第二十九話 二人の関係
ホッとしたのもつかの間。
「わたし、あなたのこと好きだけど、やっぱり嫌いになってしまいそう。あの時と同じで」
小由里ちゃんは涙を流し始める。
やっぱり「嫌いになってしまいそう」って言われてしまった。
俺は何も言うことができない。
「さよなら」
そう言うと、彼女は走り去って行った。
俺は呆然とそれを見送っていくことしかできない。
「先輩……」
「俺、彼女にまた嫌われちゃった」
「わたしのせいですよね」
うつむく弥寿子ちゃん。
「いや、そうじゃない。俺が彼女と、しっかり向き合おうとしないからいけないんだ。もう少し彼女の心に寄り添うことができたらよかったんだ。弥寿子ちゃんのせいじゃない」
「優しいです。先輩」
「優しくなんかないさ。本当に優しければ、小由里ちゃんに今みたいに嫌われることはなかったんだ。俺ってただの冷たい男さ」
「そんなことありませんよ。優しいです。それに、浜水先輩、最後に『嫌いになってしまいそう』って言う前に『好き』って言ってましたよ」
「それは本心じゃないだろう。嫌いということを強調する為に言っただけだと思う」
俺は、またもや嫌われたんだ。ダメ押しをしてしまった気がする。もう小由里ちゃんに俺のことが好きという気持ちが残っているとは思えない。
「そんなことはないと思います。先輩のことが好きだから言ったんだと思います。今日嫌われる原因を作ってしまったわたしが言うのもなんですが、まだまだチャンスはあると思います」
「まだチャンスはある……」
「だって、二人は幼馴染じゃないですか。心はどこかで通じ合ってあっているものじゃないかと思います。わたしからするとすごく悔しいですけど。わたしも、先輩の幼馴染に生まれたかったです。先輩の幼馴染だったら、今頃は、ラブラブで楽しい毎日を送れたのにな、と思います」
弥寿子ちゃんの言葉が身にしみてくる。
今の言葉を小由里ちゃんに置き換えれば、小由里ちゃんとうまくやっていれば、彼女と今頃は、ラブラブで楽しい毎日を送っていたということだ。
それをむざむざと俺は自分でそれを壊してしまった。
「わたし、先輩がなかなか振り向いてくれなくて、悲しいです。浜水先輩のことを一番に考えていて、わたしのことなど、ほとんど考えてくれてないのはつらいです。浜水先輩でなくて、わたしのことを一番に見てほしいと思っています。でもわたしも嫌なところのある人間です。今日も浜水先輩が、『嫌いになってしまいそう』と言ったのを見て、喜んでしまったわたしがいました。それはわたしの間違いでした。先輩が悲しい顔をしているのを見て、つらい気持ちになりました。そして、なんで一瞬でも、好きな人が嫌になることを喜んでしまったんだと思いました」
俺はそれを聞いて、弥寿子ちゃんのことを見直した。
好きな人のことを思うと、まわりのことを考えることができなくなるタイプだと思っていたんだけど、思いやりがある子なんだなあ。
「わたしは、好きな人が悲しんでいるところが見たくありません。恋のライバルを応援することになるので、心の整理はなかなかできないですが、少なくとも浜水先輩との仲直りは応援したいと思います」
弥寿子ちゃんは目に涙をためながら、そう言う。
「ありがとう。弥寿子ちゃん」
「感謝してくれてうれしいです」
彼女は涙を拭いた。
「でも忘れないでください。先輩の恋人になるのはわたしだけ。大好きなんです」
「ごめん。その想いには今は応えられない。応える資格もない」
「資格がないだなんて言わないでください。先輩は、わたしにはもったいないぐらい素晴らしい人なのに」
「それは買いかぶりだ。今だってそうだ。幼馴染の心をつかむことができなくて、情けないところを見せてしまった」
「わたしは、先輩の優しさを感じてもっと好きになりましたよ」
「弥寿子ちゃん、きみはなんていい人なんだ」
「いい人じゃないですよ。さっき、浜水先輩が走って行っちゃった時、一瞬でも喜んじゃいました。嫌なところのある人間です」
「そんなことはないよ。いい人だ」
「ああ、うれしい。先輩がわたしの恋人になってくれたら、どんなに素晴らしいことだろう、そう思います」
「弥寿子ちゃん、俺はまず小由里ちゃんと仲直りをしたいと思う。それから先は、恋人どうしになっていきたいと思う。弥寿子ちゃんにとっては嫌なことをする人間だと思うけど、それでも恋人にしたいと思う?」
「先輩、わたしは、あきらめません。先輩が浜水先輩のことを好きであっても、大切に思っていても、絶対に振り向かせて見せます。そこまで先輩のことが好きなんです」
「そこまで想ってくれるんだ……」
「はい。とにかく長い時間をかけても、先輩の一番の想い人になって見せます」
俺はその言葉をじっと聞いていることしかできない。
しばしの無言の時間。
やがて、
「今日はもう帰るから。ごめんな」
と俺は言った。
「やっぱりお茶することはできませんよね……」
「うん。無理だ。楽しみにしていただろうけど、ごめんな」
「いいえ、いいんです。先輩の気持ちもわかりますから。その優しさだけで充分です」
とは言いつつも、弥寿子ちゃんはしばらくの間、うつむいていた。
その姿を見ていると、つらくなってくる。我慢している姿を見ると、いじらしくなってくる。
俺が逆の立場だったら、こういう風に我慢することはできるのだろうか。いや、できないと思う。泣いてしまうかもしれない。
小由里ちゃんは、俺のことを「嫌いになってしまいそう」と言ったが、「好き」とも言ってくれた。
今はその言葉を希望として、小由里ちゃんと仲直りをしていくしかないと思う。
「面白い」
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