第4話
15歳。
学院卒業したよ。
異世界モノではよくあるじゃない。
前世の記憶のおかげで好成績をとって学院1位になるやつ。
全然そんなことできなかったよ。
魔法学って何だよ。
戦術学って怖いな。
歴史学って知らないことばかりだよ。
社会学って前世とはまるっきり違うじゃないか。
ほとんどが最初からの勉強のやり直しだ。
まあ魔法学、魔法工学は興味があったのでそこそこの成績だった。
結果、オレは平凡な成績で卒業。
兄のキーノは成績上位だったらしいがオレはそこまで行けなかったよ。
無念なり。
えっ?失われた青春を取り戻すんじゃなかったのかって?
そんなモノはなかったよ。
魔法工学に打ち込みすぎて変人扱いされていたらしい。
女の子とお近づきになる前に避けられるようになっていた。
別に不潔にしているわけじゃないし、太ってるわけじゃないぞ。
もしかしたら風呂と寝るとき以外ずっと額にかけている魔導ゴーグルが変なのか?
これは幼少の頃からかけているんだ。
頭にこれがないと落ち着かないんだ。
許してくれ。
オレは実家のあるコーロ村には帰らない。
この領都ウェステンバレスに住み、魔導具技師として生活していく。
住居だがこれはオレが学院生の時から探していた。
ローエン氏にも相談して比較的広くて安い住居を購入することができた。
お金の心配はいらない。
毎月振り込まれる特許料があるからだ。
『純魔石精製装置』や『魔導線』は今や魔導具製作において欠かせないモノになり、特許使用料がどんどん入ってくる。
もう一生働かなくてもいいくらいだ。
とはいえ、元サラリーマン。
何か仕事をしていないと落ち着かない…というより「無職」という肩書がつくことに恐怖を覚えるのだ。
新居の問題点はかなり多くある。
まず領都の郊外にあり交通の便はよくない。
最寄りの領内巡回魔導車の駅に行くにも歩いて10分かかる。
そして外観。
正直ボロい。築40年はあるだろう。
放置されている期間が長かったのか埃が積もっている。
このままでは不良物件だが、実はいいところも多い。
郊外だけあって敷地はかなり広い。
雑草だらけだが庭も大きい。
部屋数は1階部分がロビー、リビング、キッチン、バス、トイレ、工房、書客室×2。
2階部分は大部屋が一つ、普通の部屋が4つ。
ひとり暮らしにしては部屋数が多すぎるくらいあるのだが、これにはワケがある。
魔導具技師が必ず直面する最大の課題。
それは“完成一歩手前の試作品たち”だ。
作ったのはいいが表に出ることはなく死蔵してしまっている場合が多い。
分解して再利用してもいいのだが中途半端に使えるので処分もしづらい。
オレでいえば実家に死蔵してある楽器類がそうだね。
そんな在庫を保管しておく場所が欲しいのだ。
本当はデカい倉庫がいいんだけどね。
あとは隣近所との距離があるのもウレシイ。
魔導具製作の際、大きな音がする場合もあるからね。
まずオレがやらないといけないのは寝る場所の確保と掃除、内装工事。
それが終われば魔導具製作のための道具や工具、資材の調達だ。
やることは山ほどある。これから頑張っていかないと!
魔石の調達には3つの方法がある。
1つめは店で買う。2つめは自分で魔物を狩って採取。そして3つめは冒険者ギルドに依頼して集めてもらう方法。
冒険者ギルド。
もう異世界モノにおいて定番ともいえるこの組織。
実は100年近く前の勇者がこのシステムを作ったそうだ。
むかしは魔物対策は衛士や自警団が行っていた。
だが魔物だけではなく護衛や迷宮探索、未開地の開拓なども行う組織が必要だと勇者は言った。
「名称は冒険者ギルドに決定ね。変更はダメだよ!」だって。
どうやら勇者様は異世界転生モノにハマっておられたようだ。
この国は律儀に勇者の戯言を今も守っている。
冒険者ギルドは狩猟や採取活動をメインとした組織である。
人々を襲うような魔獣の駆除、魔獣発生の抑制といった討伐依頼、食用魔獣の狩猟依頼、護衛依頼、鉱石などの素材採取依頼といった様々な依頼を請けて報酬を貰う。
ランク分けは基本的に4つ。
<見習い⇒初級⇒中級⇒上級>だ。
だがこの4つ以外に幻のランクが2つある
上級の枠には収まりきらないほどの実績と功績を残したものだけがなれる“超級”。
そして実績はないが実力が突出しすぎて見習いや初級からはじめるわけにはいかない“特級”がある。
もっとも、特級はチート持ちの来訪者のためにあるようなランクだが。
朝、オレは早速冒険者ギルドを訪れた。
うん。イメージ通りの内装だな。これも勇者が一枚かんでいるのかな。
ちゃんと依頼が張り出された掲示板と受付・査定・支払・相談カウンターがある。
そしてなぜか立派な飲食店が併設されている。
この飲食店のほうがメインなんじゃないのかね。
たぶん飲食店を経営する傍ら冒険者ギルドも運営しているって感じ。
食事をしにきた客と提供する給仕、一目で冒険者だとわかる猛者、一般人らしい依頼者がこのフロアに多数いる。
最初は依頼して魔石を集めようかと思ったが、異世界転生者の魂が疼いたのか自分も何かやってみようという気がしてきた。
簡単な依頼でも受けてみようかな。
「すみません。登録お願いしたいんですが」
するとギルドの制服を着た若いスタッフが受付にやってきた。
見た感じ同い年か若干年上かな。
「登録ですね。わかりました。私は受付を担当いたします『ファラウェル』と申します。よろしくお願いします。手続きを行いますので、こちらにおかけくださいね」
まだ若手か新人だと思うが動作はテキパキとしている。
肩まである栗色のストレートの髪の毛、身長155cm位の小柄ですらっとした体形にピシッと整った事務員風の制服、タイトなミニスカート。
人なつっこい笑顔での対応。正直言ってかわいいと思う。ギルドの受付スタッフは顔採用だろう。
「まずは領民証か他ギルド証などがあれば提示してください。なければ登録シートに必要事項を書いてくださいね~。ギルド証を発行します。えっと、その後に魔力診断しますんで」
領民証は、領民なら誰もが持っている。
1枚の金属製のカード型魔導具だ。
これには様々な個人情報が記録されている。
対応した魔導具を通すことで氏名・年齢・住所・職業・賞罰・家族構成などが表示される。
また各ギルド証の機能も持たせることができる。
おまけにキャッシュカード機能まで付いている。
簡単に言うとマイナンバーカードに身分証明書、社員証明書、運転免許証、資格証、各種賞状、卒業証書、履歴書、キャッシュカード、ポイントカードが1枚のカードに収められているって感じ。
もちろん個人情報の塊だからセキュリティーも万全だ。
第三者がお金を引き出したり悪用することはできない。
すごい魔導工学技術だと思う。どうやっているんだろう。
ブラックボックスになっているらしく、解析や分解、改竄なんかしてしまうと重罪になっちゃうので何もしないよ。
領民証をもっていない人、つまりは旅人や来訪者などは各種ギルドに所属することで新たなカードが発行され身分が認められることになる。
「領民証あるのでこれでお願いします」
「はい、お預かりします。え~っとアリスタッド・スパーダさんですね。年齢は15歳…同い年ですね。…あら?工業ギルドにも商業ギルドにも登録されているんですね。でしたら冒険者登録をするだけで大丈夫ですよ!」
工業ギルドや商業ギルドの登録は特許取得の際に登録した。
特許料を受け取るのに必要だったからね。
受付さんはカード読取装置で領民証のカードを読み込ませながら対応してくれる。
この気安い応対がなぜか心地いい。
まだ新人だろう。同い年だし。
この先人気が出そうだ。
名前は…たしかファラウェルさんだったか。覚えておこう。
「お待たせしました。領民証に冒険者ギルドの機能を追加しておきました。あとギルドの説明とかいりますか?」
「いえ。だいたい事前に調べていたので大丈夫です。またわからないことがあればその時にお聞きさせてください」
「は~い。ではこれで登録手続きは完了ですね!」
ふう。これで見習い冒険者だ。簡単になれるんだね。
かつての転職活動の面接みたいに大変なものかと思っていたよ。
あの時は自分をいかによく見せようかと頑張ったもんだ。
それと比べれば領民証をみせるだけで登録できるなんてありがたい。
さすが誰でも希望すればなれるといわれる冒険者だ。
実際、領民の多くは本業をしながら副業で冒険者稼業にも携わっている人が多い。
領外で素材や鉱石をを発見した場合、高く買い取ってくれるからだ。
おそらく隣の飲食店でフライパンを振っているおっちゃんも冒険者登録していると思う。
魔物肉もメニューにあるからね。
とりあえず当面の目標はお試しで簡単な依頼をこなすこと。そして素材さがし。
まずはいろんな魔導具を作るために魔石を大量に確保したいところだけど、採取するためには魔物を狩らないといけない。
だけど、オレって実戦経験がまったくないんだよね。
討伐系の依頼はやめておこう。
「受付さん!見習いにおススメの依頼とかありますか?」
「見習い用の依頼に慣れるための依頼ならあろいろありますよ。魔鉱石採取、食用野草採取、野犬の駆除とかね」
素材さがしに最適なのは鉱石採取の常時依頼か。
・ダダ鉱山での魔鉱石採取/バイャリーズ領が管理運営している鉱山の近くで魔力を持った鉱石が採取できる
・ダダ鉱山の近くで化石の採掘実績あり/魔法触媒として価値がある
・ヤーティ川(ダダ鉱山近くを流れる川)の近くで食用野草(珍味かつ滋養強壮に効果あり)の採取
この依頼がちょうどいい。魔石を得るための討伐依頼はまだ自信がない。
魔鉱石採取がメイン。
魔鉱石は採取できたら基本的に自分のモノにする。
余った分だけギルドに卸す。
化石や食用野草はついでって感じか。
常時依頼だから期間もペナルティもないので気軽に挑戦できる。
まさに見習いや初心者に優しいクエストだな。
「では魔鉱石採取に挑戦してみようと思います」
「わかりました。常時依頼だから受注の手続きは必要ありません。依頼品をお持ちいただけたら依頼達成。買取もいたしますよ」
「それではギルドに寄らず手が空いている時に採ってきて気が向いた時にギルドで手続きをすればいいんですね!」
「そのとおりです。あと同い年だから気軽に話してもらってもいいですよ、アリスタッドさん。私もそのほうが慣れてますので」
初対面の方と話すときは基本的に丁寧語で話すんだけど、相手の了承が得られたのならいいか。
それに15歳。学校にいるときのようにクラスメイトに話しかけるような感覚でいいからこちらも助かるってものだ。
「うん!わかったよ!受付さん!」
「ファラって呼んでくださいね」
「うん!わかったよ!ファラさん!オレもアリスタッドかアルでいいよ!」
「アリスタッド…アル…アリス…。わかりました!アリスさん!」
「いや…アルって呼んで…「これから頑張ってくださいね!アリスさん!」…ほしいんだが」
あれ?またここでもアリスって呼ばれてしまったぞ。
生まれたときから親から友だちからクラスメイトからずっとアリスって呼ばれている。
なんだか女性っぽい名前だからあまりアリスって呼ばれたくない。
領都で暮らしはじめたことで心機一転!これからは“アル”って呼ばれようと思っていたのだが、いきなり“アリス”って呼ばれてしまった。
早く修正しておかないと…。
「だからアル…「あ、他の冒険者の方も来られましたね。では私はこれで失礼しますアリスさん!」」
「アルって…「アリスさん!私も1年目なので一緒に頑張りましょうね~!」」
「・・・・」
…行ってしまった。
ファラさんからは“アリス”って覚えられてしまったようだ。
初っ端から失敗してしまったが、まあ呼ばれ方だけの話だ。気にしないでおこう。
とりあえず冒険者ギルドに登録はできたから別にいいや。
気持ちを切り替えて、魔鉱石採取に行く前の準備をしよう。
依頼をしっかりこなすために大切なこと。それは“事前準備”だと思う。
いくら見習い冒険者向けの依頼だといえどもケガをする可能性があるのだ。
目的地の地形や気候、周辺の状況、出現する魔物などいろんな情報を事前に仕入れたほうが成功率が上がるはずだ。
草原なのか荒地なのか林の中なのかによって装備は変わってくる。
その地域に出現する可能性のある魔物によって武器が変わってくる。
気候や天気によって服装や道具も変わってくる。
オレは基本的にビビリな性格だと思う。
準備が万全でないと不安でしょうがないんだ。
だからまずは情報収集をしないとね!
ギルドの資料室で調べられるだけのことは調べた。
必要となる道具や武器も揃えた。
学校に通っている時にちょこちょこ作った魔導具や応急処置用の救急セットも用意した。
先輩の冒険者やファラさんからもいろんなアドバイスももらえた。
自分でわかる範囲だができる限りの準備はできた。
ファラさんは「初心者用依頼でおおげさすぎ」って言っていたが、万が一のことがあってはいけないので。
これで準備万端!初の依頼をがんばってみよう!