第十章 女同士
海は、広くて大きい。
人間の、私の悩みなんて、なんてちっぽけか………。
ルカス発、リードニス王国の港町カフル行きの船は、静かに航行を続けていた。しばらくは、島もあまり見えない、広い海原のみである。
セナに告白されたあの夜は、夢のようだった。きびしい現実は変わらないが、心にポッと灯りが点ったようだ。
しかし、マリカは悩んでいる。今、まさに、海のように深く。
「あの、マリカさん。」
気づかぬうちに、背後にコダがいた。驚いたが、何とか平静を装う。
「コダさん、はい、何でしょう。」
「いえ、何かお悩みのようで、私で良ければ、話していただけるかと。」
「あ………。」
やっぱり、私ってわかりやすいんだ。
「もしかして、セナさんのことですか?」
「!?」
「告白でも、されましたか?」
「えっ、聞いてたの!?」
「当たりですか。」
………やられた、頭痛い。マリカは頭を抱えた。
コダはまだ21才。マリカより年下なのにずっと大人びているので、ついマリカは、正直に話してしまった。
「セナが、私を愛してるって言ってくれて、本当に嬉しかったの。でも冷静になって考えたら、私、また性懲りもなく、身分違いの恋をしてるんだなって思って。」
「身分違いってことはないでしょう。マリカさんは、ユナ・リアの母です。誰も、お2人のこと、邪魔できませんよ。」
「それは………。」
そうだけど、違うのだ。上手く説明できるかは自信ないが。
「ユナ・リアのことは、理解してるよ。でも私の本質は、何も変わらないんだ。私は、学も教養も財産も何もない、貧しい人間で。」
比較して、セナはなんて素晴らしい人か。優しく、強く、立派な家と家族、しかも賢くて………。
(あれ?)
気づくとコダが、見たことない表情をしている。キョトン顔、そんな感じ。
「不思議です、マリカさんは、どうして自分にないものばかり数えるのか。あなたは、若くて明るく美しい、思いやりのある、素晴らしい人………。」
そんな風に、見てくれてたとは。コダにはただお世話になるばかりで、何もお返しできていない。それなのに、こんなに優しい評価をしてくれるなんて。
「コダさん、私………、どうしよう………、ううんでも………ありがとう。」
涙があふれた。止められない。
「ご主人を亡くしたので、気弱になるのも仕方ないです。でも、セナさんは強い人です。マリカさんとミリヤちゃんを守って、幸せにしてくれます。セナさんを信用してください。」
「………はい。」
海は、相変わらず広いし、大きい。
でも、人の思いや愛も、大きいのだ。
「コダさん、私ね、今までもいたんだ、何人か。愛してる、結婚してくれって言う人が。でも、どの人も信用できなかった。ミリヤを、守ってくれないんじゃないかって。」
「………。」
「でもね、セナには、そんな不安は微塵もないの。初めから守ってくれた。これからも、守ってくれるって。」
「そうです。それは間違いないです。」
マリカの悩みが、すべて払拭されたわけではないが、コダとの対話は転機となった。
この後マリカは、ゆっくり変化していく。持ち前の明るさに加え、強さとしなやかさを併せ持つ女性に………。
マリカが変わった。セナも気づいて、コダと何やら話し込んでたことを思い出す。
「コダ、マリカに何をした?」
コダは、微笑んで、ごまかした。女同士、内緒話のつもりだったから。