第五十話 わたしのあこがれ(弥寿子サイド)
「ただいま」
わたしは今、森海先輩とのお出かけから帰ってきた。
手を洗うなどした後、リビングに入る。
「お帰りなさい。ずいぶん早かったわね。もう少し遅くなってもよかったのに」
お母さんがにやにやしながら言う。
「先輩が遅くなったらいけないっていうから」
「あら、しっかりしている先輩ね。でももしかしたら奥手なのかもしれないわ」
「お母さんたら……」
「こういう時は、弥寿子ちゃんの方からもっとアプローチした方がいいわよ」
「もう。別にいいでしょ」
気持ちはわかるのだが、ついつい口をとんがらせてしまう。
「今日の初デートを祝して、約束通り赤飯を炊いたわ」
食卓には、おいしそうな赤飯とおかずが並んでいる。いつもよりも豪華だ。
「ここまでしてくれなくてもいいのに」
「愛する娘が、大人への一歩を歩み出したんだもの。これくらいはしてあげないと」
「ちょっと恥ずかしいけど、ありがとう。お母さん」
「うんうん。じゃあ食べなさい」
「はーい」
わたしは、赤飯を食べ始める。おいしい。
一通り食べ終えると、そこからはお母さんの好奇心に満ちた質問の連続。
にやにやしながら聞いてくるから、恥ずかしくてたまらない。
いやあ、まいった。
「というわけで、今日は少し進んだかな。でも、まだ恋人には遠いかも」
「弥寿子ちゃんの想いは充分とどいたんじゃないかな」
「そうかなあ。そうだといいんだけど」
「この調子でいけば、夏前にはうちに来てくれるかな。娘をください、って言うかもね。そうしたら婚約ということになって、お互いが十八歳になったら結婚することになるわね。夢が膨らんでくるなあ……」
お母さんは、自分の世界に入ってしまっているようだ。
「そうなるといいんだけど、って、気が早すぎるわよ。まだまだこれから。でも少しあせっちゃうところはある。このままじゃ恋人どうしになれるのはいつになるんだろう、って」
それを聞いたお母さんは、まじめな顔になった。
「あせっちゃだめよ。とにかく弥寿子ちゃんの想いをその先輩に伝え続けなさい。そうすれば、きっといい方向になっていくわ」
「そうね。これからも努力していくわ」
「うん。それでいきなさい」
「じゃあ、そろそろ自分の部屋に行くね」
「もっと聞きたいのに……」
またにやにやした顔に戻っている。
「これでおしまい」
わたしは、なんとかお母さんのところから脱出して、自分の部屋に向かった。
わたしのこと応援してくれているのはうれしけど、ちょっと先輩との関係に興味を持ちすぎな気がする。やれやれ。
夜、先輩のことを思い出しながら、もの想いにふけっていた。
キスしたかったけど、それができるのは、まだまだ先の話かなあ……。
そう思っていると、瑠里子ちゃんからルインが入ってきた。
「今日どうだった?」
「うん。まあまあかな」
「まあまあ。ってことはあまり進展なし?」
「そうね。残念だけど」
「話が聞きたいから電話していい?」
「うん。いいよ」
彼女から電話がかかってくる。
「それで、どこまで進んだの? キスまでいった?」
「キ、キスだなんて、手をつないだくらいよ」
「手をつなぐのは、前からしてるって言ってたもんね。そうか。キスにあこがれているって前々から言ってたから、期待してたんだけどな」
「もちろん先輩とキスしたいと思ったけど、難しいよ」
「まあ、またチャンスはあると思うよ」
「そうだといいけど。ところで、そういう瑠里子ちゃんはそこまで進んでいるの?」
「わ、わたし? ごめん。実はそこまでいっていないんだ。人のことは言えないわね」
「そうなの? 瑠里子ちゃんだったら、その先までいってるんだと思ってた」
「まだ付き合い出してからそんなに経ってないし……ってそれは言い訳だよね。もちろん想いが深くなれば時間は関係なくなると思うけど、彼氏が結構奥手で、わたしが一生懸命誘惑してるのに、なかなかその気になってくれない。「好き」とは言ってくれるんだけど、なんでそれが行動にでないのかなあ、と思う。もう、なんでなの、って感じ」
「瑠里子ちゃんも苦労しているんだ」
「わたしも初めて男の子と付き合って、舞い上がっていたけど。現実は難しいものね。だけど、普通の男の子だったらもう少し積極的だと思うんだけどな」
「最初から積極的すぎる男の子も嫌な気がするけど、そうじゃない男の子も扱いづらいわよね」
「わかるでしょ、わたしの気持ち」
「うんうん。わかるわかる」
「で、わたしの話はいいから。弥寿子ちゃんも先輩を誘惑したんでしょ」
「うん。だけど、浜水先輩のことがどうしても頭にあるみたいで」
「それは困ったものね。こんなかわいい子が誘惑しているっていうのに」
「ちょっと自信がなくなってきちゃったところはあるんだ」
「何言ってるの。これくらいで。まだ先輩とは始まったばっかりでしょ」
「それはそうだけど」
「これからも先輩を誘ってお出かけして、どんどん誘惑していくといいわ。わたしだって、今はうまくいっていないけど、彼を誘惑し続けていれば、その内、絶対うまくいくと信じてる。だから弥寿子ちゃんも希望を持って」
「ありがとう」
「じゃあ、またね。おやすみ」
「おやすみ」
瑠里子ちゃんは、わたしよりずっと進んでいると思ったんだけど、違ったんだ。
彼女、外からはそう見えないけど、結構一途なところがある。それでも難しいところがあるんだな。
わたしも、もっと努力しなきゃ。瑠里子ちゃんも一生懸命努力しているんだから。
そうだ。ルインしておかなくちゃ。まだまだ先輩に送るということを思うだけでドキドキしちゃうし、返事をしなくてもいいですよ、と言ったのに、返事がなかったらどうしょうと思っちゃう。でも、マメに送ることが大事よね。
わたしは、今日、先輩に対して書く言葉について考え始めた。
「面白い」
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