第九章 告白
事の顛末をすべて聞き終え、セナは深くため息をついた。運が良かった、ただそれだけ。
(マリカさんたちが、連れ去られた!)
ドウシアが、慌てて裏口から飛び出した時、馬車の姿はなく、しかし立ち込める砂埃が、走り去った方向を教えていた。とにかく追うしかない。
「大丈夫です、私の仲間が追いました。」
物陰から現れた女がいた。スギルト家の使用人だと名乗った。ドウシアとは別に、マリカとミリヤを2人で警護していたと言い、ぐったりとした様子で馬車に乗せられるのを目撃、1人がすぐに追ってくれていた。
マリカとミリヤが無事連れ戻されるまでの時間は、いかばかりもなかったが、ドウシアには永遠のように長く感じられた。しかも、薬が使われたようで、特にミリヤがなかなか目を覚まさなかった。
騒ぎを聞きつけたコダが駆けつけ、介抱してくれ、問題なしと言われてようやく安心できた。
リタは切られたが、いのちに別状なかった。服の下に、猟師が着る革製の丈夫な防護服を着ていたおかげだ。
「ごめんなさい………。」
リタは、泣き伏すばかりだった。息子のカイを人質にとられ、強制されてマリカをだましてしまった。
マリカたちが連れ去られた馬車に、カイが押し込まれていて、一緒に救い出されたのが幸いだった。
スギルト家の使用人、スーニャとトムルの2人組は、また内密に警護するため、静かに離れて行った。
(助かった、しかし。)
自分が付いていながら、こんなことになってしまったと、ドウシアには後悔しかない。
リタの話しには、初めから違和感があった。マリカのいた場所に、調査など不自然なのだ。しかし、自分はすべての動きを知らされているなどと、自惚れる男ではない。
状況を見極めようとしているうちに、最悪な事態を招くとこだった。
セナに会うなり、地を這うように詫びるしかなかった。マリカは、泣きながら必死でドウシアをかばった。
はぁ………。
何回目のため息だろう。
マリカの友人を使うとは、手段を選ばない、卑劣な相手であると、思い知らされた。こんな輩を相手にするには、自分は甘すぎるのではないか。
ドウシアが来てくれたのは、本当に良かった。今は落ち込んでいるが、使命がある以上、立ち直れるだろう。
と、ドアが小さくノックされる。
「あの、セナ。」
「ああ、マリカ。」
丁度話したかった、マリカがやって来た。
「ありがとう、リタのこと。」
信用できる医師を、鍛冶屋から紹介してもらえた。マリカの願い通り入院させ、必要と思える料金も払ってやった。
「あの人のことを、完全に赦すことはできないが、子どものいのちがかかってれば、母としてはどうしようもないだろうな。」
しかし、どうしても言わねばならないことがある。この先、更にどんな敵が襲って来るか、わからないのだ。
「マリカ、約束して欲しい。今後、いかなる知人、友人、たとえ恩人であっても、決して俺の知らない所で会わないと。俺がいなければ、ドウシアやコダの意見に従って、身を守ってくれると。」
セナは真剣だ。マリカは、約束した。
セナを、これ以上悲しませないためにも、私がしっかりしなくてはと思った。
「ミリヤが守れても、マリカ、あなたに死なれては駄目なんだ。俺の務めは失敗なんだ。」
「そんなことない、セナはすごくよくやってくれてる。誰もセナが駄目なんて、言いっこない。」
「いや!!!」
マリカは、ハッとした。セナがこんな激しい物言いをするのは、初めてだ。
「誰が許しても、俺が自分を許せないんだ。」
少しの間。
「………愛する女ひとり、守れないなんて。」
(えっ………?)
「俺は………、マリカ、愛してる。」
セナのことばは、はっきり聞こえた。愛してる。マリカの中で、何かが弾けた。
「そんなの、私の方が………。」
顔が赤くなる。
セナといて、ドキドキ胸が鳴るのを必死で隠してきた。家族を装って、一緒にいるので、どれだけ大変だったか。
「ミリヤが、あなたの腕を枕にして寝るのが、正直うらやましかった。わっ、私も、あなたの手にすがりつきたいって………、きゃっ!」
支離滅裂、そんなことばを、最後まで言えなかった。セナに引き寄せれ、抱きしめられた。
「なっ、セナ?」
「いや、双方の希望が一致したなって思って。」
「???」
「君はすがりつきたい、俺は抱きしめたい。違う?駄目か?」
呼び方が、あなたから君に変わった。
セナは、一瞬でマリカの気持ちを理解したようだ。
ずるい、でも。
「駄目、じゃない………。」