第四十一話 弥寿子ちゃんの大胆なお誘い
「先輩、部室や歩いている時は聞けなかったんですけど、浜水先輩とは仲直りしたんですか?」
喫茶店に入った後、しばらくは他の話をしていたが、やがて、弥寿子ちゃんはこう聞いてきた。
俺はコーヒーを飲んで、一息ついた後、
「うん。一応仲直りはできた」
と言った。
心地のいいBGMが流れている。
「仲直りしたんですね。よかったです」
「小由里ちゃんは大切な幼馴染。いつまでも仲違いしているわけにはいかない」
「仲直りできてよかったです。わたしも責任を感じていましたから。申し訳ないと思っています」
「いや、どちらにしても弥寿子ちゃんは責任を感じることじゃない。とにかくこれで一応仲直りできた。もう気にしなくていいよ」
「先輩、そう言ってくれるとありがたいです」
彼女は頭を下げた。
その後、彼女もコーヒーを飲み、
「これから浜水先輩と、どうして行きたいんですか? 『想いを伝えて、仲良くなっていきたいと思っている』と言っていましたけど、恋人どうしに、やっぱりなりたいんですか?」
と真剣な表情で聞いてきた。
彼女のことだから、絶対、このことを聞いてくだろうな、と思っていた。
どう答えようか、と思ってはきた。しかし、まだ考えはまとまっていなかった。
幼馴染というだけではなく、ゆくゆくは恋人どうしになりたい、というのが俺の気持ちだ。
弥寿子ちゃんと出会った頃だったら、なんの迷いもなくそう言っただろう。
しかし、俺は、彼女と一緒に過ごすことが多くなってきて、少なからず彼女のことを意識してしまっている。そして、彼女は俺のことを好きだと言っている。
そういう彼女の前で、小由里ちゃんと恋人どうしになりたい、ということを言っていいものだろうか。
そして、弥寿子ちゃんの悲しい顔を見るのはつらい。なんと言ってもこれが大きい。
でも今後のことを考えると、言わざるをえないだろう。
今言えなくても、いずれは言わなければならない言葉だ。そうであるなら、先に延ばすのではなく、今言った方がいい。
俺は決断し、こう言った。
「俺これからは、彼女と話すようにはしたいと思っている。幼馴染なんだし。昔ほどじゃないにしても。それで少しずつ仲良くなっていきたい。そしてゆくゆくは恋人どうしになりたいと思っている」
「やっぱり恋人にしたいですか?」
彼女はやっぱり少し悲しい表情になり始めていた。
「今は難しいけど、ゆくゆくはそうなりたいと思っている」
「わたしとは、どうしていくつもりですか?」
「そうだなあ……」
俺は一瞬言葉に詰まる。
でも、今思っていることを伝えなければならないだろう。
「俺も、弥寿子ちゃんと話しているのは結構楽しいんだ。これは本当だ。だから、身勝手かもしれないけど、このままの友達関係を続けていきたい、と思っている」
彼女はじっとそれを聞いていたが、
「わかりました」
とあっさり言った。
「弥寿子ちゃんはそれでいいの? そんな俺の身勝手な話、受け入れてくれるの?」
そう言うと、彼女は微笑んで、
「だって、今の関係を続けてくれるって言うんですもの。それだけでうれしいです。これからも、一緒にお茶してもらえますよね。後輩で友達なんですから」
と言う。
「あ、ああ、まあそれはいいだろう」
彼女には言えないが、彼女との今の関係を続けられることで、ホッとしている自分がいる。
「ありがとうございます」
「うん。まあ、とにかく友達として」
「はい。それでいいです。これからもよろしくお願いします」
今まで通りの友達の関係。これなら小由里ちゃんも納得してくれそうだ。
「わたし、先輩が浜水先輩と仲良くなっていったら、やきもちをやいてしまうと思います」
「それは仕方がないと思う。誰だってそういうところはあると思う」
「でも、なるべくそれは抑えていきたいと思っています。幼馴染なんだから、仲良くするのはあたり前ですよね。そこはわたしが言えるところじゃないと思っています。受け入れなきゃいけないと思っています」
「そこは理解してくれるんだ……」
「はい。でもそのことと、わたしと先輩の関係は別です。今はまだ浜水先輩のことで心の中が一杯でしょうけど、わたしはあきらめませんから。浜水先輩以上に先輩のことを好きになって、先輩の恋人になってみせます」
力強く言う弥寿子ちゃん。この気合には圧倒されそう。
彼女の気持ちはうれしい。ここまで言ってくれる子はなかなかいないだろう。
でも、小由里ちゃんのことを考えると、どうしても手放しで喜ぶことはできない。
「先輩、ところでお願いがあるんですけど」
「お願い?」
「はい。できればメアドとかルインの連絡先を教えてほしいんですけど」
「連絡先?」
「友達だったら、連絡先の交換とかするのは、あたり前だと思うんですけど」
「それはそうだけど」
小由里ちゃんのことを考えると、彼女と連絡先の交換すらしていいものかどうか、と思ってしまう。
「浜水先輩とは交換してないんですか?」
「いや、しているけど、でも中学校二年生の頃からは、連絡し合っていない」
「もったいないですね。その前は、連絡し合っていたんですか?」
「その前も。あまりやり取りはしていなかったな。メールで時々やり取りするくらい。まあ俺たちは毎日顔を合わせていたから、その必要もなかったけどな」
ちなみに、自慢じゃないが、今まで小由里ちゃんと優七郎以外の人と、メールやルインのやり取りをしたことは、ほとんどない。
人との付き合いが苦手だったからしょうがないと思う。
「家に帰ってからも、連絡し合う気はなかったんですか?」
「それはなかったなあ。まあ、親しいとは言っても、恋人どうしってわけじゃなかったから」
家に帰ってからも気軽にやり取りしていれば、小由里ちゃんとの関係も変わったかもしれない。確かにもったいなかったよなあ。
弥寿子ちゃんに言われて、俺はそう思った。
「とにかくお願いします。だめですか?」
弥寿子ちゃんは再び懇願する。
ここまでお願いされているのだから、しょうがないか……。
「わかった。いいよ、教えてあげる」
結局、俺は、根負けして、彼女にメアドやルインなどの連絡先を教えた。
「ありがとうございます」
彼女は、俺の予想以上に喜んでいる。
ここまで喜んでくれるんだったら、まあいいや。
「それでは先輩、今日から連絡をさせていただきます」
「連絡されても、すぐに返事はできないと思う。量がたくさんになったらなおさらだ。それでもいいよね」
「もちろんです。返事がなくても文句は言いません。そりゃ、すぐ返事はほしかったりしますけど。我慢します」
「それならいいんだけど。俺、とにかくこういうの苦手な方だから」
「いいですよ。そんなことで嫌いになったりしません。先輩のことは理解しているつもりです」
逆にそれで嫌いになってくれた方がいいのでは、と思ったりもする。
いや、それはさすがに彼女に失礼になるなあ。
「まあ、とにかく返事は書けるようなら書く。それでいいなら」
「はい。全然それで構いません。それではよろしくお願いします。
彼女が何を書いてくるのかわからないが、返事をしなくていいと言ってくれているのだから、その点は気が楽だ。
これで、今日はもう彼女とはお別れかな。
ちょっと寂しい気持ちがする。
しかし、彼女はコーヒーを少し飲むと、さらに大胆な提案をしてきた。
「後、これからのゴールデンウイーク、できたら一日ぐらいは、一緒に出かけたいと思うんですけど」
俺は、とても驚いてしまった。
それって、デートなんじゃ……。
「で、出かけるって、どこに?」
「今、話題のアニメ映画をやっているじゃないですか。それを先輩と見に行きたくて。評判がいいので。先輩も見に行きたいって言っていたじゃないですか」
「確かに見に行きたいたいとは思っていたけど」
漫画部の中でも評判になっている作品だ。
「友達なんですから、それくらいいいですよね」
俺はどう言っていいかわからなかった。
ちなみに、俺は幼い頃に、親も一緒ではあったが、小由里ちゃんと映画を見に行ったことはある。しかし、中学生以降は一人でしか見にいったことはない。
その度に、カップルがうらやましいと思っていて、いつかは恋人と一緒に行きたいなあ、と思っていた。
いや、恋人じゃなくてもいい。友達でもいい。女の子と一緒に行きたい、と思っていたところだった。
彼女は友達なのだから、その点ではいいと思う。
そう言う意味では渡りに船なのだが……。
でも今の彼女と行くということは、限りなくデートに近い気がする。
彼女は気軽に俺に話をし、友達どうしのすることだから、と言っているが、内心は、デートだと思っているに違いない。
相当気合を入れてくるだろう。
俺は、今のままでは中途半端な気持ちで対応することになってしまう。
小由里ちゃんはどう思うんだろうか。
やっぱり悲しむだろうなあ……。
「友達そして、部の先輩後輩がアニメ映画を見て、感想を言い合う。友情を深めるとともに部活動の一環にもなります。これほど有意義なことはないじゃないですか」
なかなかいいことを言う。そうだ、これは部活動の一部でもあるんだな。
しかし、なかなか決断はできない。部活動の一部とはいっても、女の子と一緒に出かけることになるのだ。
「言っていることはわかるんだけど……」
「先輩、行きましょう。行って有意義な時間を過ごしましょう。わたし、先輩と一緒に行きたいんです。お願いします」
弥寿子ちゃんは頭を下げる。涙も少し流しているようだ。
俺と一緒に行きたいという気持ちがすごく伝わってくる。
「わかった、わかった。友達どうしで、部活動の一環ということならいいだろう」
「いいんですか、やったあ、うれしいです。デートじゃない、じゃあ部活動をしましょう」
今デートって言ったような……。いや、部活動だ。部活動。
結局OKしてしまった。まあデ-トじゃない。出かけるだけなのだから。
そう自分の心を納得させようとする。
それに、この彼女の一生懸命な気持ちには応えたくなってしまう。
「それじゃあ、明日の十一時に駅に集合でいいですか?」
「ずいぶん急だな」
「いいじゃないですか。それとも用事とかありますか?」
「いや、ないけど」
「じゃあ、お願いします。券はもう取ってあります」
どんどん攻められる一方だな。俺って。
これでいいのかどうか、とは思うけれど。
そうこうしている内に、もう外は真っ暗。星もだいぶ出てきていた。
「じゃあ明日、よろしくお願いします」
「よろしくな」
「あと、連絡もします。返事は別にいいですから」
「そう言ってもらえるとありがたい」
「じゃあ先輩、さよなら」
彼女は俺に手を振る。
「さよなら」
俺も彼女に小さく手を振った。
さて、明日、彼女と出かけることになってしまった。
後輩でもある友達と出かける。
受けた以上は、準備をしなければならない。
少しはネットで、対応の仕方を調べておかなくてはいけないだろう。
小由里ちゃんは、彼女と部活動の一環でお出かけするだけだったら、納得してくれると思うんだけど……。
俺はそう思いながら、家路についた。
「面白い」
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