第七十四話 夏音ちゃんと弥寿子ちゃん
外はちょっと陽射しが厳しいが初夏の気持ちいい空気。
俺と夏音ちゃんは、駅前のショピングモールに向かって歩いていく。
俺の家からは、徒歩十五分ほどの、近くも遠くもない距離にある。
彼女は、俺とつかず離れずの距離を保ちながら歩いていた。
家での様子からすると、てっきり俺の手を握ってくるものだと思っていたが、意外とその辺はわきまえているようだ。
そう思っていると、
「おにいちゃん、手をつなぎたいですか?」
といたずらぽく聞いてくる。
そんな風に言われたら、手をつなぎたくなってしまうじゃないか。
と思う。
夏音ちゃんの手の柔らかさも味わってみたい。
という気持ちが沸き上がってくるが、懸命に抑える。
「い、いや、大丈夫だ」
「なにが大丈夫なんですか? おにいちゃん、なんか我慢してません?」
「い、いや、我慢なんかしてないよ」
しかし、俺は、相当我慢している気がする。
「わたしだったら、全然構いませんのに」
「と、とにかく、手は握らなくていいし、人前だからね」
「人前じゃなければいいんですか?」
「そういうわけじゃないんだけど」
「おにいちゃん、いつでも手を握っていいですからね」
そういうと彼女は微笑んだ。
もうこれだけで相当心が疲れてきた気がする。
ショッピングモールに着いた。
ここは、駅につながっている大規模な場所。
映画館はないので、映画を見る場合は、弥寿子ちゃんとこの間出かけたように、電車に乗って遠くまで行かなくてはならない。
しかし、喫茶店やファーストフード店、レストランもある。
買い物という点でも、日用品から高級品まで揃っていて、便利なところだ。
彼女のリクエストで、まずレストランを目指して歩いている。
ここで食事し、その後喫茶店に行ってコーヒーを飲んでくつろぎたいとのこと。
すると、
「おにいちゃん、先にソフトクリームを食べていいですか?」
と彼女は俺にお願いをしてきた。
チョコレート、アイスクリーム、ケーキ……。
彼女は甘いものが大好きだ。
「そうだな。じゃあせっかくだし、買ってきてあげようか」
「そんな、いいですよ」
「まあ、これくらいは俺が払ってあげる」
「おにいちゃんがそう言うんなら」
「気にしなくていいよ」
「ありがとうございます」
「じゃあ買ってくるね」
俺はアイスクリームを売っている店に行こうとした。
「あれ、先輩じゃないですか」
俺に声をかける子がいる。
いつも聞いているかわいい声。
「うれしい! 先輩とここで会えるなんて……」
弥寿子ちゃんだ。
「会えてうれしいです。これはきっと運命ですよね。やっぱり先輩とわたしは赤い糸でつながっていたんですね」
彼女は、今にでも俺に抱きついてきそうな態勢だ。
すると、
「失礼ですが、どちらさまですか?」
という声が聞こえてきた。
夏音ちゃんだ。少し冷たい感じの声。ちょっと怒ってきているようだ。
「わたしですか。先輩の後輩の居駒弥寿子です。あなたはどちらさまですか?」
弥寿子ちゃんも、さっきまでとは違い、冷たい感じの声になってきた。
「わたしですか?」
「そうです」
「わたしは森海さんの妻で、海島夏音と申します。よろしくお願いします」
と言って夏音ちゃんは頭を下げる。
俺のことは、外ではおにいちゃんとは言わず、森海さんと言うようだ。
しっかりしていてよろしい。じゃなくて、つ、妻だって? 俺達いとこだろう?
「つ、妻ですって? 失礼ですけど、まだそういう年ではないでしょ?」
「年は関係ないと思います」
「いや、関係あるでしょう」
弥寿子ちゃんの声が震えている。彼女の方も少し怒り始めているようだ。
「でも苗字が先輩と同じってことは……」
「そうです。結婚しているということです」
「そんなこと……。その年でありえるわけないでしょう?」
二人の間に広がる冷たい沈黙。
それにしても、二人にこんな怖い一面があったとは思わなかった。
こういう場面に今まで遭遇したことはもちろん一回もない。まさか今まで女性に縁のなかった俺に、修羅場というものが訪れるとは……。
とにかく二人を落ち着かせていくしかないだろう。
「わたしは森海さんを幸せにします」
「なにと言っているんですか。幸せにするのはわたしです」
二人ともまわりのことを気にして、声は抑えめにしている。しかし、だんだん怒りの度合いが上がってきていた。
なんとか二人を抑えていかなければと思う。
弥寿子ちゃんは俺の方を向き、
「先輩、この子は本当に先輩の奥さんなんですか? もしそうだったら、わたしこれからどうしたらいいのかと思いますけど。でも浜水先輩だったらまだあきらめがつくんですけど、その他の人だったら、わたし、絶対にあきらめません!」
と言った。
力強い言葉。彼女の強い気持ちが伝わってくる。
弥寿子ちゃんの想いも、夏音ちゃんの想いもわからないわけじゃない。
二人の気持ちはありがたい。でも二人とはいい友達、いい親戚でいたいという気持ちがやっぱり強い……。
俺は弥寿子ちゃんに、
「いや、弥寿子ちゃん、違うんだ。彼女と俺はいとこどうしなんだ。彼女は父方のいとこ。苗字は海林というんだ」
と優しく語りかける。
「いとこどうし……」
彼女は少しホッとした表情。
「そういうことだ。いとこどうしなんだ」
「でも結構親しそうでしたけど」
「幼い頃からよく遊んでいたからだと思う」
「親しいのはいいことだと思います。でも彼女の想いは、いとこの枠を越えているような気がしますけど。『わたしは森海さんを幸せにします』と言っています。先輩は彼女のこと好きなんですか?」
「彼女とは昔から仲の良い、いとこどうしなんだ。そういう意味で彼女のことは好きだ」
俺は弥寿子ちゃんにそう言った。
「面白い」
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