第八十三話 自分の気持ちを受け取ってほしい夏音ちゃん
俺達は、今、二つめの目的地である喫茶店にいる。
いつも弥寿子ちゃんとは行っている店とは別の店。いつもの店は駅前に独立した店舗としてあるが、ここはショッピングモールの中にある。
ここも夏音ちゃんが行きたいと言っていた場所である。
俺達はコーヒーを頼み、それを飲んだりしながら話をしていた。
夏音ちゃんは、微笑んでいるが、どこか寂しそうな表情。
「おにいちゃん」
「なんだい」
「わたし、今日は、居駒さんというこれからいいライバルに出会えてよかったです。居駒さんもおにいちゃんのことが好きですけど、わたしはもっと好きになっていかななきゃいけないと思いました」
彼女は一回言葉を切り、続ける。
「そして、林町さんには、一人の人を愛し続ける大切さを教えてもらいました。ちょっとやきまちをやきすぎている気はしましたけど、それも優七郎さんのことが好きだからなんですよね。あそこまでは無理でも、目指してはいきたいと思います」
「気持ちはうれしい」
「でも居駒さんも林町さんも、おにいちゃんのことを高く評価していますよね、やっぱりおにいちゃんは、すごい」
「いや、俺は別にたいした人間じゃない。それなのに評価されるのだから、俺もよくわからないんだ。夏音ちゃんだって、俺がいとこだから、普通より評価しているんじゃないの」
「そんなことはないですよ。わたしは、おにいちゃんがいとこでなくても、素敵な人だと思っています」
「ありがとう。夏音ちゃんだって、どんどんかわいくなってきているし、素敵になってきているよ」
「おにいちゃんたら……」
夏音ちゃんは顔を赤くする。
「こんな素敵なおにいちゃんの恋人になれたら……。どんなに幸せなことだろう……」
「そんな。俺はそんな素敵な人間じゃないよ。もし付き合ったとしても、多分すぐ幻滅すると思う」
俺がそう言うと、彼女は、
「いいえ、幻滅はしません」
と言いながら手を振る。
「わたしね、昔おにいちゃんに助けられたんですよ」
「助けられた? そんなことあったっけ?」
「もう。おにいちゃんって、自分がいいことをしても、そのことはすぐ忘れちゃううんだから」
あきれた表情をする彼女。
とは言われても、彼女を助けるようなことをした記憶はないんだけど。
「おにいちゃん、わたしが幼稚園の時、夏祭りに行ったことを覚えています?」
夏音ちゃんが幼稚園ということは、俺が小学校二年生の時ということになる。
行った記憶はおぼろげながらある。でも細かいところを思い出すことができない。
「その時は、わたしの両親とおにいちゃんの両親とおにいちゃんのみんなで来ていたんだけど、わたしははぐれちゃって。中心からちょっと離れたところで、ただ泣くことしかできなかった。心細かった。そして、歩くこともできなくなっていた。そこへ助けに来てくれたのがおにいちゃんだったの」
彼女に言われて、だんだん思い出してくる。
「手を差し伸べてくれて、『もう泣かないで大丈夫だよ。おにいちゃんが来たから。歩けないなら俺が支えてあげる』と優しく言ってくれたの。わたしはすぐ泣き止んで、『おにいちゃんが来てくれたからもう歩ける』と言ったんだけど、『無理しちゃいけないよ。つらかったと思うから。さあ、一緒にみんなのところへ行こう』と言って、構わずわたしを支えながら一緒に歩いてくれた。おにいちゃんの手、とても温かったのをよく覚えている。わたし、とってもうれしかった。おにいちゃんは忘れているかもしれないけど、わたしにとっては、一生の宝物になるほどの思い出なんですよ」
「夏音ちゃんに言われて、思い出してきた」
「よかった。これだけ言っても思い出してくれなかったら、どうしょうと思っていました」
夏音ちゃんはホッとしたような表情。
「ごめん。今まで忘れていたよ。でもやっぱり当然のことをしただけだと思う」
「いや、なかなかできることじゃないと思う。しかもまだおにいちゃんも小学校二年生で小さかったのに、わたしのことを一番に思ってくれたのはすごいことだと思う。でもそういうすごいことをしているのに、忘れてしまっているおにいちゃんもすごいけど」
そう言って彼女は微笑んだ。
「いや、俺にとっては、すごいことだとは思えないんだ。困っている人がいたら助ける。あたり前のことだと思っているんだよ。だから、忘れちゃうんだよな」
「これだけじゃなくて、一緒にいる時はいつも気配りをしてくれる。これでおにいちゃんのことを好きにならないわけないじゃないですか。居駒さんがおにいちゃんのことを好きになったのも多分、わたしと同じような理由じゃないかと思います」
「そう言ってくれるのはうれしいんだけど……」
「小由里さんのことが好きなのは、今日よくわかりました。でもわたしはそれでもおにいちゃんが好きなんです。ゆくゆくは結婚したいと思っています。この気持ちはわかってもらいたいと思います。そして、今日は、この気持ちだけは受け取ってください」
「夏音ちゃん……」
「受け取ってもらえるとうれしいです」
夏音ちゃんは頭を下げる。
小由里ちゃん、気持ちを受け取るだけならいいよね……。
「その気持ち、受け取っておくよ」
「ありがとうございます」
彼女はうれしそうに微笑んだ。
「面白い」
「続きが気になる。続きを読みたい」
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