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第8話

 依頼の魔鉱石の採取は終わった。

 オレはさっき会った来訪者のことをゼルさんに伝えに行くために急いで領都に戻ることにした。


 しかし来訪者と会ったとき脳裏に浮かんだ情報はいったい何だったのだろう。

 

 【チート】

 ◆限界到達者

 …


 これはおそらくあの来訪者が持っているチートなんだろう。

 何故オレにその情報が頭に浮かんだのか全くわからない。


 オレは鑑定系のスキルを持っていない。

 転生者だからもしかして鑑定スキルの習得ができたかと思い、周りのモノを手あたり次第鑑定してみたがすべて不発。


 そもそも“鑑定”のスキルは来訪者の一部だけが持っているスキルだった。

 むかしの来訪者が仕組みの解析を試みたがよくわからない。

 だが鑑定魔法の複製は成功したようで、一部の領政機関や各種ギルドなどで鑑定の魔導具が使われている。


 ただ、普通の鑑定だったら個人名や年齢、ステータス、スキル、使用武器、所持魔法などの情報が得られる。

 だがオレが見たのは【チート】の内容だけだった。

 これは何を意味するのだろうか。



 いろいろ考えながら定期運行魔導車に拾ってもらい、領都に帰還する。

 ほんと魔導車は便利だ。

 定期運行は午前中一回、午後一回この領都と違う街を往復してくれる。途中下車も途中乗車も可能。

 依頼で遠出をしている時、乗せてもらうことができなければ野営するしかない。

 だから冒険者のみんなはしっかりスケジュールを立て時間に気を遣いながら依頼に臨んでいる。

 歩いたら1日2日の距離を数時間で走ることが可能なので、冒険者はとても重宝している。


 オレはあの来訪者と出会って数時間後には領都に戻ってこれた。

 あとは依頼の報告とゼルさんに話をするだけで今日の用事はすべて終わる。


 …はずだった。




 冒険者ギルドの建物。

 なんか違和感だらけだ。


 まず扉が吹っ飛んでいる。

 そして窓のガラスは全て割れている。

 壁には大きな穴が何か所も開けられている。


 何があったんだよ。

 まるでテロがあったような惨状じゃないか。


 恐る恐る扉がなくなった入り口からのぞき込む。


 そこには惨状が広がっていた。


 いつも受付カウンターの横にある談話スペースで食事をとっている冒険者は血だらけで倒れている。

 一目で足や腕が骨折しているのが分かる。

 まだ生きているようだが全員重傷だ。

 ベテラン風の強面の冒険者は右腕がつぶされ、体のあちこちから血を流している。

 高価そうな装備を全身に纏っている青年はいたるところに火傷をしているのか全身が煤汚れている。

 他にも冒険者はいるが、いずれも血を流しながら気を失っている。

 登録受付してくれたファラさんは見当たらない。


「なんだよ。これは…」


 立っているのはオレを除いて二人だけ。

 ひとりはオレが探していたゼルさん。剣を構え戦闘態勢をとっている。

 そしてもう一人は鉱山の近くであった来訪者だ。

 (なんで魔導車を使ったオレよりも早く領都に来ることができたんだ…。あの化け物じみたスペックで走ってきたのか?)


「おとなしく俺と殺し合いに同意してくれればこんなことにはならなかったのにな。愚かで弱い連中ばかりだ」


 来訪者はゼルさんを睨みながら煽っている。

 冒険者連中がこうも簡単に打ちのめされるんだ。やはりとてつもない力だ。

 おそらく挑発した来訪者に冒険者たちが怒ってケンカになったんだろうな。


「や…やめるんだ…。俺とやりあって何の意味があるんだ。これ以上暴れると衛士隊が駆けつけるぞ」

「俺はただ強いヤツと戦いたい。まずは剣豪と呼ばれる貴様をぶちのめすだけだ。衛士が来るって?それは大歓迎だ。きっと強いんだろうなあ。楽しませてくれそうだ」


 来訪者は怯むことはない。むしろ楽しんでいる。

 こいつ…。今の自分に酔っていやがる。


「この狭い室内では力が存分に出せない。訓練場で相手をしてやる」

「ほう、覚悟を決めたか。いいぜ。そこで貴様をぶちのめしてやろう」


 二人は奥の訓練場に向かって歩いていった。

 この勝負、止めないと!ゼルさんでは絶対勝てない。殺されるだけだ。

 オレは二人を追おうとした。


「あの男の名は『オーギ』。ミッツアロー領の特級冒険者だ。もっとも貴族に盾突き追放処分をくらっているがな」


 そう話しかけてきたのはギルドマスターのおじいさん。

 傷だらけで骨折しているところもありそう。片足を引きずりながら立とうとしている。

 肩を貸してギルドマスターとともに二人の跡を追う。


「半年ほど前に現れた来訪者だ。規格外の力を振るい数々の脅威を退けてきたことで特級冒険者として持て囃されたが、徐々に化けの皮が嗅がれてきてな。日を追うごとに自分勝手になり、ついてきた人も離れ、信用も失い、誰もが化け物を見るようになってしまった。ミッツアローから追放され、どこかに旅だったと聞いていたが、まさかウェステンバレスに来てしまうとはな…」


「やっぱり来訪者って危険な人たちなんですか?自分勝手な人ばかりだと聞いたことがあるのですが」

「人それぞれだ。オーギのように人を超える強い力を持ってしまったために全ての人間を下に見るようになるヤツは確かに多い。だが人畜無害なヤツ、文明を築き良い暮らしの手伝いをしてくれる来訪者もいる。圧倒的少ないがな」


 オーギという男はダメなパターンだそうだ。

 自分の欲求を優先し、最強を求め各地の強敵を潰し、今この領での最強と勝負をしようとしている。

 オレがさっき脳裏に浮かんだ【チート】という情報を信用するなら、アイツは限界到達者。

 全てのステータスが人間がたどり着ける最高峰に立っている。


 つまり人間でオーギに敵うものなんて存在しないということだ。


 考えすぎかもしれないが、放置しておけば魔王や邪神みたいな“人類の敵”として君臨する可能性もある。

 もう個人では叶わないのなら、集団で討伐するしかない。


「そう言えばギルド職員の方たちは大丈夫なんですか。受付の人たちの姿は見えませんでしたが」

「うむ。オーギが暴れ始めたときに衛士隊と医者を呼びに行かせた。だから大丈夫だと思うぞ」


 どうやらファラさんは無事のようだ。

 一つ心配事がなくなった。


 オレとギルドマスターは訓練場に辿り着いた。

 もうすでにゼルさんはボロボロになっている。

 オーギは剣を持つことなく素手で棒立ちだ。


「とても残念だ。領内最強の剣豪と聞いて期待していたんだがな。剣を使うまでもない。素手のまま手加減をしても簡単に勝ててしまうじゃないか」


「くっ!言わせておけば!」


 ゼルさんが踏み込み連撃を繰り出す。

 これは訓練の時に見たことがある。ゼルさんの得意技だ。

 一呼吸で力のある一撃を5連続で打ち出す。

 オレでは一つも躱すことができなかったこの連撃だが、オーギはすべて紙一重で難なく躱し、一気にゼルさんの懐に潜りこみ鳩尾に掌底を打ち込む。


「ぐぼっ!!な…なぜだ…なぜ一撃も与えられん…」」

「弱すぎるんだよ。そんな遅い攻撃では当てることすらできないぜ。いいことを教えてやろう。貴様のレベルは36、攻撃力は338、敏捷度は221だ。俺が出会った人間の中では最強クラスだ。だが俺のステータスは貴様の3倍。子どもと大人との差ぐらいはある。貴様では俺の足元にも及ばないということだ」

「な…なんてことだ…こんな危険なヤツがいるなんて…」

「おいおい、ひどいことを言うなよ。俺はただ最強を目指しているだけの一般人だぜ…っと!」


 今度は顔面をめがけて拳を振り卸す。

 まともパンチを喰らったゼルさんはオレとギルドマスターがいるところまで吹っ飛ばされる。


「ギ…ギルド最強のゼルが手も足も出ないなんて…」


 ギルドマスターは顔面蒼白で震えている。

 もちろんオレも。

 だってゼルさんですら敵わないんだ。オレたちではどうすることもできない。


 ふとオーギはオレを見つめてくる。


「あれえ?そこのガキンチョはさっき出会ったヤツじゃん。たしか貴様はゼルのことなんか知らんと言っていなかったか?ああん?ウソをついていたのかなぁ~。ウソをついていたのならお仕置きしないとね~」


 ヤバい。今度はオレが狙われている。


「…い…いや…その……」


 ダメだ。怖くて声が出せない。

 オーギはゆっくりとオレに近づいてきた。

 そして襟元を掴もうと手を伸ばしてきた。


 こんなピンチの時だというのに、オレの頭には『【チート】◆限界到達者~』の情報が浮かんできた。

 くそう…ここまでかよ。

 全部この『【チート】◆限界到達者~』が全部悪いんだ。

 チートがあるから来訪者は増長する。

 チートに頼ってしまうから来訪者は道を間違える。

 チートのせいで来訪者は人を思いやる気持ちを失う。

 そしてチートを持った一部の来訪者のせいで周りが不幸になってしまう。

 こんなの許されるわけがない。


 ゼルさんは生まれつき魔力を持っていなかった。

 子どもの頃から不良品扱いをされてきたんだ。

 でもゼルさんは諦めず鍛錬を繰り返し、長い年月をかけて実績と信頼を積み重ねてきたんだ。

 そこには血がにじむような努力もあった、辛い現実にも立ち向かうこともあった。

 何度も何度も、くじけることなく立ち上がり、剣術一筋で上級冒険者になったんだ。

 それをたまたま手に入れたチートなんかで凌辱されてたまるか!

 みんなチートが悪いんだ!

 そう…




  <<<チートなんかなくなってしまえばいいんだ!!!>>>




 オーギはオレの襟首をつかんで持ち上げようとする。

 だが、オレを持ちあげることはなかった。

 いや持ち上げられなかった。


「な…なんだ?これは…。力が入らない。どうなっているんだ…」


 オーギはオレから離れ自分の手を見つめている。


「レベルが1になってる…。えっ?攻撃力が50、魔力が50、敏捷度50だと…。なんだこれ…初期スペックじゃないか…。貴様あ!俺に何かしやがったのか!それともそこのジジイが何かしたのか!」


 オーギは怒鳴りつけるが、オレらも何がどうなっているのかわからない。

 殴りかかってきたがオレたちに大きなダメージはない。

 オーギの言葉を信じるなら今のヤツの実力はレベル1。

 一般人以下の能力しか持っていないことになる。

 ヤツはどこからともなくゴテゴテの飾りがついた宝剣を出したが、重いのか自由に扱うことができないようだ。

 振り回しても遠心力で体ごと持っていかれてる。

 剣の振り方が明らかに初心者レベルにまで落ちている。


「いや私たちは何もしていない。傍若無人に振舞う君を見て、見限った神が力を取り上げたんじゃないのかね」


 ギルドマスターはそう答える。

 オレが思い当たることと言えば、【チート】が見えている時に“チートがなくなればいい”と思っただけだ。

 もしかして…もしかしたらこれが原因なのか?


「まさか…。そんなことが…あっていいはずがない…。俺は最強になるんだぞ。異世界無双するんだぞ…。レベル1なんて子どもレベルじゃないか…。力を!力を返してくれ!もう一度俺を『限界到達者』にしてくれよおおお!」


 オーギはもう戦意を失っている。膝をつき天に向かって力を返せとつぶやいている。

 チート持ち来訪者が急に力を失う…。

 いつからこの世界にいるのかわからないが、今まで力に頼ってきただけにショックは大きいだろう。

 だが同情する気は起きない。

 大きすぎる力を自分の欲求のために無意味に行使してきたんだ。

 彼は報いを受けなければならないのだ。


「アリス君、彼を捕縛してきてくれ」

「は…はい。了解しました」


 彼に近づいて訓練所内においてあった拘束具で身動きとれなくした。

 その時、もう一度チート情報が見れないかどうか頭の中で念じてみた。



  【チート】

 ◆・・・・・

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  ・・・・・・


 ◆鑑定

  対象の詳細を閲覧することができる


 ◆アイテムボックス

  アイテムを収納することができる



 『限界到達者』の文字が会った箇所が空白になっている。

 やっぱりオレが消したのかな。

 もしかしたら他の『鑑定』や『アイテムボックス』も消せるのかな?

 『鑑定』が消えないか念じてみたら、いとも簡単に消えてしまった。

 続いて『アイテムボックス』も消えないかな~と思って一瞬念じようとしたが思いとどまった。

 少なくとも彼のアイテムボックスの中の物は彼の物だ。

 いくら悪いことをした人間だといっても一般人であるオレがどうこうする権利はないだろう。

 あれっ?薄いグレーで表示されるようになったぞ。

 内容も少し変化している。



  【チート】

 ◆・・・・・


 ◆・・


 ◆アイテムボックス

  アイテムを収納することができる(容量限界あり/時間経過停止機能なし)



 性能が落ちた状態になってしまった。

 これ明らかにオレのせいだよね。

 オレがチートを消し去ってしまった。あるいはチート能力に制限を設けてしまったということか。

 なんでオレ、そんな力を持っているのだろう?




 ギルド内で暴力行為を行ったオーギは逮捕された。

 ファラさんらギルド職員たちも全員無事で、衛士や医者を連れてきて、治療や後片付けをしてくれた。

 ケガをした冒険者たちは医療ギルドの治療用魔法でなんとか無事のようだ。

 一番重傷だったのはゼルさん。彼は魔力がないので治療用魔法の効果は半減してしまうらしい。

 1ヶ月くらいは入院するハメになった。


 なぜオーギは急に力を失ったのかは不明のままで、ギルドマスターの「神が見限った」という説が支持されている。

 彼は根っからの“悪”ではなく、純粋に強いヤツと戦いたかっただけのゲーマー。

 ケガはさせたが、誰も殺してはいない。

 数か月の拘留と多額の賠償金とギルドの補修費用の弁済だけで済むらしい。

 だがこれはウェステンバレス領都があるバイャリーズ領内での話だ。

 ミッツアローでは追放処分を受けているので戻ることはできない。

 彼はこの領で一からスタートしなおさなければいけないのだ。

 レベル1からだから大変だろうが頑張ってもらうしかないな。

 『限界到達者』も『鑑定』もないが、かろうじて『アイテムボックス』は生きている。

 今度は道を外さないでいてくれるといいな。



 それでチートを封じたオレの能力のことだ。

 一つ仮説がある。

 この世界に転生する時、女神さんにチートスキルは何にすると聞かれ『チートなし』と答えた。

 そうオレはチートスキル『チートなし』を選んだのだ。

 オレはチート能力を持つことなく転生したいという意味で「チートなし」って答えたのだが、実は勘違いで来訪者のチートスキルを『なし』にする能力を持つことになったのではないかと考えている。


 ただ消すだけじゃない。力を弱めることもできるようだ。

 検証してみたい気持ちもあるが、この能力は周りにチート持ちがいないと何もできない。

 仮令たとえチート持ちがいても今回のように明らかに悪いことをしているヤツでなければ試せないと思う。

 世界に大きく貢献するようなスキルをうっかり消し去ってしまったら目も当てられないからね。

 だから今はこんな能力を持っていても何も役に立てないということだ。


 役立つ場面が超限定的な能力だ。こんなの無いと言ってもいい。

 だからオレは「チートなし」のままなんだ。

 転生・転移特典の言語理解も鑑定もアイテムボックスも持っていないからね。


 オレはこの世界の普通の人間として生活していく。

 普通の魔導具技師として、平穏無事であればそれでいい。





 そうしてオレはウェステンバレスで魔導具技師として暮らし、5年の月日が流れた。

※誤字報告ありがとうございました。

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