第41話
休みが明けてまた学院が始まる。
本日も冒険学科の授業を見学して、そのあとは自分の担当の魔導工学科の授業をする。
うん、今日も絶好の授業日和だ。
「あれ?アリス先生?仲がよろしいんですね。もう生徒に手を出されたんですか?」
「おい!先生!ずりぃぞ!俺が先に仲良くなろうと思ったのに!」
「ひそひそ(ロリコン?)…。ひそひそ(幼女趣味?)…」
「俺の…俺たちのユーファちゃんが汚されて…」
「アリス先生…さすがです。尊敬を込めて“ロリス先生”と呼んでいいですか!」
なにやら外野からオレを非難する声が聞こえる。
いや、別にオレ、何も悪いことなんかしていないからね。
…というのも、原因はオレの左手にある。
今、学院の中でも注目の的になっている天才児、見た目もかわいらしく守ってげたいオーラに満ち溢れている美幼女、現在ファンが急増中の天使“ユーファ”。
そんな彼女が男と手をつないで…、いや手にしがみついて登校する姿を見て口々に騒ぎ立てているのだ。
しかも手をつないでいる相手は最近来たばかりの臨時講師だ。
良からぬことを考えている人も一人や二人…いや十人や二十人いてもおかしくない。
…いや、おかしいよ!オレたち兄妹だよ!?
「お兄ちゃん?兄妹は手をつないで登校するものだよ」
ユーファがそんなことを言ったのがきっかけだ。
アイナも「そういえばあたしも出かけるときはいつもお兄ぃと手をつないでいたわね」と賛同するもんだから、一瞬で決定事項になってしまった。
ユーファは実の妹対決で負けてはならないと、ムキになって手を絡めてきた。
「初々しいわね。あたしが10歳の時は…たしか腕を組んでいたわね。こんな風に!」
「ああ~!アイナの姉ちゃんずるい!私も負けないもん」
アイナ、胸を押し付けるな。
ユーファ、しがみつくな。
みたいなことがあって今に至る。
ユーファの話を聞くかぎり、ここではオレしか頼る人がいないんだから、多少のわがままは大歓迎だ。
ただ人目が付かない所でお願いします。
「アリス先生!今日の練習相手してもらっていいですか!今日はなんだかアリス先生をボコボコにできそうな気がするんです」
「ジンガっ!それ私怨入っていないか?」
「ジンガ君、ダメです。お兄ちゃんは私と組むんです」
「お兄ちゃん!?」
「ア…、アリス先生っ!ユーファちゃんに何言わせてるんですか!」
「違う!違うんだジンガ!」
なんで人の言うことを素直に受け止めることができないのかな。
ユーファが一所懸命、兄だと証言してくれた。
「いやあ僕は信じていましたよ。アリスお兄様!」
「誰だよ君は!気持ち悪いよ!ジンガにお兄様って呼ばれたくねえよっ!」
冒険学科でいろいろ言われたが、魔導工学科でもいろいろ言われてしまった。
魔導工学科のみんなは、冒険学科のやつらと比べて感情表現が乏しい感じ。
なのに思いっきり感情をぶつけられながら問い詰められた。
中には涙を流している者もいる。
君たちユーファのファンすぎるだろ。
仕方ないのでオレとユーファの関係を説明。
と言うことはオレもユーファと同じ、有名魔導具技師の子どもでもあるということ。
ゲンセンの息子、天使ユーファの兄ということで、羨望のまなざしを一身に受けることになった。
おかげで本日の魔導工学科は授業にならなかったよ。
休日の朝。
朝食はマフィンとスクランブルエッグ、ベーコン。
好みに合わせてマフィンをパンケーキに変えてメープルシロップ風のシロップをかけてもいい。
いつも通りみんなで朝食を食べているとき、ユーファが声をかけてきた。
「ねえ。お兄ちゃん。お兄ちゃんが先生やるのって、あと1週間で終わりなの?」
「そうなるなあ。恩師の先生もぎっくり腰が治ってリハビリも終わっていつでも現場復帰できるけど、なぜか旅行に行ってしまった。戻ってくるのが週末だって。だからオレの任期も週末で終わりだな」
日が経つのは早いもので、オレの講師のアルバイト期間もあと少し。
魔導工学科の授業も滞りなく(?)進んでいる。
あとは生徒みんなに簡単な魔導具の製作実習をするだけだもんな。
生徒たちとも気軽に話し相手になれるようになったし、とってもいい雰囲気だ。
在学時代よりもいい学院生活をしていると思う。
「私、寂しい。お兄ちゃんがいなくなるのイヤ!ずっと先生やってよ!」
「別に引っ越しするわけでもないんだぞ。オレはここにいるんだからいつでも会いにくればいいじゃないか。ここはもうユーファの家でもあるんだから」
「私、ここに住みたい。ここから学院に通う。完全寮制じゃないから大丈夫だよね」
先日、学院があるときは寮に住んで、休みの週末だけはこっちに来るって話をしたとこなんだけど…。
「あたしは大賛成よ!ユーファちゃんはもう私たちの妹でもあるんだからね!」
「勝手に妹にするなよっ!」
「私、妹になる!だからここに住んでいい?お願いだからあ」
「お兄ぃ。決まりよ」
『むっち、ゆーちゃんいてくれるとうれしい』
「わたしもわたしも!」
「勝手に決めんなよ…ったく。さしあたり学院と両親の了解が得られたら、ということで」
「わかった!今から家に手紙書くよ」
カララララン…
あ、面倒くさいのが来た音が聞こえた。
「おはよう、アリス。今日はにぎやかだね」
「はよっす!アリス!いつもの頼むわ!」
「おはよう、ラック、ゼル。今日のモーニングはマフィンプレートだが、それでいいかい?」
なんだかこの二人、新しい人がウチに来たら即座に現れるな。
やはり偉い人ともなるとこの辺の嗅覚が鋭くないといけないのかね。
「アリス。君はまた女の子を誑かしたのかい?」
「本当だ!しかも新しいかわいい幼女っ!」
「ああ、ユーファ、紹介するよ。こっちのいけ好かないほうがラック。暑苦しいほうがゼルだ。ユーファも自己紹介して」
「はい。私、アリスタッドの妹、ユーファ・スパーダと言います。10歳。学院第三学生、魔導工学科と冒険学科を専攻しています。今後ともよろしくお願いします」
「ほう。まだ幼いのにきちんと自己紹介できるなんてすばらしいね。じゃあ俺もきちんと挨拶させてもらおう。俺はヒューラック・オーリッヂ・バイャリーズ。アリスの友人で、バイャリーズ領の領主もしている」
「じゃあ俺も。ゼル・コーバーだ。同じくアリスの友人で、冒険者ギルドのマスターをしている」
「・・・・」
あ、フリーズした。
「アリス、固まってしまったぞ」
「仕方ない。この領で一番偉い人と、ギルドで一番偉い人が急に現れたんだ。ビックリもするさ」
朝食を配膳しながら今までの簡単な流れを説明する。
なんだよ、君たち。そのまたかよって顔は!
「またかよ、アリス。4人目は実の妹か」
「今度は普通の人で安心したよ。アリスの妹ならコーロ出身だから領民登録はすでにしてあるしな。どうせここに住むことになるんだろ?転居手続きやっておこうか。学院長には俺から話し通しておくし」
「さすが領主様だよう。話が早すぎる!」
なんだろう。
筋を通そうと思っている自分がバカみたいだ。
ラックは権力は使うためにあるって豪語しているし、ゼルはノリで生きているし…。
ま、ユーファもみんなも笑顔になるのならそれでいいかもな。
ちなみに、ユーファの転居は週末に行うことに決まった
ラックが話を通してくれたからだ。
あと意外なことにムツミの学院編入が許可された。ユーファと同じ第三学年から。
ラックの強権が発動しまくりだな。
とはいえ、転居も編入もオレが任期が終わってからの話だ。
これでユーファも寂しくないだろう。
ムツミも喜んでくれている。
ミカゲとアイナは不満そうだが。
さて、学院もオレが講師として赴任する最後の週だ。
いっちょ気合を入れて頑張ってみますか!
いつものように冒険学科の見学。
でも授業内容はいつもと違っていた。
普段は基礎訓練がメインだったが、本日の授業は座学。
これなら見学していてもおもしろくない。
そう思って踵を返そうと思ったのだが、リョーゲン先生の聞き捨てならない言葉か聞こえてきた。
「冒険者として強くなるには、強い冒険者と一緒に行動し、経験値を分けてもらうのが一番早い。いつものように基礎訓練もいいが、まずレベルを上げてステータスを上げる。基礎はその次だ。強い冒険者が強い魔物を倒すときに一緒にいること心がけろ。強い冒険者と仲良くなることができれば、媚びを売ってでもトドメをゆずってもらえ。そうすれば大量の経験値を得ることができて、すぐにレベルアップすることが可能だ」
「ちょっ…ちょっと待ってくれ、リョーゲン先生。それは奨めてはいけない寄生行為じゃないか!冒険者としてもマナー違反と言われる行為だぞ!」
「アリス先生?そんなことはわかりきっていますよ。ですがね。子どもたちのこれからを考えるとすぐに強くなることが最優先だと思いませんか?確実に強くなれる方法があるのに、それをマナー違反としてチャンスを奪うほうが間違っている思いますがね」
「その考え方が間違っている!基礎も身についていないのに、心構えもできていないのに、経験もしていないのにレベルやステータスだけが上がったらろくなことにならないぞ。最悪、自分の力を過信して難易度の高い依頼で命を落とすことだってあるんだ!」
「レベル1で基礎を身に着けるより、レベル5で基礎を身に着けるほうが早い。レベル1で依頼をこなすよりレベル5で依頼を受けたほうが成功率が高い。当たり前のことじゃないか」
「違うんだよ。レベル1で基礎を学び、失敗を繰り返してこそ身についていくものなんだ。レベル5で失敗せずに何でも簡単にこなしていくだけでは、何の教訓も何の成長もない!」
リョーゲン先生は何を言っているんだ?
冒険者にとって大切なのはレベルやステータスと言った数字なんかじゃない。
積み重ねてきた経験なんだ。
そこに近道や王道なんかない。
「アリス先生は知らないかもしれませんがね。俺の世界には普通にあったことなんだ。新規参入組は古参には追い付けない。だから救済措置として経験値アップ特典や必要経験値緩和特典などはあたりまえなんだよ。それと同じことを奨めているだけだ」
「そんなゲームと一緒にしないでくれ。救済措置のせいでプレイヤースキルが低いまま高レベルになって古参に紛れたとしても、古参とっては足手まといのままだ。高レベルでも寄生を続けるしかなくなってしまう!」
「ほう、アリス先生は俺の世界のことに詳しいようだ。だがね。俺ら講師は高レベルになった後のことまで面倒を見る必要はないんだ。俺らの仕事は、普通の冒険者になれるよう指導していくことなんだよ。冒険者になった後のことまでは責任とれないんだよ」
そういえばリョーゲン先生は“経験値30倍”のチート持ち。
もしかして寄生とチートだけでレベルカンストしたんじゃないだろうか。
プレイヤースキル…スキルやレベルに左右されない自分自身の本来の能力はあまり成長していないのでは?
だから特級冒険者であったにもかかわらず、冒険者を引退し定職に就いた。
筋が通っている気がする。
よし、ここは勝負を仕掛けてみよう。
「では、証明してみませんか?オレとリョーゲン先生で」
「ん?どういうことだ?」
「実はお誂え向きの迷宮があるんですよ。一対一で個人の能力だけで勝負できる迷宮が」
「ほう。それはおもしろそうな話だ。詳しく教えてくれ」
オレは今シームが手掛けている11番目の迷宮のことを説明する。
・ソロでの挑戦
・同じマップで同時スタートし、早くクリアしたものが勝利
・レベルは挑戦者全員一律
・武器・装備・道具等の持ち込みは禁止
「いいじゃないか、アリス先生。カンストしてしまった俺でも楽しめそうな迷宮だ」
「そうですね。それでこれを今週の最終日に課外学習としませんか?冒険学科の人たちも一緒に迷宮の近くまで行って、中継でオレたちの迷宮攻略を見学してもらう。そして最後に生徒たちに基礎が大事なのか、レベルが大事なのかを決めてもらうという流れ」
「それは構わないが、実現できるのか?中継とか見学とか」
「その辺は大丈夫です。迷宮側と冒険者ギルド側には話を通しておくんで」
まヒロカズ君に言っておけば大丈夫かな。
しばらく時間もあるから、急ピッチで舞台を整えてもらおう。
あとゼルにも話を通しておかないとな。
危険はないと思うが一応冒険学科の授業だからな。保険として。
ついでにゼルとヒロカズ君との顔合わせにもなるし。
「でもいいのか?アリス先生。これでも俺は元特級冒険者で難易度の高い依頼も場数を踏んでいる。中級冒険者のアリス先生では分が悪い」
「オレが生徒たちに言いたいのはそこなんですよね。経験してきた数じゃない、経験してきた重さを大切にしてほしいと思っているんだ。それを証明したい」
「何が言いたいのかよくわからんが、まあいい。勝負楽しみにしているよ」
「お兄ちゃんのバカ。なんで冒険学科の授業でケンカ吹っ掛けるの?意味わからない」
「お兄ぃがケンカ?ユーファちゃん、大丈夫よ。どうせ邪悪な手を使ってなんとかするから」
「アリスくん、ダメだよう。心配かけちゃ」
「何言っているんだ。今回のはケンカでも、いつもの茶番でもない。授業の一環だ。しかもチート持ちが相手なのに、わざわざチートが使えない状況で勝負してくれるからね。危険はないよ」
「大丈夫なの?お兄ちゃん。リョーゲン先生は元特級冒険者だよ?」
「大丈夫だよ。リョーゲン先生は固有スキルは“経験値30倍”だからね」
「えええーっ!すごいチートだよう!」
「経験値30倍って…魔物1匹倒すと30匹倒した分の経験値が入るってことでしょ?普通の人の30倍よ。そんな経験積んできた人にお兄ぃ、勝てるの?」
「そりゃ勝てるさ。だってカンストしているんだよ。それにアイナが言った通り普通の人の30倍もの経験値が入ってしまうんだよ。そんな人間が同じ土俵で勝負してくれるんだ。負ける理由がない」
「ときどきお兄ちゃんの言っている意味わかんなくなる。誰か説明して…」
ユーファよ。
これも授業の一環だ。
冒険者にとって大切なこと、オレが教えてやる。