#1-8 浪漫
「いや、そのサイボーグ状態になった経緯も充分格好良いんですけど!
外見自体もちょっとどうしようもないくらい格好良いです!
世界中旅して、格好良いのは敵も味方も見てきたけど、そういうのは俺としても新機軸で……悲惨で重い話だったんで気軽に褒めて良いのか迷ったんですが」
もしかしたらそれは触れ得ざる傷なのかと思った。
重い事情があるのなら、それだけ重く扱ってほしいと思う人もいるだろう。子どもじみたお気楽な感想を言う事は自重していた。
しかし、何かこれが重大な罪に値するほどの外見的問題だと言うのなら、エルテは否定するしかない。
こんな……ある種の少年の夢の具現みたいな姿を罪だと言い張るなら。
「なんて言えば良いのかな……それ本質的にゴツくてキンキラキンなのに、女の人の身体に合わせて細くて優美な曲線を描いているアンバランスさが美しさをさらに加速させてるっていうか……
実際はどうだか分かんないですけど、いかにも生身よりパワーありそうでそういうところも含めて……宝剣! 宝剣の美しさですね、それは!
そもそも、その表面のダイヤみたいな網目模様は反則でしょう! なんですかその耽美の塊!
もう宝石とかアクセサリーで身体を飾るのと同じでしょう!」
シャーロットの義肢を作った職人は、最高の仕事をするべく腕を振るったのだろう。たとえそれが隠されて、無かったことにされるのだとしても。
その義肢はシャーロットにとてもよく似合っていた。人機の融合というSFじみた少年の夢を謳いながら、ただ美しい装身具としても存在する。
シャーロットは姉や妹のように香り立つような華やかさは無いかも知れないが、素朴で愛らしい容姿だ。彼女に埋め込まれた真鍮の輝きは、彼女を更に輝かせるアクセントとして機能していた。
火砕流のような怒濤の勢いの褒め言葉を、伏せた体勢から身を起こして、シャーロットは呆然と聞いていた。
エルテの言葉を理解するのに時間が掛かっている様子だったが、その目にジワリと涙がにじんだかと思うと、彼女はワッと泣き伏した。
「あ、ああっ……」
「殿下!?」
「……ごめんなさ……私、この身体になって……そんな、初めて、言われ……」
エルテが抱えるように助け起こすと、シャーロットは情けなくしゃくり上げながら、土に汚れた袖口で涙を拭う。
「ごめんなさい……『お世話係』のことも、私の身体のことも……
勇者様に秘密にしようだなんて、考えるべきではありませんでした……」
「……謝るのは俺の方です。俺は自分が動いた結果、周りがどうなるかまで考えてませんでした。
まさかこんな理由で切り捨てられる人が出るなんて思わなくて……」
エルテの想いは苦い。
事情はどうあれシャーロットが不要になったのは、エルテの行動のせいだ。
エルテはシャーロットのことだって救いたかったのに。
「この国を見捨てないでほしいって言いましたよね……
もし俺がこの国を嫌う理由があるとしたら、何もかも殿下の負担として被せようとした腐れ根性ですよ」
「……私に、そのように憐れんでいただく価値などあるのでしょうか」
「99人を幸せにできれば、その影で1人が泣いてても平和ですか?
それは王様の理屈です。でも俺は王様じゃなく勇者だから……! 100人まとめて救いたいんです!」
『トロッコ問題』というのがこの世界にはある。
暴走するトロッコ。
レールの先には五人が居て、このままでは五人とも死んでしまう。
しかしポイントを切り替えて脇道に入れば、そこには一人しか居ない。轢かれて死ぬのは一人で済む。
さあ、どうする?
ナンセンスだ。
選ぶだけなら猿でもできる。
不可能を可能にするための無限の探求こそが人を進歩させ、人を英雄たらしめる。
確かに現実は甘くない。だがそれは、エルテが立ち止まる理由にはならないのだ。諦めてしまえば、きっと、それっきり永遠に見捨てられてしまう人が生まれる。
「ああ……だからあなたは勇者なのですね……」
涙に濡れた顔でシャーロットは、憑き物が落ちたように笑った。
「ところで殿下。その身体って、国内の技師の手によるものですか?」
「ええ。機密保持のためにはその方が都合が良いということで……」
確かに、国家のトップシークレットに当たる仕事を国外の職人には任せがたいだろう。
エルテはシャーロットの義肢をじっと観察する。
デザインは素晴らしいし、機能面も問題無いようには見えるが、内実はどうなのかエルテには分からない。
「実は俺、明日から隣の国へ行く予定だったんです。
魔王城からぶんどってきた戦利品の中に古代文明の遺物があったもので、向こうの知り合いに見てもらおうと思いまして。
よろしければ一緒に来ませんか? 寿命の問題を解決できるかは分かりませんが、診てはもらえますよ。メンテナンスとかもしてもらえると思います。
王様には悪いですけど、こういう技術はマキウスの方が上です」
「ご迷惑ではありませんか?」
「全然まったく! お世話になる機会はあんまり無かったですけど、お世話係を離任するのでしたら俺から『今までありがとう』の気持ちです。
それに向こうの人も喜んで診てくれると思います。魔動機械による蘇生なんてマキウスでも……あったかな? まあ少なくとも滅多に無い事例だと思うんで」
大したことはできないけれど、それでもエルテはシャーロットを労いたかった。このままでは彼女が報われない。
もし自己満足に過ぎないとしても彼女に何かしてあげたかった。
「では、お言葉に甘えます」
行く手に待ち受けるものを、シャーロットはまだ知らない。