当を食べていいものだろうか。
俺は今まで、小由里ちゃんに昼のお弁当を作ってもらういたいと思ってきた。
それを差し置いて、弥寿子ちゃんのお弁当を先に食べるということは難しい。
いつもパンと牛乳しか昼は食べていない俺にとっては魅力的な話ではあるのだが……。
そう思っていると、彼女はさらに続ける。
「先輩、好きです。好きです。好きです」
「誰よりも先輩が好きです。好きです。明日部活でいっぱい話をしましょう」
どう返信すべきなんだろう。
俺が彼女のことを好きならば、彼女に恋をしているならば。俺も「好き」と返せばよい。
でも好意は強くなっているとはいえ、恋をしていないところに難しさ、苦しさがある。
俺は、
「おやすみなさい」
という言葉を送信するのがやっとだった。
それでも弥寿子ちゃんは。
「先輩。いつもありがとうございます、好きです」
「明日が待ち遠しいです。好きです。おやすみなさい」
と返信してきた。
俺が彼女の想いに戸惑っていると、今度は夏音ちゃんからルインが入ってくる。
「おにいちゃん、好きです」
「愛しています」
「結婚したいです。今すぐにでも」
熱い想い。その想いは、言葉でも激しく伝わってくる。
結婚という言葉はすごい。ただ好きというだけではない。生涯をともにしたいと言っているのだ。
一時の熱情なのだろうか。それともこれがずっと続くのだろうか……。
彼女はこれからまずますかわいくなっていくだろう。
今でも、彼女のことを好きな男性は多いだろうし、これからも好きになる男性は増えていくだろう。その中には、魅力的な男性もいるに違いない。
彼女がその男性を好きになれば、俺のことは忘れていくと思う。
でも今のように俺に向けられている熱情が、その男性に向けられた時、俺はどう思うのだろう。
きちんと祝福ができるのだろうか、それとも、つらく思ってしまうのだろうか。
こういうことを思うこと自体、俺は夏音ちゃんに心が動き始めているのだと思う。
だが、彼女への返事も難しい。
俺は彼女に対しても、
「おやすみなさい」
と返信することしかできない。
彼女は、
「おやすみなさい、おにいちゃん。愛しています」
と返信してくる。
二人の想いはわかる。
でも俺は、彼女たちが一番望んでいる恋人としての対応はできない。
俺としては、友達としては気を配っているつもりだが、それでは満足できないだろう。
それでも彼女たちは、俺のことをますます好きになってくれている。
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