第一章 ユナ・リア
そこは、異世界だった。
文明はまだ未発達の、しかし自然のめぐみが満ち、不思議と魔法の息づく世界で人々は暮らしていた。
いくつかの混乱の時代を経て、世界は少数の大国、そしてそれらの属国の間で均等が保たれ平らかだった。
そんな中、大国のひとつリードニス王国に密かな問題が存在した。国の行く末を左右する大問題、しかし、諸外国に知られるわけにはいかない。
「さて、どうしたものか………。」
王と、国政に関わる重臣のみが連なる会議で、その問題は取り扱われた。
「捜索は、もちろん進行中です。各州に王直属の役人を派遣し、範囲も広げて、0才から10才の女の子をくまなく調べております。」
「王都や、都会にいるとは限らんのだぞ。むしろ、田舎での捜索を手厚くせねばならん。」
きびしい顔のロミナス公が口を開いた。
「もしや、国外という可能性もあるのでは?」
スギルト公も続く。
「そうですね、リードニス人の夫妻であれば、外国に住んでいても可能性はあります。そうなると、捜索はかなり困難です。」
一番若い、ケント・シンシアティは控えめに発言する。
「しかしそれでも、せねばならない。ユナ・リアの発見は、すべての国事の最優先課題だ。」
王が、強い力を込めて締めくくった。何度も繰り返されたことばだ。皆、重々承知している。
ユナ・リアとは何か。
それは、始祖の王から始まった、リードニス王国のユニークな結婚制度に関わることである。
王は世襲制で、王の子が王となる。幸いにも良い教育システムが整っていることで、強く賢い王が治め続け、豊かな大国となった。しかし、この繁栄は王の力のみならず、王妃の資質によるところが多かった。
では、王妃はどのように選ばれるのか。
このことは、子どもから老人まで、富める者も貧しき者も関係なく、すべての国民が知ることであった。
王妃は、天が、決めるのである。
王に、跡継ぎとなる王子が誕生する時、その前後2年以内に、後に王妃となる女の子が誕生する。その選ばれし娘の身体には、金色の印がある。故に、その印を発見した親は、必ず然るべき所に報告しなければならない。そうして、正しくその者と判断された娘は、ユナ・リアと呼ばれるのだ。
ユナ・リアは、国の宝である。家族も含めて、国から手厚く守られ、愛されて育てられる。初潮を迎えるころ、王子に嫁ぐその日まで………。その後も、ユナ・リアを出した家として保護や栄誉を受け続ける幸いがある。ユナ・リアを隠す意味は、何一つない。
しかし今。
王の跡継ぎである王子が誕生し、6才になろうとしているこの時点で、ユナ・リアがどこにいるか一切不明という異常事態なのだ。
国中の予見者は口を揃えて言う。ユナ・リアが誕生しているのは、間違いない。ただ親からも医者からも、誰からもその子について報告がなく、未だ国の知るところになっていないだけだと。
ユナ・リアのことを知らない国民など、存在しないはずなのに………。
会議が重ねられ、捜索は続いた。
そして、この事態を憂う人々の心に、かつて存在した一人の悪王、その暗黒時代の記憶が突き刺さる。忌まわしき者としてその名を伏せられた王は、あろうことかユナ・リアを嫌い、城の地下に閉じ込めた。代わりに多くの女性を侍らせ、一切の進言を退けて忠臣を処分した。国は大いに荒れ、乱れた。天候も狂い、飢饉で民が苦しんだ。外敵の脅威に怯え、国は破滅の一途をたどった。
もし、王の弟君が立ち上がり、王を討たなければ、今リードニス王国は存在しなかったかもしれない。
弟君と3人の従者の勇気が国を救った。
悪王の兄に代わって王となった弟君は、地下牢からユナ・リアを救い出し、妻として迎え、国を復興させたのである。
誉れ高き3人の従者は復興の働きにも力を発揮し、王を支える家の当主となり、現在もその家は名門として続いている。
ロミナス家。
スギルト家。
そして、シンシアティ家である。