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#1-5 瑕疵

 白く艶やかな離宮の廊下に、二つの足音が響き合う。


「あらお姉様、まだこちらにいらっしゃいましたの?」


 出会い頭に開口一番。

 シャーロットを粘っこく揶揄したのは、シャーロットにとって腹違いの妹である第三王女・エレーナだ。


 歳はまだ17だったはずだが、万事控えめな体格のシャーロットと対照的に、彼女は母親譲りのメリハリが利いた体つき。

 濃紫の髪は夏の雲のようにふわりと巻いてある。確か、今流行りの髪型だったはずだ。

 夜会に出るように鮮やかで華やかな赤のドレスを身につけている。勇者の『世話係』としてはあまり適さないだろうが、最初の挨拶にめかし込んでくるのは一応間違っていない。


「……ごきげんよう、エレーナ。

 今日からは勇者様のことを万事良きようにお願いします」

「勇者様が女になると聞いた時は驚きましたけれど、理由を聞いて納得致しましたわ。

 男のままでは呪いのせいで、お姉様のような()()しか寄りつきませんものね」


 氷柱を打ち込まれたように冷たい衝動を覚えながらも、シャーロットは静かに俯きやり過ごす。

 エレーナはただ事実を述べているに過ぎないのだから言い返したところで虚しいだけだ。


 そして、シャーロットは決して、何らかの見返りを求めてエルテに侍っていたわけではない。だから、エレーナが自分の後を継ぐのであれば……継げるのであれば。それが本来、最良の形である筈だった。


「お姉様が六年掛けても果たせなかったお役目は、私が果たしてご覧に入れましょう」


 シャーロットははしたなくも、ドレスを握りしめていた。

 言いたい放題言われて何ひとつ言い返す言葉が無いことが悔しい。

 エレーナが言う通り、役目を果たせなかったことが悔しい。

 それでも、自分にはできなかったことでもエレーナであればと思う気持ちがあり、遠ざかる足跡を背中で聞いていることしかできなかった。


 * * *


「私はジョーゼフ四世陛下とノーラ妃の次女、ガンドラ国第三王女・エレーナと申します。

 新たに筆頭お世話係を仰せつかりました。よろしくお願いします、勇者様」


 完璧すぎる微笑みをたたえ、エレーナは軽く膝を折ってエルテに挨拶をする。


 エレーナの第一印象は『いかにも王侯貴族らしい女性』というものだった。

 所作一つから笑い方に至るまで訓練されているという雰囲気がある。シャーロットにもそれを感じなかったわけではないが、エレーナは筋金入りだ。

 胸の大きさは生まれつきだろうから関係無いとして、装いにも気合いが入っている。振る舞いとも相まって、艶然とした雰囲気を醸し出す。確かシャーロットよりも結構年下だったはずなのだけれど、外見的には彼女の方が年上にさえ思えるほどだ。フルーティーな香水の匂いが、弾けたようにふわりと漂っていた。


「これはどうもご丁寧に。

 ご存知とは思いますが、俺が勇者エルテです、エレーナ殿下」

「どうぞエレーナとお呼びください」

「予言された『竜の侵攻』とやらが本格的に動き出したら、この離宮に留まることもほとんどなくなってしまうと思いますが……

 それまではよろしくお願いします」


 こっちの世界に来て以来、エルテはほぼ女性と関わらずに生きてきたわけだが、それはそれとしてこんな風に完璧に身繕いするタイプの女性は苦手だった。理由は単に母を思い出すから。

 しかし態度には出さず、エルテは当たり障り無く挨拶した。


「現状、何かご不自由はございませんか?」

「と言われても元々俺は、家に使用人がいるようなご身分の生まれじゃなかったし、旅の間も大抵、自分の事は自分でやってたもんで……

 あんまりお世話とかされない方が快適なんですよ」

「お世話とは申しましたが、退屈しのぎのお手伝いでも構いませんのよ?

 たとえばゲームのお相手ですとか、お紅茶を飲みながらお喋りをするのでも」

「話……」


 魔王討伐までずっと忙しくて、今も後始末でいろいろとやっているので、ぶっちゃけ空いた時間は暇つぶしよりも一人でベッドでゴロゴロしていたい。

 当たり障り無く追い返せないものかとエレーナを追い返せないものかと考えていたエルテだが、ふと、思いつく。


「あ、じゃあ、すみません。お話っていうか、ちょっと聞きたい事があるんです。

 もし答えられないような話だったらそう言ってくれればいいんですが」

「はい、なんでしょう?」

「シャーロット殿下の右腕……どうかしたんです?」


 あの『スカウター』でシャーロットを見て以来、エルテはその事がずっと気がかりだった。

 健康問題などもそうだが、VIPの身体のことというのは、故あってトップシークレットになることもままある。

 わざわざ探るのもなんだか行儀が悪いように思われたが、エリーゼなら知っているのではないかと思って、なんとなく聞いてみたのだ。


 ――近衛所属のグレンでも知らなかった。でも、もしかして同じ王女なら?


 問うなり、鳶色をしたエリーゼの目に冷たい光がよぎる。

 歴戦の勇者であるエルテは、自信過剰な者が勝利を確信した時にこういう目をするのだと知っていた。


「ああ、やはり……

 あのように姑息な隠し方をしても、勇者様はお気づきになってしまうのですね。

 いつお気づきに? 初めて会った時からでしょうか?」


 やれやれまったく仕方のない人だ、と。

 嘆き呆れながらも、ごく自然で当たり前に見下す調子だった。

 嘲笑う、なんて下品なことはしていない。ただ、人には存在の優劣があるのだということを当然の前提として認識しているからこそできる、朗らかな蔑視。


「お姉様が()()()()()のは10年前のことでしたわ」

「なに?」

「魔物に襲われて、護衛の騎士も殺され絶体絶命……

 その時お姉様は、使えもしない剣を手にして、魔物に立ち向かっていったのです。

 もちろん、そんなことをしても時間稼ぎにすらなりませんでしょう?

 じっとしていた私とお母様は髪一本傷つかなかったというのに、お姉様はあのような傷物となり……

 襲ってきた魔物は結局、駆けつけた別の騎士によって追い払われたのです」


 失う。腕を。

 戦場では決して珍しくもないことだが、戦いの場に出ることもない王女にとって、そうそうあっていいことではない。


 まとまりの無い考えがエルテの脳裏を駆け抜ける。

 義手? シャーロットの腕は普通に動いていたように見える。

 魔法による再生? 王女なら金銭的問題は無いはず。

 立ち向かったシャーロット。

 『傷物』という言葉のニュアンス。


「身を繕い、美しく在ることも私たちの責務。

 私はお母様の教えを受けた幼き日より、擦り傷一つ負うことのなきよう常に気を払って生きております。

 それも理解できなかったお姉様では、やはり勇者様に()()()()()()()()()ようですわね」


 雑巾の絞り汁を練り込んだケーキのように甘く、エレーナは微笑んだ。


 冷たい予感がエルテを貫く。

 宿に忘れ物をして船に乗ってしまった時のような、ダンジョンから帰ってきたら荷物が減っていたような、そんな、取り返しが付かない失せ物をしていたことに気付いた時と同じような感覚だった。


「……おい。何の話だ?」

「お姉様のような方でもお側に置かざるを得ないほど、寂しかったのでしょう?

 このエレーナ、孤独の慰めとなりましょう。

 お相手が勇者様とあらば、女同士であろうとも……」

「おい!!」


 白塗りのティーテーブルが爆ぜるように叩き割られた。


 エルテの手には勇者の力の具現である『聖剣』があった。この剣は言うなればエルテの一部であり、手品のように出したり引っ込めたりできる。

 折れず曲がらず斬れ味抜群。単に武器として見ても無上の性能で、さらに魔王や悪魔など、尋常の手段では倒し得ない相手を殺傷できる。

 雪の結晶みたいな二本の細いブレードを背中合わせにくっつけたような形をしたその剣は、『非モテの呪い』と引き換えに手に入れた故か、刃のなかばにハート型の空洞ができていたりする。


 この剣がテーブルをかち割って、放っておけばいつ果てるともなく続きそうだったエレーナの長広舌を遮ったのだ。


「詳しく話せ。知る限りのことを。

 ただし、なるべく正確に、事実だけをな」


 尻餅をついてへたり込んだエレーナは、声も無く何度も頷いた。

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