第六十五話 待っていてくれた弥寿子ちゃん
さすがにもう帰ったかな。
裕子先輩との話は三十分以上になっていた。
先輩との話自体は、長くは感じなかった。俺に対する好意が強まってきたことは、将来はともかく、決して嫌なことではない。
そして、先輩の笑顔は素敵だということがよくわかった。
ただ、待たされている弥寿子ちゃんのことは気になった。
前回、裕子先輩に呼び止められた後、弥寿子ちゃんには、
「もしかしたら、また帰りに、先輩に残ってくれと言われて、先輩と話をするかもしれない、その話が長くなった時は、先に帰ってもいいよ」
と言ってあった。
弥寿子ちゃんは、
「何分だって待ちますよ。先輩と一緒に帰るのが、わたしにとっての幸せなんですから」
とかわいいことを言っていた。
なんていじらしい子なんだ、と思う。
ただ、今日は長くなったので、さすがに帰っただろうと思った。
まわりには誰もいない。
ちょっぴり寂しい気持ちになる。
いや、俺は何を考えているんだ。彼女には、あらじかじめ「帰っていい」って言っていたのに。それに、彼女は友達なんだ。恋人ではない。恋人だったら、待っていてほしいと思ってもいいだろうけど、友達なんだから、それを望んではいけないし、望む必要もない。
でもなんだろう。この心の寂しさは。
そう思いながら下駄箱の方へ歩いていく。
結局待っていなかったか……。
下駄箱を出て、校門の方へ行く。
俺の本命は、小由里ちゃんなんだ。だから別に弥寿子ちゃんと帰ることができなくたっていいじゃないか。むしろ小由里ちゃんとの仲を考えたら、一緒に帰らないのは、いい方向と言っていいかもしれない。
そうは思うのだが、気は沈んでいく方向だ。
部活の後は、彼女と一緒に帰る、という習慣ができていた。俺にとっても決して嫌な時間ではなく、もしろ楽しい時間になっていた。小由里ちゃんには申し訳ないところがあるが。
その時間を今日は味わうことができない。
そう思うということは、彼女に心が動かされてきているということなのだろう。
複雑な気分だ。
そして、校門を出ると、
「せんぱーい」
という声が聞こえてえてきた。
弥寿子ちゃん、俺のことを待っていてくれたんだ……。
俺はその声を聞いてホッとする。
「待っていましたよ」
と言って、彼女は俺の手を握る。
ああ、この手の柔らかさ。どうしてもこれを求めてしまう……。
今日はもう帰ってしまったと思っていたので、なおさら心が沸き立ってくる。
これじゃいけないとも思うのだが。
「長くなったら帰っていいって言っていたのに。待っていて疲れたんじゃない?」
「先輩と帰ることができるんだったら、これくらい何でもないです」
「そう言ってくれるのはありがたいけど、帰りたければ帰ってもよかったんだよ」
俺がそう言うと、彼女は、
「わたしは先輩と一緒に帰ることが幸せなんです。それが味わえるんだったら、ちょっと待つぐらい、何でもないですよ」
と微笑みながら言った。
俺は胸が熱くなっていくのを感じる。
「さあ、先輩、いつも通り喫茶店にいきましょう」
「そうだな」
彼女のうれしそうな顔を見ていると、俺もうれしい気持ちになっていく。
喫茶店では、コーヒーを飲みながら、アニメの話をしていたのだが……。
やがて、
「先輩、あの、差支えなかったら、今日の高田浜先輩との話を聞かせてもらえませんか」
と弥寿子ちゃんは話を変えてきた。
「う、うーん」
裕子先輩に好意を寄せられていて、その気持ちが強くなってきている、なんてことを言うわけにはいかないだろう。
俺は何と言おうか考えていた。
「い、いや、話したくないならいいんですけど。もしかして恋の話ですか? 高田浜先輩に『好き』って言われたとか」
と彼女は恥ずかしそうに言った。。
「そ、そういう話ではないんだけど」
「先輩、ちょっと赤くなってますね」
「いや、そんなことはないよ」
「高田浜先輩、最近、先輩に気があるんじゃないか、と思うんです」
「そうかなあ。俺なんかに興味を持つ人じゃないと思うけど」
「先輩っていつも思うんですけど、自分のことをそんなに評価していませんよね。でも、先輩のことを知っている人は。みんな評価が高いって聞いてますよ」
「そんなことないと思うけど」
「優しいし頼りがいがあるし。わたしも助けてくれましたよね。そういうところがいいんですよ」
「俺はただあたり前のことをしているだけだよ。たいしたことは何にもしていない」
「そういうところがまた先輩の良さなんですよね。自分がいくらまわりの人を助けてもいっさい誇ろうとしない。女の子だったら先輩のこと好きになる人が多いと思いますよ。もちろん男の子でも好きになる人は多いかもしれませんけど」
ここでも少し男どうしの恋愛の話に入りかけている気がしないでもない。
「浜水先輩も先輩のそういうところが好きなところの一つなんだと思います。高田浜先輩だって、先輩のそういうことを知ったら、好きにならないわけがないと思います。わたしだってそういうところが好きなんですよ。でもわたしの場合、もう先輩のすべてが好きなんでうけど」
と言うと、彼女は顔をさらに赤くした。
「面白い」
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