第六十九話 お出かけのお誘い
「改めまして、おにいちゃん、おはようございます」
夏音ちゃんは俺に頭を下げる。言葉づかいも丁寧になっている気がする。昔はもっと砕けた言葉づかいだった気がするのだけれど。
「わたし、お菓子を持ってきたので、一緒に食べましょう」
「ありがとう」
彼女にはソファに座ってもらう。
コーヒーをコヒーカップに注いだ後、彼女が持ってきた菓子と一緒にテーブルの上に置く。
「ありがとうございます」
そう言って彼女は頭を下げる。
俺は彼女の横に座り、話をし始めた。
「話はおばさんから聞いたけど、俺と出かけたいんだって?」
「そうなんです。今日一緒に出かけるのを楽しみにしてました」
「急にそう言われてもなあ。出かけるっていってもどこへ行きたいの?」
どこか遠くのテーマパークに行きたいと言われたらどうしょうか。まだ小由里ちゃんとだって行ったことはないのに。行く時は、小由里ちゃんと行きたいと思っている。
でも、もし行きたいと言われたら断りきれるだろうか。
「駅前のショッピングモールに行きたいです」
「ショッピングモール?」
「そうです。そこを二人で歩いて、レストランに行った後、お茶しませんか?」
お茶しませんか、と彼女がいったことに俺は驚いた。
昔の子供の頃のイメージしかない子に言われたのだ。
いや、彼女だって、もう中学校三年生。少しずつこれから大人になっていく。それくらいの言葉を言って逆にあたり前だろう。
「でも、それだけでいいの? なんか遊園地とかに行きたいって言われると思っていた」
「それは今度行きましょう。今日は、まずおにいちゃんとの仲を深める第一歩としてきたので、お茶できればそれでいいです」
「今度いきましょう、ってどういう意味?」
「言葉そのものの意味ですよ。おにいちゃん。これからわたしたちは、恋人どうしになっていって、大人になったら結婚するんですから」
「け、結婚?」
俺は話があまりにも飛躍してきたので、何と言っていいかわからない。
「そうですよ。おにいちゃん。わたし、幼い頃からおにいちゃんのことが好きでした。結婚したいと思っています」
「結婚って言ったって、俺達いとこじゃないか」
「おにいちゃん、何を言っているんですか。いとこは結婚できるんですよ」
「そ、それはそうだけど。でもなんというか、夏音ちゃんのことは妹的な存在として見ていたから……」
「それはそれでありがたいです。でもそれは今までのこと。これからは、恋人にしてください」
「第一おじさんとおばさんが許してくれないよ」
「大丈夫です。お母さんは、むしろわたしのことを後押ししてくれています。お父さんは、今のところあまりいい顔はしていませんが、わたしが説得しますから大丈夫です」
「いずれにしても、夏音ちゃんは、まだ中学校三年生だ。これから素敵な人が現れてくると思う。俺みたいな人間なんか、忘れてしまうくらいのね」
「おにいちゃん、これだから困るのよね」
「どういう意味?」
「今まで、わたしが生きてきて、おにいちゃん以上の人に出会ったことはないです。これからもないと思います」
「そんなことはないよ。俺よりも素敵な人なんて世の中には一杯いると思うけど」
「もしそうだったとしても、わたしはおにいちゃんが一番素敵だと思います」
そう言ってもらえるのはありがたいんだけど、俺、彼女にそんなに慕われることしたっけ?
そういう記憶は全然ないんだけどなあ……。
俺がそう思っていると、
「おにいちゃん、好きな人とかいるんですか?」
と彼女は聞いてきた。
「す、好きな人?」
「そうです」
「そうだなあ」
「いるんですか?」
「いる」
ここはちゃんと言っておいた方がいいだろう。
「だ、誰ですか?」
心なしか、彼女の声が震えているような気がする。
「夏音ちゃんも知っている、小由里ちゃんだよ」
「小由里さん……、昔、三人で遊んだことのある……」
「そう。昔遊んだよね」
夏音ちゃんは、それを聞くと、ガックリとした。
「小由里さんじゃ、わたしは勝てっこない」
しばらくうなだれていたが、
「おにいちゃん、でもまだ付き合ってはいないですよね」
と顔を上げて言ってきた。
「残念ながら、まだ……」
「ということは、まだまだチャンスはありますよね」
「チャンス?」
「そうです。さすがにおにいちゃんが、小由里さんのことを『好き』だと言った時はショックでした。でもわたしだって、おにいちゃんのことが好き。小由里さんがおにいちゃんと付き合っていたとしても、あきらめるつもりはありません。まして、付き合っていないとなったら、もうこれはアプローチし続けていくしかないじゃないですか」
この想いは今の一時的なものなのか、それともこれからも続くものなのか。まだ中学校三年生なんだから、普通は続くものとは思えないと思う。
しかし、彼女は熱意をもって俺に想いを伝えてくる。これは、今だけのものではないかもしれない。中学校三年生といっても、もうここまで言ってくれるほど成長している。
でも俺には小由里ちゃんがいる。
「俺は夏音ちゃんのこと大事な人だと思っている。いとことして、妹的な存在として。だから、今の夏音ちゃんの思いには応えられない」
彼女はしばらくの間、うつむいていた。少し涙目になっているような気がした。
俺もつらい気持ちになる。
でも言わざるをえなかった言葉だ。これで彼女に嫌われてもしょうがない。
やがて、
「おにいちゃん、今は『大事な人と思っている』と言ってくれるだけでいいです。これからおにいちゃんと恋人どうしになるように、努力していきます」
と言って微笑んだ。
強い子だ。
なにがなんでも俺と恋人どうしになりたいと思っている。
「面白い」
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