第13話
「改めて自己紹介をしよう。考えてみればオレ、アーシャさんのことほとんど知らなかったわ…」
「そうですね。わたしもアリスタッドさんのこと、すごい家に住んでいる魔導具技師ってことしか知りませんし」
同居することが決まってから自己紹介って変な話だけど、全部成り行きでこうなってしまったから仕方ないよね。
お互い自己紹介して仕切り直しだ。
ロビーである喫茶店部分でソファで寛ぎながらコーヒーを飲みもって気楽にやってしまおう。
アーシャさんには苦いと思うからミルクと砂糖、クッキーも用意してあるよ。
「まずオレ、アリスタッド・スパーダ。20歳。職業はご存じのとおり魔導具技師。いくつか特許を取得していて毎月いくらか振り込んでくれるので、少しだけだが金銭的余裕はある。この家にある便利魔導具のほとんどはオレの試作品なんだ。よかったいろいろ試してみてレビューもらえたらうれしい。あと中級冒険者もやっている。配偶者や彼女的な存在は一切いない。ここ数か月で一番長く会話した女性はアーシャさん、君だ。うん、自分で言ってて悲しくなってきた。…オレの紹介はこんなものかな?あとペットが1匹。ゼリー型スライムのムツミさんがいる」
ぽよんほよよん…
ムツミさんも自己紹介している。
「あ…かわいい…。こっちおいで…」
ぽよぽよ…ムツミさんはアーシャさんの膝に乗ってつつかれている。
ムツミさんもまんざらではないようで気に入っているみたい。
「あ…次はわたしの番ですね。実はアーシャというのは間違って登録されてしまった名前なんです。本名は“芦屋みかげ”、こちら風で言うと“ミカゲ・アシヤ”です。なんでアーシャになったのかと言うと、登録のときに芦屋って言おうと思ったらどもってしまったんです。“アーシャ”って聞こえたらしくてこのまま登録されてしまいました…。まあいっかって思っちゃってズルズル今まで来てしまいました。スミマセン…」
「アーシャさんじゃなくてアシヤさんでしたか。これは失礼を」
「いえいえお気になさらずに…。それで自己紹介の続きなのですが、アリスタッドさんの言うとおり異世界転生…来訪者と言うんですかね?その来訪者です。前世では12歳のとき不治の病に侵されて16歳のとき死んじゃったんでしょうね。気が付いたら少年の神様がいる空間にいました。そこで転生してあげるよって言われてほいほい転生してきました。転生特典として“神級魅了”“鑑定”“アイテムボックス”があります。死んだときのままの姿でこちらに飛ばされたので年齢は16歳です」
死んじゃったって…さらっと重い話が出たな。
あと気になるのは少年の神様か。オレの時は女神様だったよな。シターテルって言ってた。
神様って複数いるんだね。
「ありがとう…。前世のことや固有スキルのことまで話てくれて良かったの?鑑定とかアイテムボックスは隠していたほうが良かったと思うよ」
「いえ…いいんです。この世界では頼れる人は誰もいませんでした。でもアリスタッドさんは親身になって助けてくれたんです。だから嘘やごまかしはしたくありませんでした」
「信用してくれてうれしいよ。その信用ついでにオレから提案があるんだけど…いいかな?」
「はい、なんでもどうぞ」
なんか堅苦しいんだよね。お互い丁寧語になったり、タメ口になったりで口調が安定していない。オレもアシヤさんも遠慮しているのか、一歩引いているのか。気軽に言い合える関係のほうがいい。
「これからしばらく一緒に暮らすことになるんだ。お互い遠慮していたら息が詰まる。今からタメ口で行こう。丁寧語はナシだ。それとオレのことは呼び捨てでいい。アリスタッドでもアルでもいい。オレも君のことはミカゲと呼んでいいか?」
「わ…わかりました…いえ、わかったよ。でも年上の人だから呼び捨てはちょっと…」
「でも、さん付けはオレがいやなんだよね。なんか遠慮しているのか他人行儀というのか…」
「じゃあ、くん付けでいい?アリスタッドくん?アルくん」
「くん付けか…わかったそれでいい」
「いえ、なんかしっくりこないよ!やっぱりアリスくんがしっくりくる!」
「えっ?やっぱりアリス呼びなの?」
「うん。みんなアリスって呼んでいるからね。アルなんて呼んでいる人なんてみたことないよ?だからアリスくんで決定!」
結局アリス呼びになってしまったがタメ口で言い合えるようにできたから良しとしよう。
タメ口になったとたん遠慮がなくなってきた。これが素のアシヤさん…いやミカゲなんだろう。
家の中でも緊張しっぱなしでは心休まらないだろう。
オレも女性と一緒に暮らすことなんか想定していなかったんだ。
不自由もあると思うから、そこは遠慮なく言ってほしい。できることならどんどん改善していきたい。
今日は朝からお買い物。
一応一緒に行かないかと誘ったのだが、玄関を出たしばらくしたところで歩行者を見た瞬間ダメだった。
まだまだリハビリは必要なようだ。
ミカゲから欲しいものリストをもらって仕方なく一人でタオル、洗面用具、雑貨などを揃えておく。
すまんが下着や着替えはオレではどうしようもできない。
買い物などの雑用でも冒険者に依頼を出すことができる。初心者冒険者にとってはありがたい依頼らしい。冒険していないがいいのだろうかと思う。
とはいえ今回はミカゲの着替えの購入依頼だ。
親しい女性じゃないと難しいだろう。冒険者ではないがファラさんに依頼を出そう。
ファラさんが着替えを買ってきてくれるまで今あるものでしのいでくれ。
家に戻ってきたらゼルが玄関で待っていた。
「おはようさん。アリス待っていたよ。さっき中に入った瞬間悲鳴を上げられた。周りに人がいなくてよかったよ。ヘタすりゃ通報されていたぞ」
「いや、すまない。そういえばレンタル魔導車を回収しに来るって言っていたもんな。出かけていたオレが悪いわ」
「気にすんな!スグに必要だったものがあったんだろ。それくらいわかるさ」
「察しがいいって助かるな。そのついでにお願いしたいことがあるんだが…」
とりあえずミカゲの“欲しいものリスト着替え編”と代金と依頼料をファラさんに渡してほしいとゼルにお願いする。
それにサイズ等々いろいろ書いてあるからオレたち男性陣が見るわけにもいかない。封筒にしまって丁重に渡す。
「で、これからどうすんだ。アーシャ嬢のこと。ずっとこのまま飼い殺しをするわけじゃないんだろ?俺も半ば無理やりアリスに丸投げしたからな。少しは責任を感じているんだ。ギルドで手を貸せることがあれば何でも言ってくれ」
「とりあえずここで男性恐怖症のリハビリをしてもらいながら魔導具製作の助手でもやってもらうよ」
「そっか、任せた!今日はコーヒーはやめておくわ」
「すまんな。次のモーニングはクラブハウスサンドをサービスするよ」
ゼルは魔導車を回収していってしまった。
ミカゲは喫茶店ロビーのソファの影で三角座りをしている。
「ぅぅぅ…。やっぱり駄目だったよう。ギルドでいろいろ助けてくれた人なのに…」
盛大にしょげていた。
「気にすんな。あんなマッチョの厳ついツラのギルドマスターだ。怖がらないほうがおかしい」
「ぅぅぅ…。気を遣ってくれてありがとう…」
ミカゲは男性恐怖症のせいで、今は働きに出ることも冒険者家業に戻ることもできない。
だが彼女には、他の人にはない大きなポテンシャルがある。
それは来訪者ということだ。
普通の人では持つことができないスキル“鑑定”と“アイテムボックス”がある。
これをなんとか魔導具に落とし込めないものかとオレは考えている。
スキルを使用してもらって魔力の流れを分析し再現したい。ま、簡単にはいかないだろうな。
「なあミカゲ、オレに鑑定を使ってみてくれ」
「えっ?いいの?鑑定されるって自分の能力が全部見られるんだよ?女の子で言えば健康診断の結果が見られるようなものだよ?」
「健康診断って…。いやそれもそうか。自分自身が健康診断の結果を知らないからいいだろ。オレも自分がどんな風になっているか気になるし」
「わかったよ。んじゃ見るね!鑑定!」
おお!ぞわぞわってする。魔導ゴーグルをかけて魔力の色や流れを見る。
あれ?普通の属性魔力の色じゃないな。紫?黒?深い色の紫。無属性と言われる色よりも濃い色だ。
こんな属性は見たことがない。
「わかったよ。ステータス紙に書いておくね」
■アリスタッド・スパーダ(20)
性別 : 男
種族 : 人族
属性 : 無
スキル: 魔導具技術者・魔法研究者・魔力操作・芸術・鍛冶・建築・料理・テイマー
LV …20
HP …188
MP …357
STR…151
INT…357
AGI…273
「わわっ!?スキルがいっぱいある。なのに攻撃系はさっぱりないね」
「ほんとうだ…普通冒険者って言ったら剣術や槍術、攻撃魔法、身体強化とかいっぱいあるんだけどね。やっぱりアリスくんって冒険者じゃなくて職人さんなんだね」
「マジだな。これ。あと属性:無ってなんだよ。普通火とか水とかだろうに…」
けっこう製作系のスキルが充実しているな。
魔導具作って、魔導具のために魔法を調べて、魔導具を効率的に使うため魔力操作を身につけ、魔導具の仕様書をわかりやすくするために絵画に力を入れ、魔導具のために金属加工し、快適な生活のためにリフォームを繰り返し、美味しいコーヒーと食事のために料理てきた結果か。
あとテイマーはムツミさんと仲良しだからスキルとして身に付いたのかな。
冒険者としてなにか戦闘系のスキルも身につけたほうがいいなこれ。
「次はわたし見てみるね。ステータスッ!」
■芦屋みかげ(16)
性別 : 女
種族 : 人族
属性 : 水
スキル: 攻撃適性・防御適性・魔法適性・精神異常耐性
(固有スキル: □□□□・鑑定・アイテムボックス)
LV …16
HP …160
MP …160
STR…160
INT…160
AGI…160
「はい!これがわたしのステータス。いつ見ても平均で普通だなあ」
「はあ…ある意味すごいな。ここまでまっ平らなのって聞いたことがない。普通は人それぞれ得意分野があって、成長もそれによって偏りが出てくるんだよな。逆にどうやったこうなるのか知りたい」
「ぅぅぅ…。イメージは魔法剣士だったんですよう。剣も魔法も使える便利な存在を目指していたんですよう。でも魅了スキルのせいでパーティメンバーが全部魔物をやっつけちゃうからレベルアップできなかったんですよう。実は転生してから約半年。なんにも成長していません!初期ステータスのままなんです」
へえ。来訪者の初期ステータスはこんなに高いのか?
でもなんとなく年齢で決めた感がすごいな。全部“16”ばっかり。
その少年の神様はけっこうアバウトな性格のようだ。
ま、ミカゲのステータスはいいとして、自分の能力や強さが数字で見れるのは面白い。
来訪者はいつでも相手の数値を読み取ることができるのか。
弱点があっさり見抜かれる。オレの場合身体的な強さが弱点か。来訪者はヘタに相手をしちゃいけないな。
それよりも気になることがある。というか本題の鑑定スキルの魔力のことだ。
無属性っぽい色だ。
さっそく浮遊魔力集積装置と純魔石精製装置でこの魔力を集め分析してみるか。
「あのう、アリスくん?考えているところ悪いんだけど、無視するのやめてほしいなあ…」
「・・・ん?…ああごめん、ちょっといろんな仮説が浮かんじゃって考え込んでしまった」
「ひどいです、アリスくん…」
「わりいわりい。でもこれからの方向性は見えた!まずオレはこの無属性っぽい魔力を調べるわ。そしてミカゲは平均的に高いスキルを持っているから冒険者復帰を目指して特訓でもするか!」
「ええー。戦闘はちょっと自信がないよう。武器も持っていないし」
「何言ってんだ、もったいない。身体の強さだけで言えばオレ以上なんだぞ。それに魔法も鍛えたらこの世界にあまりいない魔法剣士になれるぞ!」
「ぅぅぅ…。わかったやってみるよう。しぶしぶ」
それからしばらくの間、鑑定スキルの魔力研究、ついでにアイテムボックスの魔力研究に没頭した。
ミカゲには身体能力向上、魔力向上に向けてのトレーニング機器を用意し、日々のプログラムを作成して日夜特訓に励んでいる。
来客はときどきあった。
頼んでいた買い物依頼を受けてくれたファラさんにサンドイッチと甘めのラテを振舞った。
コーヒーを飲みに来たラックにはトースト、ベーコンエッグをごちそうした。
ゼルには約束していたクラブハウスサンドを用意した。
んでなぜか工業ギルドのクラークさんもお昼時にやってきたので濃いめのカプチーノとカルボナーラスパゲッティを。
もちろんミカゲはその間は特訓中断。自分の部屋に閉じこもっていた。
ミカゲがやって来て10日。
オレたちの生活がようやく馴染んできた。
ゆるやかに時が進んでいくと思っていたのだが、冒険者ギルドからバッドニュースが届いた。
ミカゲのストーカーであるケータ君が冒険者ギルドに現れたらしい。