第三十九話 先輩と弥寿子ちゃん
今日は部活の日でもある。
部室に行くのは気が重い。
弥寿子ちゃんと今の関係を維持すると決めたのだが、彼女の攻勢をそれで抑えきれるのだろうか。
また俺の方も、彼女のことがどんどん好きになったりしていかないだろうか。
そんな気持ちのまま、部室に入っていくと、そこには弥寿子ちゃんの姿があった。
俺はそのまま、いつものように彼女の傍に座る。
離れて座ろうと一瞬は思った。しかし、彼女が悲しむとすぐに思ったので、それはできなかった。
「先輩、大丈夫ですか?」
「うん?」
「だって、浜水先輩のこと……」
「心配してくれたんだ」
「もちろんです。先輩、落ち込んでいると思って、ずっと心配していました。ただごめんなさい。かえって迷惑だと思って、昨日も今日も先輩のところにあいさつに行きませんでした」
こういう時、空気が読めない子じゃないかと思っていたんだが、結構気配りができるんだな。
「会えなかったので、寂しかったです。我慢してたんですよ。でも今日は会えたのでうれしいです」
そう言うと、彼女は体を寄せてくる。
俺は、それを避けようとしたが、からだの柔らかさを感じたいという誘惑には勝てなかった。
ごめん。でも彼女は友達だから、これくらいいいよね。
俺は心の中で小由里ちゃんに言い訳をする。
ただ会話の方は、いつもより、はずまなかった。やっぱり心の中では、小由里ちゃんのことを考えてしまう。
次第に俺の方は、生返事をすることが多くなってきた。
それでも弥寿子ちゃんは、俺に一生懸命話しかけてくる。けなげだ。それだけ俺のことが好きなんだろうと思う。
しかし、俺は、そんな彼女に応えることは、時間が経てば経つほどできなくなってくる。
弥寿子ちゃんに対して、申し訳ない気持ちになってきた。
そうこうしている内に、部活の時間が終わった。
なんだかホッとする。そう思ってはいけないとは思うのだが。
そして、裕子先輩にあいさつをする。
いつもは、「お先に失礼します」「お疲れさま」といったやり取りしかしていないと言っていいだろう。
しかし今日は、
「海島くん、顔色がよくないが、大丈夫か」
と声をかけられた。
俺は驚いたが、
「だ、大丈夫です」
と言った。
「いつもはもっと楽しそうに居駒さんと話をしているのに、今日は、顔色がよくなくて、話をしていても、上の空だったような気がしたんだ。気分が悪いのか? 熱はあるのか? 悪かったら病院に行った方がいいぞ」
「いえ。体の方は平気です」
「ならいいんだが。どうもきみの体が気になってな」
「ありがとうございます。先輩、俺のことを気にしてくれてるんですね」
「あたり前だ。わ、わたしは、き、きみのこと好意を持っているからな」
顔を赤くする裕子先輩。
「大丈夫ならいいんだ。でも体には気をつけることだ。昼と夜の気温差が激しくなってきているからな」
「お気づかい、ありがとうございます。それではお先に失礼します」
俺はそう言って頭を下げ、部室を出た。
裕子先輩も、俺のことかなり気にしてくれているようだ。冷たいように見えるし、実際いつもまわりの人を凍りつかせたりしている。
でも、気づかいもできる人だ。こういうところは好きかも、と思う。
ただ、今は、好意を持ち始めているとはいえ、俺にとっては、まだ恋の対象にはなっていない、と言えるだろう。
しかし、彼女の方は、今日の対応を見ていても、俺の方に心が傾きつつあるような気がする。
俺の思い過ごしなのかもしれないが。
もしそうだったら、ただでさえ、二人の対応に悩み始めているのに、その想いを受け止めることはできるのだろうか……。
弥寿子ちゃんが、部室の外で待っていた。
彼女は、俺が傍に来ると、
「あの、今日もお茶したいんですけど、いいですか?」
と聞いてくる。
「うーん、どうするかなあ……」
と俺はあいまいな返事をする。
あまり気は進まない。
今日の部活では、同じ部員である以上仕方がないので、彼女の話に付き合ったところはあった。部活の時間が終わった以上、もう付き合う必要はない……。
なんてかっこいいことを言っているが、これから校門を出て、手をつなぎながら歩くという、その状況を楽しみにしている心が、どうしてもある。
「だめですか?」
彼女の表情に、悲しいものが混ざってくる。
「だめだったら、今日はこのまま帰りますけど」
そう言っているが、このまま帰りたくないという気持ちが、その表情から伝わってくる。
この表情に俺は弱い。どうしても彼女の頼みを受け入れたくなってしまう。
俺はしばし悩んだ後、
「わかった。行くよ」
と、今日もOKをしてしまう、ああ、俺ってどうしてこう意志が弱いのか。
「ありがとう、先輩。好きです」
彼女は一挙に明るい表情に変わる。
このジェットコースーターのように変わる彼女の表情。最初は苦手だったが、だんだん病みつきになってきている気がする。
もういいや、今日は彼女に付き合おう。今帰ってもしょうがないし。それに彼女は、喜んでくれているんだ。
俺たちは校門の外に出た。
通常だと、ここから彼女は俺の手を握ってくる。
しかし、今日の彼女は握ってこない。自制してくれているようだ。
ちょっと残念な気がするが、そう思ってはいけない。でもちょっとだけなら握ったっていいかも。いやそう思うこと自体小由里ちゃんに申し訳ない。
心の中でいろいろ思いながら、俺は、彼女と一緒に喫茶店へと向かって行った。
「面白い」
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