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#3-13 あまねき救い

 エルテの手に再び聖剣があった。

 SFメカのウイングじみた細長い刃を、背中合わせに二本くっつけたような外見。

 曲がりくねった赤白二本の刃が型抜き状に描く、剣中央の空白部分はハート型だ。


 そんな聖剣が、二本の刃として分離し、エルテの両手にそれぞれ収まる。

 割れて半分ずつのハートを描くような形の剣が二振り。そして、白かったはずの片割れの刃は根元から黒く染まった。


 赤と黒の二刀流。

 使う機会が少なすぎて使いこなせていなかった解放形態トゥルーフォーム。おまけに燃費も悪く、エルテの力をドカ食いするのでおいそれとは使えない。

 しかし『非モテの呪い』と引き換えにエルテが手にした聖剣は、その呪いの反動に相応しい力を秘めていた。

 それは世界の危機に直面してのみ解禁される、勇者の切り札だ。


 両手から血を吸い取られているようだった。

 残り滓のようなエルテのエネルギーを聖剣が吸い上げているのだ。

 この状態は消耗が激しいため十全な状態で行使しても長時間は保たず、特に耐久戦や時間稼ぎには向かない。

 しかしもはや限界など超えている。なら、もう、どうせ、後先のことなど考えていられない。


 ――ヤベえよ。ヤベえってのは分かってんのに……


 翼のように双剣を広げ、エルテは己の高揚を噛みしめる。


 ――なんか知らんが、すっげえ調子が良い! 今の俺なら、この剣を十全に使える!


 剣が、手に馴染む。

 まるで刃の先まで神経が通っているかのように。


「ギアアアアアア!!」


 群れ長の咆哮。

 二頭の取り巻きはそれに従い、タイミングを嫌らしくずらして向かってくる。


 ――また連携か。なら……


 エルテは双剣のうち赤い片割れを掲げ、その力を解き放つ。


「ギッ!?」


 取り巻きAが加速する。

 と言うか、突進以上の速度でエルテの側に引っ張られていた。


 ――その足並みを乱す!


 赤き刃は『あいの剣』。

 物体、生物、魔法的概念に至るまであらゆるものを惹き付け、引き寄せる力を持つ。


 脚が空回りした取り巻きAは、そのまま巨体を宙に浮かせた。

 そして吸い込まれるようにエルテに向かって飛んでくる。


「うおっ!?」


 想像以上の効果を発揮して、逆に剣を手にしているエルテの方が驚いた。

 相手をズッコケさせて引きずる、くらいのつもりで使ったのに想像の三倍くらい効いている。


 ――マジか、これこんなに吸引力あったのか? 前使った時はここまで問答無用じゃなかったような……


 ともあれ、宙に浮かされたクライバエルはほぼ何もできない。

 吸引を止めても慣性で無防備に飛んでくる取り巻きA。

 エルテはその巨体の下を掻い潜り、擦れ違いざま双剣でバツの字に斬り付けた。


「ギュイイイイイ……!」


 岩のように巨大なクライバエルの右後脚が足首で切断された。

 いかに強靱な足腰を持つ走竜と言えど片脚では立ち上がることかなわず、取り巻きAは結界の端に頭から突っ込んでそのままのたうち回る。


 突然の異常事態に残りの二頭は、やや距離を取って様子をうかがう。


「ギアアアアアア!」


 群れ長の喉の奥が赤く光り、鋭い牙の合間から火の粉が漏れた。

 炎のブレスだ。


 放射型のブレスはエルテくらいになるとあまり脅威ではない。問題は早くて威力が高いファイアーボール型。

 群れ長はそれを分かっていて、エルテにはボール型のブレスを使っている。


 群れ長がブレスの予備動作を取るや、取り巻きBが突撃態勢を取る。

 Bの突撃と同時に群れ長がブレスを浴びせて隙を突く作戦だろう。

 Bへの対応に気を取られればブレスが直撃する。原始的で単純だが効果的な戦術だ。


 飛来する。炎が。

 疾駆する。巨体が。


「そのブレス……」


 向かってくる炎の塊目がけ、エルテは黒い剣を掲げた。


「返品してやる!」


 ブレスの軌跡がねじ曲がった。


 地面で弾むゴム鞠のように跳ね返されたブレスは、エルテが剣を持つ手首を返すと微妙に角度を付け、突っ込んで来る取り巻きBの鼻面へ叩き付けられる。


「ギ!?」


 炎のブレスを操るクライバエルの鱗は、もちろん炎に強い。

 しかし炸裂したブレスの爆圧によって牙が数本折れ飛び、大きくのけぞる。


 黒き刃は『別離わかれの剣』。

 これは分かりやすく、『逢の剣』と反対の効果。

 あらゆる事物に対して斥力を発生させる。


 ――よく分かんないけど、こっちの力も増してる?


 ともあれ即座にエルテは跳躍し追撃した。

 のけぞったBの顎目がけ、黒い風となって。

 強靱な竜の鱗に、救世の剣は何の抵抗も無く潜り込む。


「アアアアア!?」


 ただの音でしかない声をクライバエルは上げた。

 取り巻きBの下顎が斬り落とされ、さらに剣は片目を切り裂き潰していた。


「ギアアアアアア!!」


 群れ長が即座に咆える。

 怯みかけたBが踏みとどまり、片方だけの目でギロリとエルテを睨んだ。

 倒れていたAも、その巨体に反して小さめの前脚で身体を持ち上げた。


 動けないAは息を吸い込んでブレスの予備動作。

 Bと群れ長は若干破れかぶれな勢いで地を踏みならし、エルテに向かってきた。

 タイミングをずらすとか、そういう小賢しい真似はもう放棄した様子。

 いかなる犠牲をも許容してエルテを倒し、状況を打開するという背水戦法だ。


 ――作戦を捨てて力づくか! そこまで考えてるかは知らないが、三頭同時は確かにキツイ。

   こっちのエネルギー切れも近い……


 から元気も長くはもたない。

 エルテが振り絞った残り滓のような力も尽きようとしていた。


 故に、最短の一撃を。

 大技ではなくて、致命的な小技を。


 Aを一瞥し、エルテはブレスの軌道を見切る。

 エルテではなく足下の地面を狙っている。避けられても炸裂させてエルテを巻き込む算段だろう。

 多少のダメージは許容しつつもエルテはなるべく大きく後退し、ブレスを回避する動きを取った。


 放たれる火球。

 地を揺らし向かってくる二つの巨影。


「すっ転べ!」

「ギ!?」


 エルテは左右の剣を同時に起動した。


 取り巻きBの脚を引っ張り、群れ長の脚を遠ざけて、二頭を転ばせる。

 Bは尻尾を巻き込むように尻餅をつき、群れ長はヘッドスライディング状態で地面に突っ込んだ。


 ほぼ同時、Aのブレスが着弾。

 腕で顔を覆ってエルテは踏みとどまる。

 痛い。熱い。死んではいない。


 エルテは剣の力を作用させる先を即座に切り替えた。

 群れ長の下半身から尻尾にかけて斥力を働かせ、上半身には引力を与える。


 神殿の石柱でも飲み込んだように、群れ長の身体が真っ直ぐに伸びきった。

 ミシミシと巨体の中で骨の軋む音がした。


「グ。ガガ……」

「……よし、良い子だ」


 呼吸もままならぬ様子で群れ長は泡を吹く。

 その目はエルテへの憎しみに燃えていた。


「済まないな」


 感慨にふけっている余裕など無い。

 エルテは無情な双刃を振り下ろし、群れ長の首を刎ねた。


 * * *


 三頭の竜の死体。

 崩れて消えていく結界。

 空は青く、風はきな臭くも爽やかで、そして、静かだった。

 精根尽き果てたエルテは大の字になって地面に倒れていた。

 寝たら死ぬような気がして目だけは開けていた。


「勝ちましたか」

「うわっ!」


 いきなり思いがけぬほど近くから声がしてエルテは跳ねるように身を起こす。


 扇情的な露出過多の革鎧を着て、腰に蛇腹剣を帯びたフリーダが立っていた。


「いつの間に……」

「さっきからです。街壁の指揮を部下に預けて様子を見に来ました。

 そして、どうも危なそうだったので、一か八かの手ではありましたが手助けを致しました」

「手助け?」


 フリーダの蒼い目が少し細められる。


「サキュバスは夢を操るもの。あなたが見た白日夢は、まあ、一種の催眠術のようなものです。

 あなたを駆り立て、限界を超えた力を引き出したのです」

「さっきのあれ、フリーダがやったのか? ……って!」

「無理に動かないように。今の無茶で身体はボロボロの筈です」


 起き上がりかけてエルテは激痛に崩れ落ちる。

 全身骨折しているんじゃないかというくらいギシギシと身体が痛み、世界一周マラソンでもしてきたかのように身体は疲れ切っていた。まともに動けない。


「肩を貸しましょう。掴まってください」

「済まん」


 フリーダは意外なほど強い力でエルテの身体を引き上げ、肩を貸した。そしてエルテを引きずるように歩き出した。


「……俺さ。全部助けたかったんだよ。

 99人を幸せにできても、1人がその犠牲になるようじゃダメだって。

 全てを救うことができるなら死んでもいいって、割と本気で思ってた」

「ええ、そのようですね」

「でもそれ、矛盾してるよな……」


 全てを救うことができるなら死んでもいい。

 ……それは、単なる犠牲の肩代わりだ。

 エルテがそれで良かったとしても、エルテを犠牲にして助かった者たちに同じものを背負わせてしまう。


 育ての親を犠牲に永らえたあの日から、エルテは自分自身の価値を信じがたくなっていた。

 だから自分をどこまでも粗末にできた。

 自分がまた誰かにとって大切なものなのだという視点を欠落させて。


 フリーダは少し苦笑した気がした。

 しょうがない人だ、とでも言うように。


「なら世界の全てを救ってみせてください、勇者様。

 あなた自身も含めた世界を」

「善処しまーす。

 ……あ、セーラー服メッチャ似合ってたよ。やっぱ眼鏡委員ちょ痛え!!」


 突然手を離されてエルテは為す術無く地面に叩き付けられる。


「なんで急に落とすの?」

「いいいいいですか、相手を褒める時はまず最低限のムードを作りなさい!

 状況にそぐわない不意打ちはいたずらに驚かせるだけで、あまり効果がありません!」

「は、はい」

「まあ、その驚きを楽しむのも恋の道楽の一つである事は認めますが……」


 ずり落ちそうになった眼鏡を、サキュバスは掛け直す。

 なんだか頭の芯を痺れさせるような良い匂いがしていた。

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