第四十七話 弥寿子ちゃんの想い
「わたし、先輩の為だったらすべてを捧げられます」
彼女は、顔を赤くしながら、しかし、熱を込めて言った。
俺はその言葉に胸が熱くなった。
「すべてを捧げられます」なんと心に響いてくる言葉だろうか。
ここまで覚悟してくれているんだ。この想いに沿ってあげるべきではないのか。
この言葉を聞いて、彼女と愛を確かめ合いたい、という気持ちがどんどん高まってくる。
しかし、それでも小由里ちゃんとの関係を考えると、ここで誘いに乗ってはいけない。そういう気持ちも強いものがある。
「小由里ちゃんが本命なことだけは忘れるな」
という優七郎の言葉も思い出す。
ただ、せっかくのチャンスなんだし、このチャンスを逃すと彼女に嫌われて、もう二度とこういう状況は訪れないかもしれない。
そして彼女は悲しむかもしれない。
俺はしばし悩んだが、小由里ちゃんへの想いの方が、結局強くなった。
「ごめん。やっぱりこのまま帰ろう」
彼女はその言葉を聞いて、
「そうですね。先輩がそう言うなら帰ることにします」
と残念そうに言った。
その表情を見て、俺は、惜しいことをしてしまった、と一瞬後悔する。
でももうしょうがない。
しばしの間、二人とも無言になる。
やがて、彼女はこう言った。
「やっぱり浜水先輩のことを想ってしまいますか?」
「ごめん。弥寿子ちゃんの気持ちはうれしいし、それに応えたい気持ちもある。でもどうしても彼女のことを思い出してしまう。弥寿子ちゃんのことも好きになってきたけど、小由里ちゃんのことがやっぱり好きな俺だ。優柔不断で情けない男だと思う」
「仕方がないと思っています。浜水先輩とは、わたしよりはるかに長い時間、一緒にいたんですから。想ってしまうのもしょうがないですよね。その気持ち、わたしもわかる気がします」
彼女はやっぱり優しい子だ。気配りをちゃんとしてくれる。でもそれに甘えてはいけないだろう。
「でも弥寿子ちゃんと一緒にいられて、楽しかった。この気持ちは本当だ」
「それだけ言ってくれれば充分です」
「ごめん、今まで楽しく話をしていたのに、なんか弥寿子ちゃんにとって、つらい話になってきちゃって」
「気にしないでください。そういうことも理解して、わたしは先輩を好きになっているんです。今はまだ浜水先輩に、はるかに及ばないことはよくわかっています。先輩の心の大きな部分を占めていると思いますから」
「弥寿子ちゃん……」
「でも、だからこそ、先輩がもっとわたしのことを好きになるように、努力を続けるしかないと思っているんです」
「そう思ってくれるんだ……」
「はい。先輩がわたしに夢中になるまで努力していきます」
その言葉を聞いて、俺は、今の自分の気持ちを伝えようと思った。
「小由里ちゃんのことはもちろん大切に思っている。できれば恋人どうしになりたい。でも弥寿子ちゃんにも最近は心が動き始めているんだ。俺は、弥寿子ちゃんの想いに応えられる人間かどうかはわからない。というか、応えられない人間だと思う。それでもいいの?」
「もちろんです、わたしのことに『心が動き始めている』、と言ってもらえるだけでいいです。先輩は、想いに『応えられない』と言われますが、そんなことはありません。今でもわたしにとっては、充分想いに応えてもらっていると思います。先輩は先輩だから好きなんです」
「ありがとう。としかいえない」
「まだお出かけしましょうね。友達なんですから」
弥寿子ちゃんは微笑を取り戻してきた。やっぱり彼女はこれがいい。
俺は何というべきなんだろうか。もう行かない、と言うべきなんだろうか。
いや、そんなことは、今日一日楽しく過ごした以上、言えるわけがない。
「と、友達としてなら、いいよ」
すると彼女は、
「うれしい。先輩だーい好き」
と言って、俺の手を握った。
この誘惑には結局勝てないんだよなあ……。
つくづくそう思う。
「じゃあ、また学校で」
「またルインさせてもらいます。これから毎日しようと思ってますけど、迷惑じゃないですか?」
「う、うん? 毎日?」
「そう、毎日です。先輩がOKしてくれればの話ですけど」
何といえばいいのだろう。毎日はつらく感じるかもしれない。でも、もらえばもらったでうれしいところもある。親しい友達なら、恋人どうしじゃなくても、ルインのやり取りを毎日するだろうし。返事は面倒だけど。それさえなんとかなればまあいいかなあ。
「昨日も言ったかもしれないけど、返事はしなくてもいいならいいよ。毎日でもいいと思う」
「もちろん、返事はしたい時でいいです。返事がなくても全然気にしませんから。ありがとうございます」
返事ができそうな文章だったら、なるべく返事はしようと思っている。
「じゃあ。そろそろ帰ろう」
「そうですね。今日はありがとうございました。これからも思い出は作っていけると思いますけど、今日初めて一緒に出かけたことは、一生忘れないと思います」
俺も忘れることはないと思う。俺にとっても女の子と初めて出かけた日だ。
「家まで送っていこうか?」
「いえ、方向が反対ですから、いいです。本当はまだ先輩と離れ離れになりたくないですけど……。先輩が大変だと思うので、我慢します」
「ごめん。それじゃあ、ここで。今日はありがとう」
「こちらこそ。ありがとうございました」
彼女は頭を下げる。
その後、
「先輩、今日の最後にもう一度手を握らせてください」
と彼女は俺にお願いをしてくる。
俺は一瞬どうするか悩む。
「だめですか?」
この一途な願いにはどうしても応えたくなってしまう。
「うん。いいよ」
「ありがとうございます。先輩、好きです」
弥寿子ちゃんは、俺の手を握る。
とてもうれしそうだ。
温かい。そして柔らかい。彼女の熱い想いが伝わってくる。
「先輩、また出かけたいと思います。今度は、デートとして行けるようになりたいです。その為にもっともっと、先輩好みの女の子になれるように一生懸命努力します」
「弥寿子ちゃん……」
彼女の気持ちはうれしいけれど……。デートになるということは、恋人どうしになることだし……。
しばらく手を握り合った後、
「先輩、まだこうしていたいですけど、それではそろそろ帰ります」
と彼女は言った。寂しそうな表情。
小由里ちゃんには申し訳ないが、俺ももう少しこのままでいたかった。しかし、それはしょうがない。
「そうだな。そろそろ帰ることにしよう」
「また今夜ルインします。今日はありがとうございました」
彼女はそう言うと、一礼する。微笑んではいるが、どこか寂しそうだ。
俺たちはお互いにあいさつをして、それぞれ家路についた。
「面白い」
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