第二十八話 部活の帰り
四月の下旬になった。
もうゴールデンウイークまで残りわずか。
相変わらず、小由里ちゃんには話しかけることができないまま。あいさつさえもまだできていない。
あいさつをするのって、こんなに難しいことだったのか、とつくづく思う。
「おはようございます」の「お」も言うことができない。彼女の姿を見ただけでも、その場からすぐ離れてしまう、という状態は改善されないまま。
心をもう少し整えてからじゃないとだめだ。
と思ったので、ここ一週間ほどは、あいさつに行こうとはしていない。
後数日、心を整えたら、今度こそあいさつをするんだ、と思っている。
弥寿子さんとの関係は、そのままの状態が続いている。
少なくとも俺の方は、進展させる気はない。
と思っているのだが……。
彼女とは、クラブで楽しくおしゃべりをしている。俺は、彼女の呼び方が、いつの間にか、「きみ」から、「弥寿子ちゃん」に変わっていた。
まあ後輩なんだから、それくらいはいい気がする。
おしゃべりをするのはいいんだが、最近、その間に、俺に対して、小声で「好きです」と甘くささやくようになってきた。
彼女の甘い声を聞くと、俺の心が暴れ出しそうになって困ってしまう。
部活動中に言うのは避けてほしい、と思う。いや、その他の場面で言われても、それはそれで困ってしまうのだが。
裕子先輩は、漫画を描くのに夢中で、こちらのことには気がついていないようだが、これがエスカレートしてくると。さすがに気がついてくるだろう。
その時、彼女の怒りがどういう形で爆発するのか。怒ったところを見たことがなく、わからないだけに怖い。
裕子先輩は、あれから特に話しかけてくることもなかったので、俺に対する想いがどうなっているかはわからないままだった。
このままその想いがなくなってくれた方がいいのかもしれない。
先輩だったらもっとふさわしい人がいると思う。
そう思っていたら、数日前、部活動が始まる前に、
「きみに対する想いは、少しずつ深まってきている」
と言ってきた。
それだけ言って、すぐに漫画を描き始めたので、俺は何も言えなかった。
うれしい、と思う反面、怖さもある。
先輩のような人が、俺のことを本当に好きになり、恋人どうしになったら、女性と話すだけでも怒られたりするようになってしまうのでは、と思ってしまう。
独占欲が強そうだもんなあ……。
まあでも、それはなったとしてもまだ先の話だし、なるかどうかもわからない。
考えてもしょうがないことだと思う。
さて、部活の帰り。
今日も傍には弥寿子ちゃん。
なんかもう慣れてきた気がする。
今は、アニメ以外の話をしているが、そういう話をしているのも結構楽しい。
傍からみているとカップルのような気がする。
うん? カップル、いや、それは違う。俺たちはただの部員どうし。先輩後輩、ただそれだけの関係だ。
そして、校門をでると、手をつないでくる。
俺は、どういう対応をするべきか悩んでしまうのだが、彼女の手の柔らかさを味わいたいという気持ちがどうしても強くなってしまい、手をつないでしまう。
もし断ったら彼女は悲しんでしまうだろう。その顔を見るのがつらいというところもある。
小由里ちゃん、弥寿子ちゃんとは、友達として接しているんだ……。
そう思った時。
「さ、小由里ちゃん?」
一瞬時間が止まった気がした。
俺の好きな人、小由里ちゃんが目の前にいる。
「どうして……」
驚きのあまり、なにも言えないようだ。
「小由里ちゃん、お、俺、今部活からの帰りなんだ」
本当は、久しぶり、とかそういうところから入るべきだった。こうして顔をはっきり合わせるの自体中学校二年生以来なのだから。
しかし、あまりにも驚いていたので、彼女と会ったら、あいさつの後、謝ろうと思っていたが、そういうことをする余裕はなかった。
弥寿子ちゃんは、俺から手を離すと、
「わたし、居駒弥寿子と言います。先輩と同じ漫画部に入っています」
と小由里ちゃんに頭を下げた。
「居駒さん……」
「はい。わたし、先輩たちの中学校の後輩になります」
「後輩……」
「そうです。今わたしは、先輩と仲良くさせていただいています」
「仲良く……」
なんか、小由里ちゃんがみるみる内に悲しい顔になってくるのを感じる。
「はい。先輩といつもアニメの話で盛り上がっています。楽しいです。どんどん好きになってきています」
「好き」という言葉も使っている。
だんだん俺は、穴があったら入りたい気分になってきた。
「そう。それはよかったですね」
小由里ちゃんの声がだんだん震えてきている。
「まだ先輩の恋人ではないですけど、いずれ恋人どうしになってみせます」
弥寿子ちゃんは、ついにこの場では言ってはいけない言葉を言ってしまった。
ああ、もうどうにでもなれ、と思う。
しばらくの間、唖然とした様子でその言葉の意味を考えていた様子の小由里ちゃんだったが、俺に向き直ると、
「森海ちゃん、わたしは森海ちゃんがまた話しかけてくるのをずっと待っていた。わたしの方に振り向いてくれるのを待っていたのよ。でも、いつの間にか、他の子と仲良くしていたなんて……」
と言う。涙声になり始めている。
「さ、小由里ちゃん、違うんだ。彼女はただの後輩なんだ」
「でも楽しそうに歩いているし、手も握り合っていた」
「こ、これはたまたまで……」
「森海ちゃん」
「はい」
「わたし、またあなたのこと嫌いになりそう。せっかくあの時の心の傷は癒えかけていたのに……」
「小由里ちゃん……」
「でもわたし、あなたのことが好き……」
俺は「嫌いになりそう」と言われた後、その言葉を聞いて、ホッとした。
彼女は、俺のことを好きって言ってくれている。
「面白い」
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