第五十五話 好きという言葉
夜。
あれから、まだ小由里ちゃんとのルインのやり取りはできていない。
俺から彼女にまず送るのが筋だろうが、いざとなるとなかなか送る決心がつかない。
まずどういう言葉を書くべきか、これが悩みどころ。
無難に「こんばんは」ぐらいがいいのか。
それとも「もうご飯食べた?」のような砕けた言葉がいいのか。
優七郎の言う「好き」という言葉はまだ無理だろう。というより、それはもう少し段階を上げていかないと無理ではないかなあと思う。
画面の前で考えること既に一時間近く。
彼女の方から送ってもらえると、こちらも送りやすいんだけど……。
と思うが、彼女から送ってくる様子はない。
また、こちらから送ったとしても、彼女から返事が返ってこない場合も考えなければならない。そんなことは多分ないと思うが、ありえないわけではないだろう。
しかし、こんなことをいつまでもしているわけにもいかない。
とにかく送ろう。返事はあろうとなかろうと、それは二の次。まずは、俺が送ることに意味があるんだ。
そう思い、俺は一気に「こんばんは」という言葉を打つ。
そして送信しようとするが……。
緊張してきて、送信ができない。
後、もう少しでこの言葉を送ることができるのに……。
しだいに汗が出てくる。本人を目の前にしているのと同じくらいの緊張感だ。
これくらい出来なくては関係を進めることなんて、到底できるわけがない。
俺はついに決断した。
送信をする。画面には「こんばんは」の文字が刻まれた。
後は彼女の返事がくるのを待つ。
しかし、もちろんすぐにはこない。
まあすぐにというのは無理だよな。
その後、数分が経つ。こない。
見てくれているかなあ。見てくれてなければ返事も出せないと思うけど。
そして十分ほどが経過。ようやく既読がつく。
これでとにかく俺の言葉は目に入ったはず。後は返事を待つだけ。
しかし、それからまた十分ほどが経った。返事は一向にこない。
まさか、返事を出すのが嫌になったとか。あいさつだけだから、それはないと思うけど。
そう思った時。
「こんばんは」
待ち続けていた彼女からの返信がきた。
俺達のルインのやり取りが成立した瞬間だ。
うれしい。やっと、やっと、小由里ちゃんからの返事がきた!
俺は踊り出したい気分になる。
しかし、すぐに我に返り、返事をしなければ、と思った。
とは言ってもこれがまた悩みどころ。
ここをうまくやらなければ、その後のやり取りがうまくいかなくなる。
そして、結局はやり取りそのものが面倒になってしまうことになりかねない。
ただ、だからと言って、ここで言葉を飾ったりしてもしょうがない。自然体でいくしかない。
俺は、
「今、送って大丈夫だった?」
と書いた。
相手のことを気づかった言葉だから、これで気を悪くすることはないだろうと思った。
待つこと十数秒。
すると彼女は、
「うん。大丈夫だよ」
と返事をしてきた。
これで話はつながったことになる。
よし、この調子でと思い、続けていく。
それから少し世間話的なやり取りをした。
「晩ご飯何食べた?」
とか、
「おいしかった?」
とか。
内容としては、まだ愛を深めていくものではない。
しかし、俺としては、やり取りが出来るだけでいい。これから少しずつ、内容も深めていけばいいと思う。やがては愛の語らいを、と思う。
十分ほどやり取りをした後、
「じゃあ、また明日。バイバイ」
と俺が書き込み、その後、
「バイバイ」
と彼女が書き込んだ。
まだやり取りは続けたかったが、これ以上すると、彼女の負担にもなるだろうと思い、ここで終了することにした。
やり取りの途中、何回か、「小由里ちゃんのことが好き」と書きそうになった。好きという言葉を書いて送信したかった……。
結局、今日は送信どころか、その言葉を書くこと自体できなかった。
そこまで長い言葉ではないから、書けるのではないかと思っていた。
しかし、まだ彼女の心の準備は出来ていないだろうし、俺もまだ書くだけの勇気がない。
恋という意味での好きという言葉は、それだけ書いたり言ったりするのに勇気がいるし、受け入れる方も準備が必要なことを改めて思う。
俺の方がもっと彼女に対する想いを熱くすれば、彼女の心も動かせると思うのだが……。
とにかくこれからやり取りを続けていくしかないと思う。
こうして、初めてのルインでのやり取りは終わった。
俺にとっては、彼女との仲を前進させていく歴史的な一日になったと言っていいだろう。
今までは、彼女と連絡を取る方法がなかった。彼女の教室まで行って、あいさつするしかなかったが、その時もあいさつだけで、会話ができたわけではない。
もちろん、彼女本人ともっと話をしたいが、クラスも違うし、何より彼女本人自体が少しずつ関係を進めていきたいと願っているので、今はこれでいいのだろう。
ただ今日は、残念ながら、一番の目的だった「お出かけ」に誘うことはできなかった。これが出来れば最高だったのだが、その言葉を言うことが出来なかったのだからしょうがない。今日も思ったのだが、疎遠になった二年間というものは、本当に長かったと思う。
ルインのやり取りにしても、普通の幼馴染だったらもう少し滑らかにやり取りができるのではないかと思うが俺達はそれがなかなかうまくできない。
二年の内に、二人とも幼馴染としての接し方を忘れつつあるようで、どちらかと言うと、最近知り合った男女のやり取りに近いような気さえする。
彼女に対する言葉づかいからそうで、昔はもっと砕けたいい方をしていたと思う。それがある意味仲の良さも表現していたのだろう。
「面白い」
「続きが気になる。続きを読みたい」
と思っていただきましたら、
下にあります☆☆☆☆☆から、作品への応援をお願いいたします。
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に思っていただいた気持ちで、もちろん大丈夫です。
ブックマークもいただけるとうれしいです。
よろしくお願いいたします。