第三十話 弥寿子ちゃんとの関係
やがて、弥寿子ちゃんはこちらを向いた。
「わたし、先輩の落ち込んだ姿を見るのはつらいです。でもそう言っている子が落ち込んでいたら世話ないですよね。自分でも情けないと思います、こんな姿を、好きな人に見せちゃいけないですよね」
「情けないなんて思わないよ」
俺がそう言うと、笑顔を取り戻し始めた、
「ありがとうございます。先輩にそう言われると、力が出てきます」
「たいしたことは言っていないけど」
「それだけで充分です。先輩、今日は仕方ないと思いますけど、次からまた一緒にお茶してください。よろしくお願いしますね」
俺は、お茶することはもうできない、と言おうとした。でも彼女の顔を見ると、それは言えなくなった。
俺をこんなにまで想ってくれる少女、この想いをにべもなく断ることなんてできない。
小由里ちゃんには申し訳ないけど、弥寿子ちゃんの想いにも少しは応えたい。
「その確約はできないよ」
はっきりと断ることだけは避けた。
「もうお茶はできない、ということですか? わたしはこれからも先輩とお茶がしたい。したいんです」
「俺は弥寿子ちゃんと付き合っているわけでもないし、恋をしているわけでもない。それなのに、これからもお茶をし続けるのは、弥寿子ちゃんにかえって失礼な気がするんだが」
「わたし、先輩と話をするだけで幸せなんです。楽しいんです。その楽しみがなくなるのは嫌です」
彼女はまた悲しい顔になる。
「弥寿子ちゃん……」
「恋人ということじゃなくてもいいんです。当分は友達どうしということでも。だって、友達どうしでおしゃべりをすることって、普通のことだと思いませんか」
「それはそうかもしれないが……」
彼女の言う通り、確かに友達としてなら、放課後、お茶しながらおしゃべりをしても不思議ではない。
恋人どうしじゃない、好意を持っているどうしが、おしゃべりしていることだって、世の中には多いだろう。
でも彼女を普通の友達として見ていくことはできるのだろうか。
今までも、ともすれば彼女の魅力に、知らず知らずの内に飲み込まれ始めていた。
かわいいだけでなく、意外と気配りもあって優しい。最初は、恋の為だったら、人の迷惑を考えないタイプだと思っていたから、それだけでも彼女の印象はかなり変わっている。
この点だけでも、結構好印象を持ってきている。
弥寿子ちゃんを彼女にするのではあればいいのだが、そこまで、心は行きつけていない。
その状態で友達付き合いをするのは、小由里ちゃんとの関係上どうなのか、と思う。
一方で、弥寿子ちゃんとこのまま定期的に話しをしていきたいという気持ちもある。
彼女が、俺に対して、必要以上の誘惑をしなければいいのでは、という気がする。
それならば、小由里ちゃんも許してくれるのでは、という楽観的な気持ちもある、友達だったら、恋人ではないということは言えるのではないかと思う。
でも手をつなぐということは、少なくとも恋人に近い関係ということにはなるのかもしれない。俺は、その状況をだんだんいいものと思ってきているとは言っても、自分から手を握っているわけではないので、友達としての行動の延長上になると思いたい。
もちろん、この状況をいいものと思ってきていること自体、小由里ちゃんからすれば、嫌なことだろうと思う。
しかし、友達としての行動の延長上ということを言うと、今度は弥寿子ちゃんから悲しい表情をされてしまうだろう。最近は、彼女がちょっと悲しい顔をするだけでも、つらい気持ちになってしまうので、弥寿子ちゃんの前では、言いたくない言葉になってきている。
小由里ちゃんからみれば、なにを言っているんだ、ということになってしまうのだろう。今日の反応を見ていると。
そうであるならば、弥寿子ちゃんとは、なおさら友達という関係でいく必要がある。
いずれにしても、俺は心の整理がしたい、
俺も弥寿子ちゃんとは話をもっとしたい気持ちもあるんだ。友達という関係ならば、俺もそれでいいと思う。あまり誘惑してくれなければ。とにかく、少し心の整理をさせてほしい」
誘惑そのものが嫌いというわけではない。どうしても、それが心地いいものに感じてしまう自分がいる。そして、彼女のからだの柔らかさ、こちらも魅力的に思ってしまう。
今まで、女の子というものに言い寄られることがなかった俺の悲しさ、と言ったところか。「あまり誘惑してくれなければ」と、誘惑に前に「あまり」という言葉をつけてしまった。
小由里ちゃんのことを思うと、「あまり」ということも思ってはいけないと思うのだが……。なにをやっているんだろう、と思う。
やっぱり、誘惑してほしいと思っているのだろう。情けないと思う。でも、やっぱり少しは誘惑されたい。
いや、小由里ちゃんのことを想ったら、そういうことは思ってはいけない。
心の中に様々な思いがあって、苦しくなってくる。
とにかく心を平静にしていかなくては。
「それでもいいです。待ってます」
「とにかく小由里ちゃんと仲直りしないと始まらない。出発点だ」
「わたしも応援しています」
「ありがとう」
「それじゃ、残念ですけど、今日は帰ります。先輩、次はよろしくお願いします。今は友達どうしでもいいですけど、いずれは振り向いてもらいます。わたしは先輩のことが好きなんですから」
そう言って彼女は、手を振り、俺から去って行った。
彼女は強い。
俺に振り向いてもらえなくても、一生懸命俺のことを考えてくれている。
俺だったら、とうに昔に挫折していただろう。
俺よりはるかに強いものを持っている。
このかわいらしい容姿のどこにその力があるのだろうと思ってしまう。
そんな彼女の後ろ姿を、俺はしばらくの間眺めていた。
「面白い」
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