第六十六話 先輩、そして弥寿子ちゃん
「先輩は、高田浜先輩のこと、どう思っているんですか?」
「うーん。そうだな。表面上は冷たい人だと思うんだけど、実際は優しいところがあると思うな」
「まだわたしにとっては、厳しくて怖いところのある人ですけど、そういう一面もあるんですね」
「弥寿子ちゃんも、少しずつそういう先輩のいいところがわかってくると思う」
「そうだといいですよね」
そう言うと、彼女はコーヒーを少し飲んだ。
「ところで、先輩は、高田浜先輩のこと、好きなんですか?」
俺は飲もうとしていたコーヒーが喉に少し詰まってしまった。
「す、好きかどうかはわからないな」
「でも少なくとも好意はありますよね」
「それはないと言ったら嘘になる。美人だし、漫画の腕前はすごいし、みんなをまとめる力もすごい。尊敬するよ」
「わたしも尊敬しています」
「俺を含めて自分の世界に入っている漫画部の人たちをまとめあげているんだ。それだけでもすごい人だと思うよ」
「高田浜先輩のこと、先輩はこれから恋していくことがあると思いますか?」
弥寿子ちゃんは真剣な目をしている。
「素敵な先輩だと思う」
「高田浜先輩も、恋するところまでいったら、きっと先輩に夢中になりますよ」
「そんなことあるのかなあ」
「ありますよ。先輩、さっきも言いましたけど、魅力がたくさんありますから」
「まあそれは買いかぶりだと思うけど」
「先輩の方も、高田浜先輩のこと、素敵な先輩だと言われましたよね」
「素敵だとは思っている。でも恋にまで発展することはないと思う。弥寿子ちゃんの前で申し訳ないけど、俺は小由里ちゃんのことが好きなんだし……」
「そうですよね。いや、ごめんなさい。またわたしの良くないところが出てしまいました。わたし、恋のライバルがまた増えてしまったと思ってしまったんです、そして、なんでライバルが増えちゃうんだろうと思ってしまったんです。こんなこと思っちゃいけないですよね。先輩のことが好きになる人が増えるのはあたり前なんです。わたしはわたしで、そういう人たちよりも、さらに先輩のことを好きになればいいだけなんですから」
「そう言ってくれるのはうれしい」
俺は言葉を一回切り、続ける。
「ただ俺は小由里ちゃんのことがやっぱり本命だ。それは、どうしても言っておかなければならない。もちろん、弥寿子ちゃんのことも仲のいい友達、そして後輩としては大切な人だと思っている」
いつもは弥寿子ちゃんの悲しむ顔が見たくないので、こういう気持ちは言わないようにしている俺だが、この話の流れでは、言っておいた方がいいのではないかと思った。
弥寿子ちゃんはちょっと悲しそうな顔をする。
この表情は苦手だ。俺も心が苦しくなる。やはり言わない方がよかっただろうか、でも言わないわけにはいかなかったし……。
しかし、彼女は、すぐに表情を変え、
「先輩、いいんです。今、わたしのこと、『仲のいい友達、そして後輩としては大切な人と思っている』と言ってくれました。わずか一か月ほどで、これだけでも大きな前進です、うれしいです」
と微笑みながら言う。
これはその通りだと思う。彼女からすると、慕っていたけれども名前を忘れていた先輩が、今では友達としてとはいうもの、大切な人と言うまでの存在になってきたたのだ。うれしいだろうと思う。
「このまま順調にいけば、恋人どうしになれるんじゃないか、って思っています。もちろん今の状態では、浜水先輩に勝つことはできません。まだ先輩と一緒に行動するようになって一か月ちょっとです。浜水先輩と先輩が一緒にいた時間からすると、あまりにも短すぎますけど、これから先輩といる時間を積み重ねていって、先輩の心をわたしに振り向かせていきたいな、って思っています」
弥寿子ちゃんと仲良くなること自体は、うれしい。しかし、小由里ちゃんがいう以上、友達以上の関係になるのはどうしても難しい。
彼女はそういう俺の気持ちは理解してくれているが、それを絶対乗り越えようという意志が強く感じられる。
彼女にそんなに強く想われるほどのことをしたとは思わないのだが、もともと俺から受けたという優しさを土台として、俺に対する想いがどんどん強くなってきている。
この想いに応えたいという気持ちも、日ごとに強くなってきているところがある。
ただ今の俺は、恋人どうしとしてではなく、友達としてより一層仲良くしていきたい気持ちが強い。
それで彼女の想いに応えることができればいいのだが……。
「その気持ちは受け取っておくよ」
俺に今言えるのはその言葉だけ。
「それでいいんです。それ以上は今は望みません。でもきっと先輩の恋人になります」
そう言って弥寿子ちゃんは微笑んだ。
そうこうしている内に、もう夜になってきた。
喫茶店の外で別れのあいさつをする。
「それじゃまた学校で」
弥寿子ちゃんは、
「せんぱーい」
と言った後、俺に、
「好きです」
とささやいた。
こういうことを言われると、俺の心は、あっと言う間に沸騰していく。
「それじゃ、今日の夜またルインで」
と言い、彼女は手を振って去っていく。
俺は、しばらくの間、彼女の姿を眺めていた。
彼女との関係、友達のままでいられるのだろうか……。
そう思いながら、俺も家路についた。
「面白い」
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