第12話
魅了スキルを封じた翌日、オレはゼリー型スライム“ムツミさん”と一緒に喫茶店部分で寛ぎながらコーヒーを飲んでいる。
ムツミさんのぷよんぷよんした感触を楽しみながら嗜むコーヒーというのもいいものだ。
実に落ち着く。
今の喫茶店部分は4人掛けのテーブル2脚にファミレスで使われていそうな椅子を並べている。
ここはホテルの喫茶ルームのように低めのテーブルにソファにしたほうがより落ち着けるかな…。
そして天井にはゆっくり回る扇風機みたいなシーリングファンも取り付けようかな…。
いろいろ想像がはかどるぜ!
リリリリリリ・・・・
魔導具の構想ができたところで呼び鈴が鳴った。
またか。最近来客が増えたなあ。
なんて思っていたら、またしてもゼルだった。
「よう!おはようさん。昨日ぶりだな」
「あれ?また?なにかあったの?昨日の依頼まだ不十分だった?」
「いや、昨日の依頼は完璧に達成したと言っていい。ちゃんと魅了スキルを封じたみたいだし、暴走も止まった」
「ということは報酬でも持ってきたのかな?」
「いや違う。報酬はいつも通りギルドで支払うぞ。実は今回の依頼のあと、新たな問題が発生した」
「ありゃりゃ…。またアーシャさんに何か起こったのかな?もしかしてケータ君とやらがやってきた?」
「ケータ君はまだこの街には来ていないようだ。それよりもアーシャ嬢のことなんだ。いつまでもギルド宿舎に寝泊まりしているわけにもいかないということで宿舎から出ようとしたんだが、ロビーに出て男性冒険者を見た瞬間蹲ってしまった。そこからはパニックを起こしていたな。近寄る男性冒険者から逃げようとずっと悲鳴を上げていた。しまいには気を失って女性職員に抱えられて宿舎にとんぼ返りすることになってしまった。その後俺も会いに行ったんだがダメだった。俺の声を聴いただけで悲鳴を上げられた。話をするなんてことできそうにもなかったよ。それからはファラがずっと相手しているよ。なあアリス、いったい何をやったんだ?こんなに男性恐怖症になるなんてよっぽどのことをやらかしたんじゃないのか?」
「い…いや、心当たりがないんだが…。強いて言えばケータ君からストーカーされているぞってことぐらいだ」
この世界に来てからずっと男性から言い寄られているみたいだったからね。それに襲われそうになったことも何度もあるらしい。
「昨日まで必死に逃げてきたんだ。魅了の件が片付いたことで落ち着いて自分を振り返ってみれば、男性から変な目で見られる毎日だ。必死過ぎて見なかったことにしていたトラウマがよみがえってきたんだろうな。それで一気に男性恐怖症か」
「おいおい。冷静に分析するんだったらなんとかしてくれよ。このまま宿舎を追い出すわけにもいかないし、このまま住まわせるわけにもいかねえ。アリスなら魅了問題解決したんだから気を許しているかもしれないんだ。だから助けてほしい。ここまで来たら乗り掛かった舟だろ?友人として手を貸してくれよ!」
「わ…わかったよ。オレに何ができるかわからんがアーシャさんに会ってみるよ」
「おお会ってくれるか!助かるよ!んじゃモーニング頂いたら行くか!」
ゼルはいつも通りモーニングを食べた。その後、一緒に冒険者ギルドに行くことになった。
ま、今回は何も準備する必要もないから大丈夫だろ。
連日の冒険者ギルドだ。受付さんと軽く挨拶を交わし、例の宿舎に移動。
男性恐怖症だろうから扉越しに会話すれば大丈夫かな。さすがに直接顔を会すのはまずいだろう。
とりあえずノックをして反応をみるかな?
コンコンコンッ
「…はい」
「あ、オレ、昨日相談に乗ったアリスタッドだけど今大丈夫かな…」
「あ…大丈夫です。入ってください」
あれ?入れって言われたぞ。
「大丈夫?男性が怖くて顔が見れないって聞いたから扉越しでもいいんだけど…」
「問題ないです!入ってください」
オレは恐る恐る中に入った。中は昨日と同じ殺風景なままだ。
アーシャさんはちょっとやつれている。
食事もろくに採れていないんだろうか。
「申し訳ありません。アリスタッドさん、わたしのためにわざわざ来ていただいて…」
「いやそれはいいんだけど…」
「あ…あの…わたし他の男性は怖くて顔を見ることもできないんですけど、アリスタッドさんは大丈夫っぽいんです」
「そうなの?確かに魅了は効かなかったし、問題点も解決したからオレに安心感を持ってもらえているかもね」
そこでファラさんが食事を持ってやってきた。
「あれ?アリスさんは平気なんですね?他の男性は全然ダメだったのに」
「昨日のことがあったからね。男だけど信頼されているのかな?オレは」
「でも男性恐怖症だけってわけでもないみたい。女性でも私以外では口もきけないみたい。軽い人間恐怖症で重度の男性恐怖症でもあるって感じなんですよ」
「ありゃりゃ…相当苦労してきたんだろうね?アーシャさん」
「すみません。わたしが至らないばかりに…。ご迷惑をおかけします」
「いや気にしなくていいよ。あんなことがあったんだ。人間不信になるし、男性恐怖症にもなるさ!」
「ありがとう…そういってもらえると助かります」
ここは軽い感じで安心感を持ってもらおう。ヘタに否定をしたらいけない。
まずはアーシャさんの気持ちを考慮して寄り添い、共感を示すのがいい。
容易に「頑張れ!」とか「スグ男性恐怖症を治そう」とか言わないほうがいい。
「今まで頑張ってきたんだ。アーシャさんはどこか落ち着いた場所でゆっくりするのが一番かもね。今は何かする必要はないよ」
「うれしい…。今までそんなこと言われたことがなかったから安心しちゃった…」
ちょっと涙ぐんでしまった。
どうやらまたアーシャさんを泣かせてしまったらしい。2日連続だ。
「(ちょっとアリスさん?ここから出て行ってもらわないといけないのに何もする必要がないってどういうこと?)」
「(ファラさん、ここは無理して追い出ししたら逆効果です。ギルドとして何とかしてあげてくださいよ)」
「(マスターと相談してきます!へんなこと言わないでくださいね!)ちょっと失礼しますね~」
ファラさんは出ていった。
ここは突っ込んだ話をしておいたほうがいいかもな。
「アーシャさん、今は大変な時期かもしれませんが答えてほしいことがあります。これからのことです。ストーカーがやってくるかもしれないのにずっとここにいたいですか?それとも身を隠して違うところで穏やかに暮らしたいですか?もしかして自分で何とかしようと思っていますか?答えにくいと思いますが、まずはあなたの意思をきかせてください」
「…ぐすっ…ここにずっといるのは怖い。自分で何とかするのは今のわたしではムリな気がする…。やっぱりどこかで身を隠すしかないと思います。でもお金も持っていませんし、宿に泊まることもできません…。わたしにはどうすることもできませんよう…」
「いえ大丈夫です。街はずれの宿に泊まれるくらいのお金ならオレが貸します。あとで余裕ができたら返してくれればいいですよ。利子は取りません」
「でも…知らない宿で一人でいるのも怖いし、誰か知らない人が近くに泊まっているのも怖い…ぅぅぅ…」
ありゃりゃ…ベットの上でシーツにくるまってしまった。
「はははっ!ファラに聞いた!いい方法があるぞ!アリス!宿代もかからない。宿舎から出られる。ストーカーからも身を隠せる。一人ではない。信用できる人も身近にいる!そんな方法がな!」
「その声はゼル!姿を見せない配慮は正直ありがたいが、スゴイ不審者っぷりだな!」
「扉の陰に潜んでいるだけだ!んでどうなんだアリス。その方法を試してみないか」
「いや…どんな方法か聞いてみないと判断できないぞ…」
「…わたしよくわからないですけど、そんな方法があるならぜひお願いしたいです!」
「ほらほらアーシャ嬢もそう言っているんだ。やってみろよ!」
「わかったよ…いったいどんな方法なんだ?」
どうしてこうなった…。
オレは冒険者ギルドからレンタル魔導車を借りた。
今アーシャさんを乗せて街の中を走っている最中だ。
「本当に良かったのか?こんな選択で」
「いえうれしいです。わたしの中では今とれる最高の選択肢だったと思います…」
どこに向かっているかって?
そりゃオレの自宅だ。
よりにもよってゼルの提案はこうだ。
「どうせアリスの家って部屋余っているんだろ。それに最近寂しいなんて言っていたじゃないか。アーシャ嬢もアリスのことだけは信用しているみたいだしな。街はずれにあるし、人に知られてもいない。アーシャ嬢が一人立ちするまでアリスが面倒見ればすべて解決じゃないか!な!」
とのこと。アーシャさんもそれが一番いいなんて言っている。
ファラさんは何か言いたそうに口をもごもごさせていた。
そんなこんなで同居することになった。
確かに寂しいって言ったよ?女性と会話できてうれしいと思ったよ?でも同居するのは話が違う!
オレの精神が持たない。この世界に生まれ変わって20年。女性との付き合いはないんだ。前世を含めても女性との付き合いは少ないんだ。勘弁してくれよ…。
家についた。
オレの家は外観は全然弄っていないので、かなりボロボロの佇まいだ。幽霊屋敷っぽくもある。
アーシャさんも外観を見てちょっと引いている。
でも内装はこだわりまくりの最新設備満載。
一般に出回っていない、商品化されていないだけで便利な魔導具の試作品で溢れかえっている。全部オレの手作りだ。
自画自賛だがこんなに住みやすく快適な家はそうそうないと思っている。
ギルドのレンタル魔導車はそのまま家の駐車スペースに置いた。
返却しに行く必要はない。ゼルが回収しに来るからだ。むしろここに来る理由を作るためにそうした可能性がある。そこまでモーニングが食べたいのか?奥さんに用意してもらえ!
玄関を開けてロビーに入る。喫茶店風だけど。
「わあああ。なにこれえ!喫茶店じゃない!ここ!」
アーシャさんが興奮している。
「あの。喫茶店っぽく見えるけど、ここ家のロビーだからね」
「すごい家なんですね!家の中に喫茶店があるなんて!それにとっても広いし明るい!外観から想像できませんでしたよこんなの」
「まあ、内装しかリフォームしていないからね。んじゃ家の中を案内しようか」
「はい!楽しみです!」
なんか急に元気になったなあ。本当に人間不信の男性恐怖症なんだろうか。ま、いい傾向だ。オレ以外でもそのように接してくれるとうれしい。
とりあえず、客間に荷物を置いて案内しよう。
2階はオレの寝室と物置に使おうとしている部屋だけだから1階だけでいいか。
1階はロビー、工房、倉庫以外は土足厳禁だ。三和土でスリッパに履き替えてもらう。
・キッチンとリビング。驚かれた。コンロとか冷蔵庫とかシステムキッチンとか最新設備に見えるらしい。
・バスルーム。驚かれた。広い湯船にシャワー設備、サウナ機能、浴室乾燥機付き。
・洗面所&トイレ。驚かれた。使い勝手を最優先に考えた三面鏡にドライヤーみたいな魔導具。もちろんトイレはウォシュレット機能付き。
うん、明らかにこの世界の文明じゃないな。
でもチートがないオレでも前世の知識と魔導具製作技術があれば現代日本に近づけることができるんだ。
来訪者にとってみればすごく快適な家なんじゃないかと思う。
「わあああ。こんなお家、みたことありません!どんな宿よりも快適じゃないですか!すごいですよう」
「そう言ってくれるとマジうれしい。魔導具づくりやっててよかったって思うよ」
そうなんだ。やっぱり自分が作ったものが褒められるとほんとにうれしい。ゼルのヤツは食い気ばっかだし、ラックのヤツは損得勘定が先に来て商売の話になってしまう。純粋に喜んでくれるのがこんなにもうれしいものなんだと少し感動してしまった。
「さ、いつまでこの家にいるのかは未定だがしばらくここで暮らすんだ。遠慮なく寛いでほしい。1階の客間のままでもいいんだが来客があるときはアレなんで2階の空いている部屋をあてがおうと思うんだがそれでいいかい?」
「はい!ここに住めるなら何でもいいです」
「じゃあ今日は客間に泊まって明日部屋を片付けて買い物をしてから部屋づくりをしようか」
「…わたし…。買い物行けるのかな…」
「ムリはすることないぞ。ダメそうならほしいものリストを用意してくれ。ファラさんやゼルにも協力してもらおう」
「ぅぅぅ…ありがとうございますぅ…」
これはしばらく引きこもりになるだろうな。
面倒なことになったが、正直オレ自身楽しんでいるところがある。
こんな生活も悪くないか。否!JKと一つ屋根の下だ。うらやましがられるレベルじゃないか!もしオレが第三者的立場だったら「爆発しろ」って思っているだろうな。せっかくだ。この同居生活を楽しんでみよう!