第八話 毒を以て毒を制す
何処にでもいるはずの女性、桜名美姫はホロテイルジュとして謎の事件を追っていた。それは街の人達が生ける屍のようになって夜の間だけ街を徘徊しているというものだった。事件を追う中で、美姫は水原夜衣魚から双見アラモードのことを聞き、彼女を心配してしまう。そんな中、事件を引き起こしたマリスを産み出したダークストーリーズの幹部ウィッチ・シスターズと出会う美姫と夜衣魚。ウィッチ・シスターズの一人であるウィッチ・レフターは偶然居合わせていたアラモードの邪魔をする。パフェを食べていたところを邪魔されたアラモードは怒り狂って戦士ツインスウィーテスとして戦うのだった。
アラモードがツインスウィーテスとしてマリスと戦った日から一夜明け、ホロテイルジュの一同は本拠地の洋館に集まっていた。
「マリスが、七体?」
「うん。」
美姫からマリスが七体現れたことを聞いた桃井剣二は驚いてしまう。そしてアラモードはパフェを食べながら説明をする。
「あのマリス、最大で七体産まれるようになってるみたいです。その七体を全部倒さないと、どんどん産まれるみたいですね。」
「アラモード、あの戦いでそこまでわかったの?」
夜衣魚は一回の戦いの中でマリスの特徴まで掴んでいたアラモードに驚く。更にアラモードは話を続ける。
「お菓子の家で一気に潰せれば良かったんですけど、一体逃がしちゃいました。」
「なるほどな…。七体か、多いな。」
剣二は現状を理解する。しかしそれと同時にその厳しさを感じていた。
「剣二さん、ホロテイルジュで夜に動けるのも七人だけです。」
「俺達がそれぞれマリスに会って、ほぼ同時に倒すことが事件解決の唯一の道って訳だね。」
金山依斧と浦賀輝弓もそれぞれ話す。今のホロテイルジュにとって、あまりにも厳しい状況だった。そしてそれは、赤園風布花と三浦竹月にとっても歯がゆいことだった。
「皆さん、ごめんなさい。」
「私達が夜に動けないばかりに…。」
風布花と竹月はそれぞれ小学生と高校生であるため、夜に出歩くことが出来なかった。
「気にするな、ここは俺達でなんとかする。」
剣二は罪悪感を感じている二人を励ます。
「それじゃあ剣二さん、これから七人で散り散りになってパトロールを続けるってことになりますね。」
鈴木林檎は今後の動向をまとめる。そして洋館にいるホロテイルジュの一同にはアラモード以外緊張が走っていた。そしてこの日は解散するのだった。
洋館を出た林檎に、夜衣魚が話し掛ける。
「お~い林檎、この後予定ある?」
「夜衣魚、また遊ぶ気?夜もまた動かなきゃいけないのに、元気ね。」
林檎は遊びに行こうとする夜衣魚に呆れてしまう。
「別にいいじゃん。どうせ暇でしょ?」
「人を暇人みたいな言い方しないで。私は今日も仕事。」
林檎は仕事があると言って夜衣魚の誘いを断る。
「え~、つまんな~い。」
「もう、あんたは休みだからって人を巻き込まない。それじゃあね。」
林檎はそう言って夜衣魚の元を後にする。
林檎が向かったのは、とあるカフェだった。林檎は普段、そのカフェで働いている。しかしあまり公私混同を好まないため、ホロテイルジュのメンバーにはカフェで働いていることを言わないようにしている。
「あ、おはよう林檎ちゃん。今日も宜しくね。」
「宜しくお願いします店長。」
林檎はカフェの店長に挨拶をする。店長は三十代半ばくらいだが、爽やかな風貌の女性であった。そして林檎はカフェの制服に着替え、接客を始める。林檎は何でも卒なくこなすタイプだった。そのカフェでも接客も出来ればサイドメニューの盛り付けも出来る有能な店員だ。彼女にとってカフェの仕事もホロテイルジュもとりわけ辛いことではなかった。林檎にとって一番嫌なことは自分のプライバシーを探られることだった。そしてまたカフェのドアが開く音が聞こえる。
「あ、いらっしゃいま…。」
林檎が入って来た客に挨拶しようとすると、そこにいたのは美姫だった。
「あ、林檎ちゃん…。」
「美姫さん…。」
二人は少し気まずそうにしてしまう。しかし林檎は客である美姫を追い出す訳にも行かなかったので席に案内する。
「林檎ちゃん、ここで働いてたんだ。」
席に着いた美姫は林檎に話し掛ける。
「はい、あまりプライベートを話すことが好きじゃないのでみんなには言ってないんですけど…。」
「まあ、そうだよね。夜衣魚ちゃんならみんなを連れて来そうだし。」
「はい、それにアラモードを入れたら多分お店のデザート類が無くなりそうで…。」
「それはわかる。」
美姫は林檎の気持ちがなんとなく理解出来た。美姫も普段は会社であまり人と関わりたくない性格だからである。そして二人が会話しているところに、カフェの店長が入って来る。
「何~?林檎ちゃんのお友達が来るなんて珍しいね。二人は何繋がりなの?」
「ま、まあ先日知り合った仲と言いますか…。」
林檎は店長にホロテイルジュのことをいうことが出来ないため、はぐらかすようなことを言う。
「ま、まあなんとなく話してたら気が合ったっていうか…。」
美姫も林檎のフォローをするように話す。
「そうなの。それじゃあお友達さん、ゆっくりして行ってね。」
店長はそう言って二人の元を後にする。
「それじゃあ美姫さん、ご注文の方を。」
「そ、そうね。」
美姫は改めて林檎に注文をする。
美姫から注文を受け取り、メニューを持って行こうとする林檎。そこにカフェの店長が話し掛ける。
「それにしても良かったよ、林檎ちゃんにああいうお友達がいるってわかって。」
「店長?」
店長は何故か安心しているような様子だった。
「いやね、林檎ちゃんって自分を押し殺している気がして、あまりお友達がいないんじゃないかって思ったから。」
「そんなことないです。私もちゃんと、心を開ける人はいますから。」
店長は林檎に友人がいることに安心していた。林檎は大学生の頃からアルバイトとしてこのカフェで働き、大学を卒業してから正式に店員として働いている。林檎は何でも卒なくこなすタイプであるが故、無感情に振る舞うことが多かった。それが周りにとって少し接しにくいところでもあったのか、林檎は大学時代あまり友人が出来なかった。思えばホロテイルジュに入り、夜衣魚に話し掛けられるまで無口な人だったと林檎は感じる。
「はぁ…。」
「相当お疲れのようだね、剣二。」
疲労が蓄積して思わず溜め息を吐いてしまう剣二に、輝弓が話し掛ける。
「ああ、ホロテイルジュも楽な仕事じゃないな。」
「当たり前だろ?命懸けで世界を守らなきゃいけないんだからな。」
輝弓はそう言って剣二を労う。
「それにしても、林檎もよくやっているな。」
剣二は林檎について話し出す。林檎は美姫が加入する前、女性メンバーの中では一番ホロテイルジュとして戦っている方ではあった。
「まあね。彼女、初めて戦った時も初めてとは思えない程上手く戦ってたし。」
輝弓はそう言って林檎がホロテイルジュに入った頃のことを思い出す。林檎はふと洋館に迷い込み、指輪と本、そして剣二と輝弓に出会った。その時丁度ダークストーリーズが現れ、剣二と輝弓が行こうとしていた。そして林檎は指輪と本を持って剣二達について行き、見様見真似で戦い、そしてホロテイルジュの力を卒なく使いこなしてマリスを倒していた。そして林檎はその後も自分の都合に合わせてではあるが、極力ホロテイルジュとして戦うようになったのである。
「他が少し難ありの奴ばかりだったからな、林檎は本当によくやってくれている。」
「まあ、当の本人は近寄りがたいけどね。」
剣二と輝弓はそんな話を交わしていた。そしてふと、輝弓はあることを話す。
「それにしても、動けるメンバーもマリスも七人だけなんて厳しいね。」
「ああ、そうだな。」
剣二と輝弓は現状の厳しさを改めて感じる。
「なあ剣二、例の三人ってまだ出てこない訳?」
「ああ、暫くは九人でダークストーリーズに対処しなければならない。」
「マジかよ…。」
剣二の言葉に、輝弓は落胆するのだった。
一方、ダークストーリーズのお城ではウィッチ・シスターズのことをパンドラス、ギルベアー、そしてバブルガスが睨み付けていた。
「な、何よ。」
「私とお姉様に何か言いたげね。」
ウィッチ・シスターズの二体は焦りながら後ずさる。
「お前ら、ホロテイルジュの戦士たった一人に二人揃ってやられたらしいな。」
「しかも、せっかく散り散りに置いていたマリスを一箇所に集めて対抗しようとするなんて。」
「マリスの特徴から考えると、作戦倒れだな。」
パンドラス達は揃ってウィッチ・シスターズに嫌味を言う。ウィッチ・シスターズの二体はそれが耐えられなかった。
「まだマリスは残っているわよ。」
「それに、私達の奴隷と化した人間も着々と増えている。支配するにはもうすぐよ。」
ウィッチ・シスターズの二体は必死になって弁解する。
「ま、期待しないで待ってるぜ。」
パンドラスはそう言って何処かへ去ってしまう。ウィッチ・シスターズは人間界へと赴く。
一方、美姫はカフェを後にし、それから暫く時が経っていた。
「それじゃあ店長、そろそろ上がります。」
林檎は仕事を終え、制服から私服に着替えようとする。と言っても林檎は夜の戦いに備えて早く上がるのだ。店長は心配するような目で話し掛ける。
「林檎ちゃん、最近疲れてるみたいだけど、大丈夫?」
「大丈夫です。気にしないで下さい。」
林檎は無理に元気を出すようにして答える。しかし、店長はなんとなく察していた。
「気になるよ~、私の周りの人も何か変になっちゃって。」
「それって、変な黒服を着た人のことですか?」
林檎はマリスのせいで屍のようになった人のことを店長から聞き、驚いてしまう。
「うん、誰に連絡してもここら辺に住んでる人はみんな連絡つかなくなっちゃって。そのせいでこの店もすっかりお客さんが減っちゃって。」
「そう…、だったんですか…。」
林檎は店長がマリスによる被害を間接的に受けていたことにショックと責任を感じてしまう。
「あの、店長。」
「何?」
「私が必ず、なんとかしますから。」
「なんとかって?」
「あ、いや、あの…、失礼します。」
林檎は自身がホロテイルジュであることを店長に秘密にしていることを忘れて口走ってしまう。そしてその場をはぐらかすように店を出るのだった。
そしてその夜、ホロテイルジュの七人はそれぞれマリスが出そうなところをパトロールしていた。七人はそれぞれ小型のトランシーバーを装着している。マリスを見つけた時、すぐに連絡が出来るようにするためだ。
「は~あ、何でマリスは七体もいるかなぁ~。」
アラモードはマリスのことでぼやきながらあんパンを口にする。流石のアラモードもすぐに戦えるように備えているようだ。
「早くマリスを倒して、店長を安心させなくちゃ。」
林檎はマリスを倒そうと意気込んでいた。そして剣二から全員に連絡が入る。
「聞こえているかみんな。マリスを見つけ次第すぐに連絡を入れろ。見つけた者から順次戦いに入れ。ただし倒すのはなるべく全員のタイミングを合わせろ。いいな。」
「わかりました、剣二さん。」
林檎は剣二に応答する。そして暫くパトロールをしていると、漸くマリスを見つける。
「剣二さん、見つけました。」
林檎はすぐさま剣二に連絡を入れる。
「こっちも見つけました。」
「こっちもだ。」
「こっちもです。」
「こっちも。」
「こっちも~。」
そして他のメンバーも次々とマリスを見つけた報告をする。
「ああ、俺も見つけた。みんなすぐにかかれ。」
剣二は皆に戦いの指示を下す。
「さてと、やりますか。」
美姫は気合を入れ、鞄から本を取り出す。そして剣二、輝弓、依斧、夜衣魚、アラモードも本を取り出し、離れたところにいながら皆は一斉に本を開く。
「おとめ座!ダイヤモンド!シンデレラ!」
「しし座!ルビー!桃太郎!」
「みずがめ座!サファイア!浦島太郎!」
「おうし座!シトリン!金太郎!」
「うお座!アクアマリン!人魚姫!」
「ふたご座!オパール!ヘンゼルとグレーテル!」
皆は一斉に叫び、空からそれぞれの星座が現れて声が聞こえる。
「Miracle Force!」
「来て!」
「来い!」
「来な!」
「来るんだ!」
「来ちゃって!」
「カモン!」
皆が空に一斉に叫ぶとそれぞれの星座の最輝星が光を放ち、皆の指輪に届く。そして皆の本から文字が飛び出し、それぞれの体を包む。やがて体が光を放ち、皆は戦士へとその姿を変える。
「シンデレーザー!」
「キルビーレオン!」
「サファイアロード!」
「アックシトリナー!」
「マーメイデスト!」
「ツインスウィーテス!」
皆はそれぞれ名乗り、マリスに立ち向かう。
「毒を以て、毒を制す。」
林檎はそう言うとポケットから金色のフレームで縁取られたアメジストの指輪を取り出し、左手の中指に嵌める。そして林檎は本を開く。
「さそり座!アメジスト!白雪姫!」
林檎は勢いよく叫ぶ。すると空にさそり座が現れる。そして空から声が聞こえる。
「Miracle Force!」
「来なさい!」
林檎が叫ぶとさそり座の最輝星が光を放ち林檎の指輪に届く。そして本から文字が飛び出し、林檎の体を包む。やがて林檎の体は光を放ち、戦士へとその姿を変えるのだった。
その戦士は毒々しい紫色の上半身に真っ白なスカートのドレスを身に纏い、赤い髪飾りをしていた。そして顔にはメイクが施されている。
「ポイズノーム!」
その戦士はポイズノームと名乗る。そしてポイズノームはマリスに立ち向かう。
「はぁ!」
ポイズノームはマリスに飛び掛かり、関節を狙う。
「はぁぁ!」
ポイズノームはマリスに関節技を決める。やがてマリスは痛がってしまう。
「よし、このまま!」
そしてポイズノームはマリスに止めを刺そうとする。しかし、そこに黒い玉が飛んで来てポイズノームを攻撃してしまいポイズノームはマリスを離してしまう。
「誰?」
ポイズノームが玉の飛んで来た方向を向くと、そこにはウィッチ・シスターズの二体がいた。
「マリスを倒させはしないよ。」
「逆にあんたがやられな。」
ウィッチ・シスターズはそう言ってポイズノームに近付き、攻撃する。
「くっ…。」
ポイズノームは先程までの優勢から一転、ウィッチ・シスターズとマリスの猛攻に苦戦してしまう。
「よし、みんな決められるか?」
「こっちは大丈夫。」
「こっちも行けるよ。」
「こっちも行けます。」
「こっちもです。」
「こっちも~。」
ポイズノーム以外の六人はマリスに止めを刺す準備が整っていた。しかし、ポイズノームは未だ劣勢に立っていた。
「すみません!こっちはまだです。例の魔女の幹部が現れちゃって。」
「わかった、こっちはなんとか踏ん張る。」
キルビーレオンはポイズノームからの連絡を受け、なんとかマリスに止めを刺さずに時間を稼ぐ。しかし皆が時間をどれだけ稼げるかわからない状況だった。
「こうなったら…。」
ポイズノームは本を開き、二個のリンゴを召喚する。そしてウィッチ・シスターズの口に放り投げる。
「「ん⁉」」
ウィッチ・シスターズの二人は驚いて思わずリンゴを齧ってしまう。すると二体は体に痺れを覚える。
「これは何…?」
「体が痺れる…。」
痺れてしまう二体にポイズノームは自信満々に答える。
「痺れ毒が入った毒リンゴ。魔女が毒リンゴにやられるなんて、お笑い草じゃない?」
ポイズノームは二体に皮肉を言う。
「「おのれ~。」」
二体は捨て台詞を吐いて去ってしまう。
「よし。」
ポイズノームは勝機を見出し、たからかに手を挙げる。すると再び空にさそり座が現れ、蠍の尻尾のような鞭が現れる。
「スコーピオンウィップ。」
ポイズノームは鞭を振り回して構え、皆に連絡する。
「行けます!」
「よし、みんな行くぞ!」
キルビーレオンはポイズノームからの連絡を受け、攻撃の態勢を整える。そして七人は一斉にマリスに攻撃する。
「レーザーストライク!」
「秘剣・桃の舞!」
「秘弓・水の一射!」
「必殺・アルデバラッシュ!」
「トライデントクロス!」
「必殺・お菓子の家!」
「ポイズンストラングル!」
七人の攻撃で、七体いたマリスは全て消滅してしまう。そしてそれによって、屍のように街を徘徊していた人達は皆元に戻る。
「終わった~。」
そういってポイズノームは林檎の姿に戻る。林檎は安堵のあまり崩れ落ちてしまう。
「わっ、眠っ…。」
林檎は思わず道端で眠りそうになる。その瞬間、美姫が駆けつけて林檎の体を支える。
「林檎ちゃん、大丈夫?」
「美姫さん…。」
林檎は美姫の腕の中で眠ってしまう。
それから数日後、結局林檎は美姫の介抱を受け無事に帰宅することが出来た。そして街の人も元に戻り、今日も林檎は元気に客の戻ったカフェで働く。
「いやぁ、変なのが終わって良かったよ。」
「そうですね、店長。」
カフェの店長も街が元に戻ったことに安心していた。しかしそれが林檎のおかげであることに気付くことはない。
「私、これからも頑張ります。ここが私の居場所なので。」
「そっか、これからも宜しくね。」
林檎は世界のため、そしてこのカフェのために戦うことを心に誓うのだった。そしてまた店のドアが開く。
「あ、いらっしゃいま…。」
林檎は客を出迎えようとするが、そこにいたのはアラモードだった。
「アラモード…。」
「林檎、ここで働いてたんだ。」
「何で…?」
「いや、ここのパフェが美味しいって聞いて。」
「あ…。」
林檎はアラモードに言われて漸く気付く。このカフェがパフェを扱っている時点でいずれアラモードに目を付けられることを。
「何~?また林檎ちゃんのお友達?」
「はい、仲良くさせてもらってます。」
「ちょっと、調子いいなぁ…。」
店長はまた林檎の友人が来たのかと嬉しくなる。そして何の疑いもなく友人と言い張るアラモードに林檎は呆れてしまうのだった。この後アラモードは、店の在庫がなくなるまでパフェを食べるのだった。