表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/76

第1話

 突然だが、今は何もない空間にいる。

 上も下もない真っ白な空間だ。

 ここは夢の中だろうか。

 たしかさっきまで今日…いや午前零時をまわったから昨日か…。

 営業訪問したクライアントにお礼のメールを打っていたはずだ。

 そこからの記憶は…あれ?わからない。

 あれからどうしたんだっけ?


「お仕事中のところお呼び致しまして申し訳ございません」


 ふと女性の綺麗な声が聞こえた。

 振り向くとそこには白い布のような物をドレスのようにまとった女性が浮かんでいた。

 ぱっと見たところ外見年齢は20歳ぐらいか。

 プロポーションも整っており、スレンダーでいて出るところはしっかり出ている。

 特に大きすぎないところがいい。どことは言わないが。

 髪はプラチナブロンドのストレートのロングヘア。

 こんな美人さんはテレビやネットでも見たことがない。

 今まで25年生きてきた中でもオレ的ナンバーワンのパーフェクト美女だ。

 そんなお方が宙に浮きながらオレに声をかけてくれている状況がまったく理解できていない。

 オレって呼ばれてこんなところに来たのか?


「私は女神。シターテルと申します」


 うん。女神か。だったら納得のプロポーションだな。女神最高!


「率直に申し上げます。あなたは先ほど25年の人生の幕を閉じました」


 ??どういうことだ?人生の幕を閉じたって。


「どういうことだ?オレは死んだって言いたいのか!」


 思わず声を荒げてしまった。

 だって仕方ないだろう。

 いきなりお前は死んだって言われても今ここにいるじゃないか!


「その通りです。今流行りの過労死ってヤツですね。流行に乗れて良かったですね」

「何言ってんだよ!過労死流行ってないよ!労働基準法が改正して働き方改革が進んだおかげで過度な残業は少なくなったはずだよ!?今、過労死しても流行遅れだよ!」

「あら残念ね。でもご安心くださいね。過労死の流行りは終わっても、異世界転生の流行りはまだ終わっていないわよ」


 ??なんだって?異世界転生だって?

 ここ数年前からライトノベルやネット小説なんかでよく見かけるアレか。

 ということはここは女神の間で異世界に転生する寸前ってことか。

 本当にこんなことあるんだね。

 ライトノベルで一番最初にこのシチュエーションを書いた人って実際に異世界転生したことある人なんじゃないかと思うね。

 それはともかく、オレ本当に死んじまったのか。

 実感ないからまだ夢の可能性もまだ残っている。というか夢だろう。

 この無重力チックなこの空間でフワフワしているんだ。

 よし、夢で決定だ。


「まだ信じられないようですね。ではどのようにして死んでしまったのか女神視点でリプレイしてみましょう」


 その瞬間、目の前の視界が切り替わった。

 これは…会社の中か?天井から社内全体を見下ろしている。

 その端で一人会社に残ってメールを打っている人物がいる。

 ああ、コイツはオレだわ。確かに記憶にある。

 そうそう、ここでクライアントにメールを送信して、本日の仕事は終了!

 いつも通り椅子に座ったまま両腕を上にあげて上半身をそらし伸びをする。

 けっこう気持ちがイイんだよね。

 仕事が終わった後の背伸び。

 エコノミー症候群の予防にもなるしね。

 あっあれっ?おい!オレ!背伸びしすぎだ!後ろに反らしすぎだぞ!

 そのままじゃ後ろに倒れるじゃないか!

 だめだ!言わんこっちゃない!あああ…倒れる…。

 オレはそのまま後ろに倒れる。

 そして席の後ろのデスクに思いっきり後頭部をぶつけたあとピクリとも動かなくなった。

 もしかしてこれが死因?後頭部強打で?

 過労死じゃないじゃん!?

 オレの不注意じゃん!?

 自分が死ぬ瞬間を自分ではない視点で見ることの違和感と、何とも言えない不快感がこみ上げてくる。


「本当にオレ、死んでしまったのか…」

「はい。残念ですが事実です」


 淡々と言い放つ女神シターテルに怒りが込み上げてきたのだが、さっき女神シターテルが言った言葉を思い出す。「異世界転生の流行りはまだ終わっていないわよ」って。

 もしかしたら転生することができるというのか?

 仕事の合間や寝る前によく読んでいたライトノベルのように。

 よし!気持ちを切り替えよう!夢ならよし。

 現実でも死んでしまったなら受け入れるしかないしな。


「死んだはずなのにここにいるってことは、小説とかでよくある定番の転生前の説明シーンってことか?」

「あら、話が早いですね。だから日本人の20〜40代の方は好きですよ」

「え?20〜40代なの?その手の小説やアニメ見ているのって若い10代じゃないの?」

「いいえ。異世界転生を望んでいるのは中年層の方が多いですよ。読者層もそのあたりが多いですし。よっぽど現実から逃避したいのねぇ」

「…」


 何も言えん。確かにこの手の小説やアニメは好きだ。

 25歳になってもライトノベルやネット小説を読んでいたりアニメを見ていたりしていたことに引け目を感じていたが、意外に仲間が多いことにちょっとだけ安堵したよ。


「では転生先の世界の説明からはいりますねー」


 オレの気持ちなんてお構いなく話を進める女神。

 マイペースだなぁ。


 転生先の世界はお決まりの魔法が主流となる世界。

 ただよくある中世ではなく、ある程度魔法文明が進んでいるらしい。

 物によっては今まで暮らしてきた世界よりも便利なことが多いらしい。

 そんな世界に生まれ変わって赤ちゃんからスタート。

 転生特典として前世の記憶を引き継いだ状態から始められる。

 お決まりだが「記憶を引き継ぐ」って大事だよね。

 でなければこの場で女神と話し合う必要なんてない。

 勝手に転生させればいい。

 どうせ誰も気づかない。

 どうせ死んだのなら転生して人生リスタートするのも悪くない。

 むしろ楽しみだ。


「はーい。お待ちかねのチートスキル選択たーいむ」


 女神シターテルのテンションが高いな。

 女神にとってチート選択シーンがメインイベントなのだろう。

 さっきまでの丁寧語がいつの間にかゆる~くなっている。


「ここが一番個性が出る面白いところなんだよ。その人の欲望が一番見えるんだよ。強くなりたい人、賢くなりたい人、出世したい人、お金持ちになりたい人、異性にモテたい人、悠々自適に過ごしたい人…。いろんな人がいろんな望みを持っているの。第二の人生なんだからチートスキルで自分の欲望を叶えてもいいんじゃないかな?私はそのきっかけを与えるだけ」

「そういうモノなのか…」

「そうそう、だから思い切ってどんなチートスキルが欲しいのか言って!言って!」


 どんどん気安くなってくるな。この女神。


「超攻撃力?超魔力?超成長促進?超錬金術?なんでも一つだけ、あなたが望むスキルを与えられるわ」


 すごいな。なんでもOKなんだ。


「そうよ。前回は異世界転生じゃなくて異世界転移で年齢も姿もそのままで行ってもらったんだけど、その子のチートは“勇者の素質”だったのよね。成長が早かったり、聖剣が使えたり、固有魔法が使えたりでとんでもないスペックだったわ。一人で最強最悪の邪神を滅ぼしてしまったくらいなんだから」

「なんかいろんな情報が出てきたぞ。前回とか転移とか邪神とか…」

「あらそう?前回といっても向こうの世界じゃ80年近く前の話よ。当時世界を恐怖に陥れた邪神を滅ぼして平和を取り戻したことで本当の勇者になったわ。転移したあとは戻ってきていないからそのまま死んじゃったか、運が良ければまだ生きているかもしれないね」

「80年も昔のことになるのか。勇者にはなりたくないし関わりたくもない。自分には関係なさそうだ。でも邪神がいたのはおっかないな。世界的な恐怖は味わいたくない」

「もう邪神はいないわよ。平和なものよ。ただモンスターが各地に蔓延っているだけの普通の世界よ。(PRG的に)」

「何か聞こえたぞ。RPG的ってことはやっぱり戦わないといけない場合が多いんじゃねーか」

「そ。だから強いということは大切よ。生きていくにはね」


 異世界に転移することもあったのね。

 オレの場合は死んでしまったから転生しか選択肢がなかったらこれでよかったかもな。

 普通の生活していて、なんの落ち度もないのに異世界に転移させられたらたまったもんじゃない。

 それに邪神討伐なんて使命を背負わされるなんて不幸でしかない。

 そこそこ強くなって、そこそこ生きていければいいと思っている事なかれ主義なんだ。

 変な使命はいらない。


「ならオレは、オレが望むものは…


 チートなんかいらない!


 チートなんか持っていたら面白くない!


 だから“チートなし”で!」




 お、女神が目を見開いてビックリしている。

 女神を驚かせるなんて結構やるじゃないか。


 オレとしては別に驚かせようとして“チートなし”なんて言ってるつもりはない。

 本当に要らないと思っている。

 読んでいた異世界小説でも何作かあったが、桁外れの強さって面白くないと思っている。

 なんとなくで貰ったチートで無双するってことに違和感があった。

 自分の努力や頑張りではない“ズルの力”で強くなったり偉くなったりしてもカッコよくない。

 それに強大過ぎる力を持ってしまうと人間関係が崩壊する。

 誰も自分とは対等になれないし、誰も自分に対して意見が言えなくなる。

 自分以外の他人を下に見ることになる。

 自分自身も増長してしまうだろう。

 もしそんな人間がまわりにいたらどうだろう。

 正直、恐怖でしかない。

 機嫌を損ねただけで一瞬で消される力を持っているんだ。

 現代風で例えると隣の席の同僚がいつでも撃つことができる機関銃を持っているって感じか。


 だから自分はチートなんかいらない。

 自分の力で何かを成し遂げていくほうが新しい人生楽しめると思う。


「意外だよ。そんな事言った人初めて。面白い人なのね」

「そうかな?至極当たり前のことなんだが」


 もっとも、前世の記憶を引き継ぐ時点でチートだと思う。

 だってそうだろう。

 記憶をもって赤ちゃんからスタートしたらどうする。

 赤ちゃんのころから既に語学や数学などの学力や常識、様々な知識も持っているんだ。

 それに精神年齢も大人。

 遊びよりも勉強や努力の大切さは身をもって理解している。

 幼少の頃から本気で勉強なりスポーツなり始めたら最高学府への進学だってプロスポーツ選手だって夢じゃない。

 ただけっこうマジになって努力しないといけないから完全にチート(ズル)とは言えないかもな。

 あと知識チートはできるかどうかは環境によるとしか言えない。

 異世界でプリンやマヨネーズ、サスペンションを作るのは異世界転生する人にとっては通るべき道。

 様式美だ。

 機会があればやってみたい。

 ただ努力もなしに強くなるのは遠慮したい。

 自分の力で地道に成長してやるさ。


「わかったわ。では“チートなし”で転生するわね」

「それで頼む」

「ええ。ではいきますよ―」

「ああ」


 25年で人生は終わった。

 心残りがないわけでもない。

 実家の両親はどうでもいいが、10歳下の年の離れた妹には申し訳ないことをした。

 せめてお別れが言いたかったが仕方ない。

 つまらない死に方をしてすまなかったな。

 もう会うこともないがオレの分まで生きてくれ。

 新しい命をもらったら必死で頑張って生きていくので許してほしい。



 じゃあな。



 そんなことを考えていたらまばゆい光に包まれて真っ白な世界になって意識を手放した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ