第四十話 のずなさんは、またやってきても間に合わない
俺達は喫茶店に向かって歩いていた。
「海島くん」
俺を呼ぶ声が聞こえる。
振り向くと、そこには違う学校の制服を着た美少女。
のずなさんだ。
「一緒に帰りましょう」
微笑みながら言うのずなさん。
この間会った時に、はっきりと断ったので、もう俺に会いにくることはないと思っていたんだけど。
そう思っていると、
「あなたは誰ですか?」
と弥寿子ちゃんが言う。
途端にのずなさんの表情が変わる。
「あなたこそ誰なのよ。海島くんの傍にいるようだけど」
「わたしですか?」
「そう。まさか海島くんの恋人じゃないでしょうね」
「残念ながらまだです。仲の良い先輩と後輩です」
ちょっと寂しそうな表情になる弥寿子ちゃん。
しかし、すぐに気を取り直して、
「でも、もうすぐ先輩の恋人になります。わたしは居駒弥寿子と申します。よろしくお願いします」
と言って頭を下げた。
「恋人になりますですって……」
「そうです。まだ先輩とは恋人どうしになれていませんけど、この一途な想いで、絶対に恋人どうしになります」
「何を言っているのよ、あなたは。海島くんの恋人になるのは、この厚田池のずなしかいないのよ。年だって海島くんと同じだし」
「厚田池のずなさん……」
「そうよ。だから、あなたは今すぐあきらめなさい」
「あきらめるだなんて……。そんなことはできません」
普段怒ることのない弥寿子ちゃんの表情が変わり始めている。
「わたし、先輩のことが好きなんです。好きで好きで大好きなんです。誰にも渡したくはありません」
「いいや、海島くんはわたしの恋人になるんだから、あなたはもう先に帰りなさい。わたしはこれから海島くんとデートするんだから」
「何を言っているんですか。わたしこそこれから先輩とデートするんです」
「あなたは年下なんだから、わたしに譲るべきよ」
「後輩だからって、譲る必要はないと思います。先輩はわたしと恋人になるんです」
熱い二人の戦い。
二人とも俺のことを好きでいてくれる。
それはうれしいことなのだけど……。
いつまでも続けさせているわけにもいかない。
俺はのずなさんの方を向いた。
「俺と一緒に帰りたいと言っているんだよね?」
「そうよ。帰ってくれるでしょう? そして付き合ってくれるんでしょう?」
微笑むのずなさん。
「それはできない」
「できない?」
「そう。だって、俺はのずなさんに振られたんだ。以前にも言ったけど、俺はのずなさんとは付き合うことはできない」
「付き合うことができないですって? まだそういうことを言っているの?」
「俺には好きな人がいる。その人のことだけを想いたいという気持ちはますます強くなっている」
「その好きな人って、隣にいる人?」
「いや、違う。弥寿子ちゃんは仲の良い後輩だけど、恋としての対象ではないんだ」
弥寿子ちゃんはそれを聞いて、少し悲しそうな表情をする。
弥寿子ちゃんの気持ちを思うと、本人の前では言いたくはない言葉だったが、仕方がない。
「でもその好きな人には、まだ想いを伝えられていないんでしょう?」
「うん。残念ながらまだ」
「なかなか想いをつたえられないんでしょう? だったら海島くんのことをますます好きになっているわたしを好きになればいいじゃない。もともとわたしのことが好きだったんだから、わたしのことをまた好きになるのは当然でしょう」
のずなさんは何を言っているんだろう。
小由里ちゃんに告白できないからと言って、なぜのずなさんのことをまた好きにならなくてはならないのだろう。
それにしても、のずなさんは強引すぎると思う。
わたしが海島くんのことを好きになったんだから、海島くんがわたしのことを好きになるのが当然だという言い方だ。
彼女は、俺を厳しく振ったことを忘れている。
あの後の心の苦しみは忘れることができない。
もちろん、今、その時のことを言うつもりはない。
しかし、もう少し思いやりと言うものを持ってくれてもいいと思う。
「のずなさん、俺はどう言われても付き合うつもりはない」
「わたしが付き合いたいと言っているのに?」
「好きな人には、まだ想いを伝えられていない。その人が俺のことをどう思っているかはわからない。好きじゃないのかもしれない」
「だとしたら、なおさらわたしでいいじゃないの。わたしと付き合えあえばいいじゃないの」
「でも俺は、その人のことが好きなんだ。想いを伝えて、仲良くなっていきたいと思っている。好きな人がいるのに、のずなさんと付き合うことはできない」
「わたしは付き合いたいと思っているのに……」
「じゃあ、俺達は行くんで。行こう、弥寿子ちゃん」
俺は弥寿子ちゃんと一緒にその場を離れていく。
「今日こそは、と思ったのに……やっぱりもう間に合わないってことなの……」
のずなさんは、力が入らなくなってきたようになり、弱々しくつぶやいた。
俺達は喫茶店に向かって歩いて行く。
「今の人、先輩と同じ年だって言っていましたけど、中学校の時一緒だったんですか?」
弥寿子ちゃんが言ってくる。
「そうだよ。同じ中学校でクラスも同じだったことがある」
「『もともとわたしのことが好きだった』と言っていましたけど、先輩、厚田池さんのこと好きだったんですか?」
「うーん、あまり言いたくはないけど、好きだった。中学校二年生の時は。でも振られちゃったんだ」
「浜水先輩以外にも好きになった人がいたんですね」
「うん。ちょうどその頃から小由里ちゃんとは疎遠になっていて、その寂しさもあったんだと思う。でも今思うと、なぜ好きになったんだろうと思っている。当時は優しい人だと思っていた。そういうところを好きになったんだと思うけど、いざ告白したら冷たい態度を取られちゃってね。振られた当時はつらい思いをしたんだ。弥寿子ちゃんには申し訳ないけど、ずっと小由里ちゃん一筋でいくべきだったんだろうね」
「つらい思いをしたんですね」
「まあとにかくもう厚田池さんのことは忘れようと思っている。それがお互いの為だと思っている」
俺ものずなさんもそれぞれ別の道を歩んでいくべきだろう。
やがて、喫茶店が近づいてきた。
「先輩、わたしは先輩が好きです。先輩の為に尽くしていきます」
弥寿子ちゃんはそう言って微笑んだ。
「面白い」
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