第十一章 ヌコルル島
リードニス王国行きの船は、最初の寄港地ヌコルル島に着いた。温暖な、観光と漁業の島で、ここが目的地の乗客も多い。
しかも、ここでの時間は一日半もある。一同は、油断なく時を過ごさなければならないが、明るい太陽の元、じっとしてるだけではミリヤがかわいそうだと思った。
「マリカ、ミリヤ。島に降りて、食事しようぜ。」
わがまま言わせてはいけないと思っていたが、セナの誘いはやっぱり嬉しい。ミリヤを真ん中に、3人で島の中心街、街路樹の美しいストリートを歩いた。
色鮮やかな花に果物、お菓子に風船、いろいろ売っている。ミリヤはおねだりすることを知らないらしく、キョロキョロするだけだ。
セナが見つけた、きれいなビーズのブレスレットを手にはめてもらうと、目を輝かせた。
「この色がいいか?」
「えっ、買ってくれるの?」
「ん、ミリヤがいい子だからな。」
「わー、嬉しい!」
思わぬブレゼントに、ミリヤは大喜びだ。
食事は、魚料理の美味しいレストランで食べた。新鮮な魚は生で食べれるなんて、マリカも知らなかった。美味しいねを連発する2人をただ微笑ましく、セナは眺めていた。
しかし、ふと、奥にいた2人の男の視線を感じた。
「おい、マリカじゃないか。」
「えっ、あ………、ロマヌ兄さんとシリアド兄さん。」
何と彼らは、マリカが育てられた旅芸人一座の仲間だった。
「なんだマリカ、旦那と子どもか?」
親しさから当然か、ロマヌとシリアドはズカズカやって来た。
「うん、セナと、ミリヤだよ。」
セナは、軽く頭を下げる。ミリヤはちょっとびっくりしてセナにすり寄った。
「そっか、家族旅行か。いいな、マリカ幸せそうだな。」
「お前が一番若かったし、気にしてたけど、大丈夫だったんだな。」
心配しなくても、いいかもしれない。しかし、リタのことがあるので油断できない。セナの心配をよそに、ロマヌとシリアドは上機嫌だ。
「マリカ、俺たちこの島で漁師してんだぜ。頑張って、舟も買ったんだ。」
「おう、そうだ、これから乗らないか?穴場につれてってやるぜ。」
舟、それはまずい。
どう断るか。セナが考えた、その瞬間。
「ごめん、舟は乗れない。」
マリカが、きっぱりと断った。
あまりのきっぱりした拒絶に、気色ばむ2人。
「どうしたんだ、マリカ、俺たち親切で言ってんだぜ!」
「兄さんたち、いい加減にして。こんな南国で漁師してるのに、ちっとも日焼けしてない………。それが変だってわからない程、私は子どもじゃない………。」
図星らしい。2人の顔色が変わる。チッと舌打ちして、隠し持っていたナイフに手をかけた。しかし。
セナがマリカ親子を背にかばい、距離を置いてたドウシアが剣を手にかけ、一歩踏み出す方が速かった。
加えて、更に距離を置いてたはずのスギルト家トムルが、もう一方から迫った。
完全に迫力負け。2人は悪態をつきながら、消え去った。
ああ、またマリカの落ち込む姿を見なきゃいけないのか。セナは、度重なる知人の裏切りに泣くマリカを、どう慰めればよいか考え込んだ。
しかし船に戻る道、マリカは意外な明るさを見せた。
「マリカ、無理するな。」
セナが声をかけた。落ち込んでるはずなのに、無理して笑うマリカが痛々しかった。
「あ、うん………、ありがとう。でもね、あんまり無理してないよ。元々あの2人とは、そんなに仲良くなかったし。」
「でも、兄さんなんだろ?」
それは、旅芸人一座の、座長夫妻の方針だった。若い男女が一緒に旅をするのだ。間違いがあってはいけない。年上を兄、姉と呼ばすことで、規律正しくしようとしたという。
育ての親の教えは、マリカに染みついていた。結婚前に、男に身体を許してはいけないとも、度々諭されていた。これは、今セナには言わないが。
「だから、平気。心配しないで。」
「わかった、でも泣きたい時は、泣くんだぞ。」
その夜、マリカがミリヤを風呂に入れ、寝かしつけにかかった頃。セナは、部屋の鍵をかけさせて、今日の出来事を話すべく、コダの部屋に向かった。
途中、廊下で、一人の男に声をかけられた。ロミナス家の者であると名のったその者から、小さなメモを渡された。
(なんだろう。)
コダの部屋へ行く前に目を通した。それは、予想外の内容だった。
『セナ・シンシアティ殿
急ぎ、相談したいことがあるゆえ、町外れの酒場まで内密に来られたし。』
差出人の名が、問題だった。
カセラ・ロミナス。
ロミナス家当主の、弟君………。