第四章 護衛
「あの、お怪我は………。」
「ん?大丈夫、何もないよ。」
マリカ親子の王都への旅は、後3日程の道のりまでなっていた。思えば、やはり護衛付きの旅は恵まれていた。日のあるうちは順調に進み、夜はぐっすり眠れた。
行商人一行のまかない係のおばさんは、カルシータ東部の出身で、西部で育ったマリカには馴染みのない料理が、新鮮で美味しかった。ミリヤも良くなつき、可愛がられた。
もう少しで王都という所で、残念なことが起こった。流行り病の病人が出てしまった。旅をする一行にとって、病気の蔓延は死活問題。病人を完治させるため、町の病院に入院させることになり、一行は足踏みを余儀なくされた。
一緒に留まるべきだったが、マリカは焦ってしまった。後少し、何とかなるだろうと、先に進むことにした。
しかし、すぐに後悔することになる。幼女を連れた若い美人の金髪女性は、人目を引いた。からかい、好色、もろもろの嫌な声かけをされた。挙げ句の果に、ガラの悪い3人組に絡まれた。振り切ろうとしたがしつこく迫られ、ミリヤは恐怖に怯えた、そんな時。
「おい、やめろ。嫌がってんだろ。」
間に割って入り、助けてくれる救世主が現れた。まだ若い、すらりとした風貌の剣士だ。汚い罵りのことばを吐く連中は、瞬時に黙らされた。
マリカには、そもそも彼が剣を抜くところすら見えなかった。あざやかな早業で、3人組は地面に倒れ伏された。しかも、彼は怪我一つないという。
とりあえず先を急ぎ、日暮れ前に宿に入れた。せめてものお礼に食事をご馳走したいと言うと、剣士は人懐こい笑顔で快諾した。
「本当に、ありがとうございます。あの、私はマリカ、娘はミリヤっていいます。」
「ああ、俺は、セナ。」
20才になったばかりというセナは、訳あって旅の途中だという。目的地はまずは王都、カルシータ・ギアということで、マリカは思い切って護衛を頼んだ。
「それほど、報酬を弾めるわけではないのですが………。」
「それじゃ、宿と飯代をお願いしようかな。」
「えっ、それは、そんな少なくていいんですか?」
「まあ、俺にしたら、わざわざ行くわけじゃないから。あ、でも、護衛をするなら、一緒の部屋で寝てもいいかな。家族のフリ、してもらうけど。」
それを、魂胆ありと疑わせないのがセナの人徳か。若いのに、小さな子どもの扱いも慣れたもので、ミリヤも喜こんだ。こうして彼らは、期間限定の家族となった。
翌朝、セナは小さな荷車を手に入れ、愛馬のリュウをつないだ。マリカは費用を出そうとしたが、王都に着いたら売ればいいからと、受け取らなかった。
荷車に乗せてもらって、ミリヤはご機嫌だった。セナくん、セナくんとまとわりついたが、セナはよく相手をしてくれた。家族のフリするのよ、なんて言い聞かす必要もない。行商人一行の護衛は、いかつい怪力男風だったが、セナはまるで違う。しかし、なんて安心できるんだろう。マリカは、ただ感心するだけだった。
何事もなく1日の行程を終え、宿に入った。今日も一緒に寝ようと、ミリヤは更にご機嫌だ。明日には王都に着くだろう。嬉しいはずなのに、残念なような寂しいような、マリカの説明のできない気持ちを知る由もない、ミリヤはセナと楽しそうに遊んでいる。
「ミリヤ、お風呂に入るよ。」
「やだ、セナくんと遊びたい。」
「入って来いよ、待っててやるから。」
「はーい。」
(なんか、ホントに家族みたい…、)
護衛しやすいからとセナが言うので、高かったが風呂付きの部屋にした。ミリヤは風呂から上がると、すぐにセナのもとにかけて行った。
「こらミリヤ。ちゃんと拭きなさい。」
「いいよ、俺が拭くから。」
「わーい、セナくん、大好き!」
「もう。」
ミリヤは父親の顔も知らない。当然、甘えたこともない。こんな父親のように接してくれる人と巡り会えたのは、予想もしなかった幸運に感じた。
(ミリヤにとってよ。私は、何でもない。)
自分は、ミリヤのように甘えれるわけもない。きちんと身支度して、風呂から出た。
すると。
「ねー、セナくん、どうしたの?」
タオルを手に、ミリヤの身体を拭いてやっていたセナが固まっていた。顔色は、真っ青。手は小刻みに震えている。その視線の先、ミリヤの上腕には。
マリカには見慣れた、輝く金色の「印」があった。