#3-14 夜に舞う蝶は
旧魔王国領へのクライバエルの群れによる侵攻。
これに対する防衛は、戦力が乏しいながら全てのクライバエルを討ち取り死者数ゼロという驚異的な結果で幕を閉じた。
「釈然としないです。
結局、この事態の元凶はお咎め無しですか」
「お前その大量のケーキは何だ」
戦いから一夜明け、現在は共同食堂として使われていたらしいマグスレイの街のレストランにて。
ささやかな祝勝会が開かれ、なけなしの酒と討ち取ったクライバエルの肉で宴会が開かれていた。
冒険者たちと魔族の戦士たちが飲み比べをする傍ら、神殿騎士たちは洗練された手つきで上品に料理を喫食している。
エリは日本のファミレスにもありそうな背の高い椅子に座って、五つのホールケーキと向かい合っていた。
彼女が憤懣やるかたない様子なのは、ロウテルファのお偉いさんどもがクライバエルの襲撃に一言も言及せず、今日も何食わぬ顔でフリーダとポルト侯の批難を続けていると伝え聞いたためだ。
この件に関してロウテルファ王国はしらを切り通すつもりらしい。
「向こうも証拠を残さないよう、やり方を選んだわけですから。
私たちも醜聞に関しては潔白を主張し、竜種の襲撃に対して非難声明を出す予定ですが、さて、魔族の言う事を世間のどれほどが信じるでしょうか」
ホワイトソースを掛けたステーキをつまみに白濁した酒をちびちび飲んでいるフリーダの言い方は、卑屈の色すら無く淡々と事実を述べる調子だった。
これまでがこれまでなのだから『魔族である』というだけで信用されがたい確実で、さらにサキュバスであるフリーダがどのような色眼鏡で見られるかと考えれば、おそらく世間一般はロウテルファの言い分を信じることだろう。
「でも教皇庁はブチ切れてるぜ。あっちは少なくとも建前上、目的は一国の利益じゃなく人族の存続だから。もうバカ共に好き勝手はさせないだろう。
まあ……フリーダの汚名を晴らすのは難しいだろうけど」
あまり慰めにならないとは思いつつもエルテは言う。
遠話のマジックアイテムで事の顛末は報告済みだ。政治的な後始末は教皇庁が付けてくれるだろう。
ロウテルファ王国はかなり厳しい立場になるはずで……しかしそれはあくまでお互い、雲の上での話に留まるだろうという予感がしていた。一般市民がそれを知る事はなく、フリーダは悪者のままだ。
「勇者様、折り入ってお願いがあります。あなたの旅に私も同行させてはもらえないでしょうか」
「いいけど?」
「即答です!?」
フリーダのお願いをエルテは二つ返事に承諾した。
かつて魔王軍で幹部だった彼女はむしろエルテのパーティーに是非欲しい人材(魔材?)だし、少なくとも信頼できる相手だとは思っている。
「私が政治交渉の表舞台に立つのは、少なくともしばらくは無理です。
暇を持て余す予定なので、それを有意義に使いたいのです。
竜との戦いでどれほど役に立てるかは分からないですが……私は魔王軍に顔が利きます。サキュバスはコミュニケーションで生きているようなものですから」
フリーダは、あっさり承諾されて勢い余ったのか、言い訳のように売り文句を並べた。
「どーせ『勇者について回って名声を積み上げ、汚名を雪ごう』とか考えてるです」
「否定はしません。
私は生き残った魔王国の民を導かねばならない立場です。再び表で仕事をする道があるのならそれを実現したい。
それに勇者様について回れば、魔族全体のイメージアップにも繋がるでしょうし」
フリーダは包み隠さず打算を口にする。
エリはそれ以上何も言わず、大きめに切り分けたケーキを一口で呑み下した。
「安全は保証できないけれど……」
「その心配は私への侮辱です。私は武人ですよ?」
「そっか。ならよろしく」
「よろしくお願いします!」
「すまない、よろしく」
エルテとシャーロットが手を差しだし、フリーダはそれぞれと握手をした。
その手は美しく、柔らかくてこそばゆい感触だったが、内には剛毅な芯があるように感じられた。
「……ところで、髪黒くなってるのはなんで? 染めたの?」
エルテはずっと気になっていたことを聞いた。
フリーダは確かにどう見てもフリーダなのだが、黄金の穂波のようだった髪はカラスの濡れ羽色に、澄んだ碧眼は深く神秘的な黒になっていた。
しかも着ている服は革鎧でもスーツでもなく、エルテが転移前に通っていた砂片第二高等学校の女子制服。黒に近い紺色の古式ゆかしいセーラー服だ。
「あら、ご存じなかったのですか。
アマガエルの擬態のようなもので、サキュバスは肌や髪、目の色くらいはある程度自分の意思で変えられるんです」
「おおう……そんな生態だったのか」
「黒は夜の色、私たちにとっては神聖な色です。
夢で垣間見たあなたの記憶で、何故か皆が黒髪黒目だったのでそれに合わせてみたのです。あなたともお揃いですね」
にこやかな笑顔に、有無を言わさぬ圧がある。
「じゃあ、そのセーラー服は……」
「こんな変な服どこから調達したです?」
「縫いました。必要な衣装を自作するための裁縫術もサキュバスの教養です」
「DIYぃ!?」
しれっとフリーダは凄いことを言う。
確かに生地の違いなどから質感まで完全再現できてはいないものの、ぱっと見には分からないほどの代物。
エルテの記憶を垣間見ただけで再現できたのだとしたらとんでもない技術だ。
「好みなのでしょう?」
「いや、その……似合ってるとは言いましたが」
にんまり笑ってフリーダが顔を寄せる。
そう、確かにエルテは昨日言った。似合っていると。
だが、だからってまさか自分で同じものを作って着てくるとは思わなかったのだ。
「あのー、文化的背景を説明致しますと、その服は俺が居た世界の俺が居た国で、学校の制服として主に10代の女の子が着るややレトロな制服でして」
「うむ」
「実際その年頃の子が身につけるならともかく、大人の……特に色気のある女性が身につけますと、そういう趣向の店を連想させると申しましょうか」
「ほう!」
フリーダの体格はサキュバスとして平均的。つまりセックスシンボル的美女だ。
背は人間の平均より少し高く、付くべき所に肉が付き、引き締まるべき場所が引き締まった体躯。
どう見ても高校生には思えない彼女がセーラー服を着ていると、そのアンバランスさからどうしても何か別のものを想像する。
ということをオブラートに包んで言うと、フリーダは眼鏡を輝かせた。
「概ね理解しました!
あなたの出身地は、なかなかハイコンテクストな性風俗文化が存在する世界だったようですね。実に興味深い! 是非とも詳しく話を聞かせてくれませんか?」
「あ、そっちに食いつくの!? いや俺も転移してきた時16歳で、そういう店とか出入りできなかったからよく知らないけど……」
「まあ、お気になさらず。
こっちの世界でこの服を見たところで、変な格好だと思う者はあれど、性的な事物を連想する者はそう居ないことでしょう」
安心しろとでも言うようにフリーダは、エルテの肩を軽く叩く。
そしてその手は首筋を這うように伸びてきて、エルテの顎の下をくすぐった。
「あなた一人を除いては、ね」
「うん……うん?」
「うふふふ! 『ハーレムパーティー』の一員としては実に似つかわしいのではありません?」
砂糖を吐きそうに甘ったるく、フリーダは笑った。
楽しげに、悪戯っぽく、獰猛に。
――墓穴だったかも知れない……
『ハーレムパーティー』なんて言葉を軽率に使ったことも、彼女を引き入れたことも。
勇者は若干後悔した。
ここまでお読みくださいましてありがとうございます!
続きをお楽しみにしてくださっている皆様には大変申し訳ないのですが、本作品はこれにて更新サスペンドとさせて頂きます。
今後の更新予定は未定ですが、続きを書きたい気持ちはあるので本作品が書籍化するとか、他作品の馬鹿売れ・宝くじ三億円・石油王襲来などによって作者に金の心配が無くなれば続くものと思われます。




