第二十三話 先輩
部活動の時間が終わった。
俺にとっては、うれしいやら苦しいやらで、なんとも言えない時間だったが。
「それじゃ、先輩、行きましょう」
と言って、俺と一緒に帰ろうとする。
その時、
「海島くん、ちょっと話があるの。残ってくれる?」
という部長の声。
なんだろう? と思った。
部長が俺を呼び止めるのは、これが二回目。
一回目は、高校一年生の時。クラブ活動の運営のことで相談を受けたのだが、内容は覚えていない。
この部長は、この部長は、容姿は整っていて、きれいな人だと思う。ただ俺にとっては、逆にそれが近づきにくくなっているところがある。
もちろん美人なので、心が動かないこともないが、積極的に声をかけたいとは思わなかった。
だから、俺から話しかけたことは、今まで一回もない。
それが、また彼女から声をかけてきたのだ。
「居駒さん、俺、部長に呼ばれたから、先に帰ってくれないかなあ」
弥寿子さんと一緒に帰ることに抵抗のあった俺は、渡りに船という形で、彼女にそう言った。
「一緒に帰りたかったのに。もっともっと話がしたいのに」
彼女はちょっと頬を膨らませるが、
「じゃあ、部長、先輩、さよなら」
とこちらを向いて頭を下げ、部室の外に出て行った。
部長の方を見ると、凍った微笑みを浮かべている。
弥寿子さんは、この表情を見て、怖くなっちゃたんだな、と思った。
俺も怖いので帰りたいんですけど。
部員全員が帰っていき、部室は俺と部長の二人だけになった。
部長はドアを閉める。顔はさっきと違って、笑っていない。
なんか、ますます怖くなってきたんですけど。
怒るから怖い、というのはよくある話だ。
しかし、彼女の怒ったところは見たことがない。
では温厚か、というとそうでもない。
気に入らないことがあると、さっきのように冷たく笑い。みんなを凍りつかせてしまうのだ。
そんな彼女の用とは?
ドアを閉めた後、部長は俺の方に来る。
「海島くん」
「はい。なんでしょう」
俺はどうしても緊張してしまう。
「今日入ったあの子とは知り合いなの?」
うん? なんでそんなこと聞くんだろう?
「中学校の後輩ですけど、俺、彼女のことはよく知らなかったんです。今日入部してきたんでびっくりしました」
「そ、そうなんだ。でも、彼女、なんかずいぶんきみと、イチャイチャ、じゃない楽しそうに話をしていたけど。その、きみたちは、つ、付き合ったりしているのかな?」
そう言うと、部長は顔を赤くする。
「い、いや、付き合っていません」
それを聞くと、部長はちょっとホッとした様子。
でもなんでこんなことを聞くんだろう。
「でも彼女、きみのことが好きなように見えるなあ」
「そ、そうですかね」
「わたしも一応女性だ。気持ちはわからなくはない。きみの方はどうなんだ?」
「わ、わたしは、かわいい子だとは想いますが、まだ彼女のことをよく知ってるわけじゃないので、好きとかそれ以前の話がします」
「それはそうだろうな。でも彼女のことを知ってきたら、好きになるかもしれない」
「今はわからないですね」
「今はそうでも、変わっていくかもしれないだろう。ただどちらにしても、きみと彼女の仲について、なにも言うつもりはない」
そう言うと、部長は、一段と厳しい表情になった。
「海島くん。改めてきみに話がしたい」
「改めて話とは」
俺と弥寿子さんのことについて、口をはさむ気がないとすれば、どういうことなんだろう。
「わ、わたしは、きみに好意を持っている」
「こ、好意って? どういう意味ですか」
あまりにも意外な言葉だった。
漫画では恋愛ものも書いているとはいえ、現実の男性には興味がなさそうな部長。それどころか、いつも冷たい微笑を向けている部長。
その部長が、俺に好意があると言っている。
「同じことを言わせるな。言葉の通り、わたしはきみに好意を持っているんだ。去年の文化祭の前、部活動のあり方に悩んでいた時、アドバイスをもらった。それ以来、きみのことがだんだん好きになってきたんだ」
「アドバイスだなんて、たいしたことは言ってませんよ」
そうか、部長に呼び出された一回目って、その時のことだったんだ。全く忘れてた。
「いや、きみがいなかったら、わたしもこの部もどうなってたかわからない」
「そんなおおげさな」
「とにかく、それからわたしはきみに好意を持っている。これは本物の気持ちだ」
「そう言われましても」
あまりの展開に言葉が出てこない。
「ただ自分でも、恋という気持ちできみが好きなのか、ただの好意なのか、それがわからない。ただ、この気持ちは伝えようとは思っていた。でもチャンスがなくて。それが、今日、居駒さんがきみにアプローチをかけているのを見て、これじゃいけない、と思ったんだ」
弥寿子さんが、部長のハートを燃え上がらせたということなのか。
「海島くん、今日は好意を持っていることだけ伝えておく。この気持ちが今後どうなっていくかはわからないが、今の気持ちはわかってくれ」
「その気持ちはありがたく受け止めます」
「そう言ってくれるだけでもありがたい。ではこの話は、今は、きみの胸の内だけにしまっておいてくれ。わたしの方も当分このことでは、きみと話さないようにする」
「わかりました」
「でもわたしの心がより一層きみに傾いたら、その時は告白させてもらうよ」
部長は、俺に温かい微笑みを向けてくれた。
たまにだが、部長はこういう微笑みをすることがある。
これが、本来の部長の姿なのかもしれない。
俺はそう思うのだった。
「面白い」
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