第七十話 夏音ちゃんの想い
「夏音ちゃん……、俺のことをそこまで……」
「小由里さんにはまだまだかなわないと思いますけど、一生懸命努力します」
小由里ちゃんと夏音ちゃんが最後に会ったのは、五年前。したがって、一緒に遊んだのももう五年前ということになる。
俺達が小学校六年生で、彼女は小学校四年生。まだ俺と小由里ちゃんの間が完全に疎遠になる前だった。
幼な心に、小由里ちゃんの素晴らしいところが心に刻まれたのだろう。彼女の優しさ、かわいらしさ、たのもしさに触れれば皆そう思うはずだ。
そう言えば、
「わたし、小由里お姉ちゃんみたいになりたい」
とその時彼女は言っていたっけ。
俺は彼女とどう接したらいいか悩み始めていた。
「おにいちゃんのこと好きな人って、多いんじゃないかと思う。小由里さんだけじゃないですよね。ライバルは多そう」
彼女は少しコーヒーを飲むと、また話をし始める。
「そんなことはないと思うけど」
「クラスで告白してきた子とかいないんですか?」
「いや、俺なんか、クラスでは全然人気ないし」
「そんなことないと思いますよ。まだおにいちゃんの魅力を知らないか、魅力を知っていても恥ずかしがっている人が多いだけだと思います」
「そういうものなのかなあ。俺みたいな人間に魅力を感じている人なんて少ないと思うけど」
「そんなことはないですよ。おにいちゃんほど魅力のある人はいないですから。これから人気が上がりそうな気がします」
「別に人気が上がっても、上がらなくてもいいとは思うけど。もともとそういうことには興味ないし」
「まあわたしとしても、ライバルが増えちゃうと困っちゃうので、あまりおにいちゃんの魅力が、クラスの人に知られない方がいいですね。こんなことを言うと性格が良くないと思われて、嫌われちゃうかもしれませんけど」
「心配しなくてもそれは大丈夫だと思う。これから人気が上がるとはとても思えないから」
「おにいちゃんがそう思っても、クラスの女の子は違うと思いますよ。今はまだまだ少ないかもしれませんけど、一度おにいちゃんの魅力を知ったら、絶対好きになると思います。わたしがそうですから」
と言って彼女は微笑んだ。
「クラス以外だとどうなんですか?」
「そうだなあ」
「おにいちゃんも部活に入っているんでしょ」
「うん。漫画部に入っているけど」
「例えばその漫画部の人達に、告白されたとか、ありそうですけど」
「そ、それは……」
弥寿子ちゃんと裕子先輩の顔が浮かんでくる。
「わたしが同じ立場だったら、絶対好きになって告白しちゃいますよ。魅力があるというだけでも、充分好きになると思うのに、趣味も同じなんですから」
「まあそれは想像にまかせよう」
「やっぱりそうですよね。告白されないわけないですよね。相手は後輩さんですか? 先輩さんですか? それとも同級生さんですか?」
うーん、これを言うのは恥ずかしいなあ……。
「どうなんです?」
「こ、後輩だよ」
俺は恥ずかしくなる気持ちを我慢しながら、小さい声で言った。
「それで、返事はどうしたんですか?」
「『きみの気持ちはわからなくはないんだ。でもやっぱり、きみと付き合う気にはなれない』と言った。冷たいとは思ったけど、俺はやっぱり小由里ちゃんのことが好きだ。そう言わざるをえなかった」
「おにいちゃんの小由里さんへの想いからすると、そう言わざるをえなかったでしょうね。その気持ちはわかる気がします。それで、その人はどう言ったんですか」
「『先輩に振り向いてもらえるよう、自分を磨いていきます』と言っていた。俺のことを一途に思ってくれるいい子だよ」
「わたしにとっては親近感のある言葉ですね。わたしもおにいちゃんに振り向いてもらう為に、これから努力していきたいと思っています」
「その言葉はありがたい。ありがたいんだけれど……」
「その人とは今どういう感じなんですか。そう言ったってことは、おにいちゃんのことあきらめるどころか。まずます想いが強くなっている気がしますけど。
「俺としては、仲のいい友達で後輩だと思っている。そういう接し方をしているけど」
「でもその人のこと、だんだん好意を持ってきたりしていません?」
「恋というところにいかなければ、好意を持つのは別に持っていいと思っている。後輩なんだし」
最近は、その好意自体が強くなってきていて、小由里ちゃんのことを想うと、このまま好意が強くなっていっていいものだろうか、と思うところもある。
「そうすると、その後輩さんはわたしのライバルになってきますね」
「ライバルって言われても。仲のいい後輩だよ。彼女は」
「その人の想いは今のわたしより、もしかすると強いかもしれません」
「夏音ちゃん……」
「わたし、その人よりも、おにいちゃんのことを想えるように努力します」
彼女は真剣な表情で言う。
まだ中学校三年生なのに、ここまでしっかりしている。
俺は彼女の想いにこれからどう応えていけばいいんだろう。
「おにいちゃん、やっぱり、告白してきている人いるじゃないですか。やっぱり魅力的だと思っている人はいるんですよ」
「俺は別にたいした人間じゃないのに。好意を持ってくれるのは、ありがたいと思うけど」
「わたしは誰よりもおにいちゃんのことを魅力的だと思っていますよ」
と言って、彼女は微笑んだ。
「面白い」
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