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#3-12 クライバエル猛襲④

「ギアアアアアア!」

「ギアアアアアアアアアア!!」


 クライバエルたちが咆え交わす。

 この咆哮は標的に対する威嚇でもあるが、戦いの中で連携を取るためのコミュニケーションにもなっている様子だった。

 

 群れ長のクライバエルは、いくつかの傷がその身に刻まれた風格ある佇まい。

 その力も他より抜きん出ているが、統率力の方もなかなかのもので、エルテが使った『ボス結界』に共に閉じ込められた二頭を巧妙に動かして連携していた。


「強えな……ゲホッ!」


 聖剣を支えにエルテは立ち上がり、血混じりの唾を吐く。

 戦装束は返り血と、エルテ自身が流した血によって赤く染まっていた。

 恐ろしい強度を誇るはずの防具なのに、一部には穴も空いている。


 殺されないようにするのが精一杯だった。

 魔王にすら勝利したエルテだが、これは相手が悪い。

 単純に三重の肉弾は強力だ。さらに魔王や取り巻きの悪魔たちは仮初めの肉体を得た悪性精神体に過ぎず、勇者が持つ聖なる力に対しては脆弱だったのだが、竜たちはこの世のものならざる異質で邪悪な魂を強靱な物理的肉体に包んでいる。

 まず肉体を破壊しなければ聖なる力も通りが悪く、先手必勝で被害を抑えることも難しい。

 まして、この狭い結界内に三頭も閉じ込めて、全ての相手をするとなれば。


「ギアアアアアア!」


 群れ長の咆哮を合図に取り巻きAが飛びかかってくる。

 単純な踏みつけだ。

 だが回避してカウンターを決めようとすれば、Aの隙をカバーするタイミングで向かってくる取り巻きBにやられる。先程はそれでやられた上、群れ長にコンボを決められて大打撃を負った。


 やや大げさな軌道でAの踏みつけを回避したエルテは、続くBの火炎放射に聖剣一閃、魔力の圧力で吹き払う。

 炎を吐きながら突進してきたBを飛び越え、その背中を蹴りつつ斬り付け……


 否! 無理だ、そんな余裕は無い。己こそが真打ちとばかりに群れ長が迫る。

 攻撃を諦めて飛び降りたエルテ。

 しかし、そのエルテ目がけて味方の巻き込みも厭わない一撃が見舞われる。

 突進の遠心力も乗せて、鞭のように……こんな破滅的な威力のあるものを鞭に喩えられるかは分からないが……振るわれた群れ長の尻尾がエルテを捉え、取り巻きBの脇腹と挟んで叩き潰したのだ。


「ぐっ……!」


 聖剣の峰で尻尾を受け止め、エルテは衝撃を軽減した。

 常人であればミンチ確定の一撃。戦いの経験を積み、さらに勇者の力も宿るエルテの肉体は確かに強靱だが、それにも限度というものがある。


 尻尾が振り払われると、エルテは受身も取れず地に落ちる。

 聖剣はエルテの手を離れるなり光の粒子となって散り、エルテはもう起き上がれなかった。


「はぁっ……はぁっ…………」


 呼吸の度に身体が破裂しそうだった。

 吸い込まれてしまいそうなほど空が青い。


 ――時間は稼げた……


 意識を手放すまいと、エルテは自身の思考に縋り付く。

 妙に頭が冴えて思考が高速化していた。

 この感覚には幾度か覚えがある。死の間際で思考が加速する、いわゆる走馬灯というやつだ。


 ――街壁組は上手く勝てたか? 分断組は頭数を減らせたか? なら……ここで俺が死んだって無駄死ににはならない……


 エルテは全身で足音を感じる。

 死んだふりではないかと一応の警戒をしつつ、三頭のクライバエルが距離を狭めているのだ。


 結界の外からはまだ咆哮が聞こえ、どこかでは砲声も響いている。

 戦況が気に掛かるが、それを探っている余裕も無い。


 この状況でもエルテが考えるのは、守るべき人(と言うか魔族)のことだ。

 エルテが死のうともこの世界は続き、人々はそこに在る。

 彼らを救い、その命を繋げるのだとしたら、ここで命が尽きようとも悔いは無かった。


 ――俺が死んだらどうなる? まだ危機は本格化してない、今から勇者召喚をすれば間に合うはずだ。

   シャーロットはもう大丈夫だろう。エリちゃんは……俺無しで立場大丈夫だろうか。教皇猊下に話は通しといたが……


 もし、まだ心残りがあるとしたら。


 ――これから……まだ助けるべき人が居たはずなのに……


 魔王を倒す旅の途中で出会い、救えなかった人々。

 これからエルテが出会うはずだった人々。

 まだ見ぬ『エルテの次の勇者』は、皆を救ってくれるのだろうか。


 身じろぎもできぬエルテに、死の顎門あぎとが迫っていた。


 * * *


 エルテは現実感が曖昧なまま宙に浮いて、地面を見下ろしていた。

 鮮血の中に倒れ伏しているのは……それもまたエルテ。

 あまり直視したくない惨状だ。


 ――あれは、俺か? 俺、死んだのか?


 幾人かがエルテを囲んでいた。

 シャーロット、エリ、フリーダ、そしてテンラを初めとした足止め組の面々……


『エルテさん、どうして……どうしてこんなことに……』

『ふがいない巫女です。本当に……』


 跪いてはらはらと泣くシャーロット。

 エリはむくれたかのようにそっぽを向いていた。


 まずエルテの胸に湧いたのは、どうやら戦いは上手いこと勝ちを収めたらしいという安堵感。

 エルテが時間稼ぎをしている間に他の場所では勝利を収め、手の空いた者たちがエルテの相手だった群れ長たちを倒せたのだろう。

 ほっとすると同時に、悲しむ者たちを見て締め付けられるような申し訳なさが襲ってきた。そして、自分は死んでしまったのだという自覚が。


 * * *


 突然、時間と場所が変わった。

 まるでテレビのチャンネルでも変えるかのように全てが変わった。

 しかし、確かに先程見た光景の先にこの場所が存在しているのだとエルテには感じられた。


 そこは教皇庁に属する中央大神殿の大聖堂だった。

 小さな城ならすっぽり収まってしまうのではないかと思われるほど広大な空間にぎっしりと人が詰めかけていた。


 深紅のマントを羽織った王の姿もあれば、襤褸ぼろを着た貧者の姿もある。

 人間のみならずエルフ、ドワーフ、獣人種、魔族の姿さえ。

 その姿は多様ながら、彼ら彼女らが祈り悲しむ気持ちに違いは無いように見受けられた。


『皆で勇者エルテのため祈りを捧げましょう』


 光が差す最奥の祭壇に棺が置かれ、その前で絢爛な装束の女教皇が厳かに述べる。

 顔つきは厳めしいが若々しい。というのも尖り耳と新緑色の長髪が特徴的な彼女はエルフであるからだ。


『彼は……彼女は魔王を倒して世界を救い、そして魔族を守るために命を落とした。

 世界のために尽くし、人魔を問わず命のために尽くした。

 その気高き心にこそ我らは救われたのです。

 もうこの世に彼が居ないということが……どれほど……』


 弔辞を述べる教皇が言葉を詰まらせると、想いが伝播したようにすすり泣く声が上がった。


 * * *


 気が付けばエルテは変な場所にいた。

 ゆったりとしたソファ……ではなく座席シート

 豊満な胸部に切れ込みを入れる頑丈な化学繊維の帯。

 流れゆく灰色の景色。ハンドル。


 ――なんで俺、運転してんだ? 免許も取ってなかったのに……


 エルテは乗用車を運転していた。

 今となっては懐かしくもある、地球の日本の道を走っていた。


「きゃああっ!」


 悲鳴が聞こえる。

 この車内ではない場所から。


「やばいやばいやばい!」

「蛇行してる! 蛇行してるよ!」

「運転手どうかしてない!?」


 ふと声がする方に目をやれば、マイクロバスが併走していた。


 何故かエルテには、路上の騒音と窓ガラスに遮られて聞こえないはずのバスの中の会話がハッキリと聞こえていた。

 聞き覚えのある会話だった。


「警察! 救急車!」

「け、警察何番だっけ」

「スマホスマホ!」


 バスの車内は女子高生率が高い。

 蛇行するバスの中で彼女らは騒然となっている。


 忘れるはずもない、結城亞留斗の人生を変えた、あの事件の光景だ。

 もっとも、本来はエルテもあのバスの中に居た側だし、顧問である巴の乗った車はもっと先を走っていたはずだが。


 そう。この後マイクロバスは速度を上げ続け、そして亞留斗はそれを止めるために……


 ――フリーダ!?


 奇妙なことが起こっていた。


 併走するマイクロバスの車内。

 意識を失った運転手に飛びつき、アクセルから引き剥がそうとしているのは結城亞留斗ではなく、フリーダだった。

 砂片すなかた二高の制服である古風なセーラー服を着て、日本人的な黒髪黒目になっていたが、その姿はフリーダ以外の何物でもない。


 必死でブレーキを踏んだフリーダ。

 だが、目の前には停車している大きなトラック。

 このままバスが突っ込めば大惨事は免れない。

 併走しているのはエルテが運転する乗用車。

 この後どうなるか、エルテにはよく分かっていた。


 暴走するトロッコ。

 レールの先には五人が居て、このままでは五人とも死んでしまう。

 しかしポイントを切り替えて脇道に入れば、そこには一人しか居ない。轢かれて死ぬのは一人で済む。

 さあ、どうする?


 エルテはポイントを切り替える側だった。

 そして結果を償いたかった。

 その償いの旅路は、今ここに終わろうとしていた。

 けれど………………


 * * *


 眠り掛けて跳ね起きた時のように、エルテの身体がびくんと動いた。


 世界が戻って来た。

 咆哮、砲声、地響き。

 全身の痛みも、血のニオイも。

 エルテは未だ仰向けに倒れ、空を見ているところだった。


 ――なんだ今の……? 走馬灯?


 死んだような気がしたのに、エルテはまだ生きていた。

 時間が巻き戻ったかのようだ。それともリアルすぎる白昼夢を見ていたのか。

 心臓が脈動し、エルテの肉体に血液と魔力を循環させる。


 ――俺は……まだ生きてる! 死んでない! だったら……!


 ミスリルをも噛み砕く、クライバエルの死の顎門がエルテに迫る。

 エルテの手が、ざりりと土を掴んだ。


 ――死ぬわけにはいかない!!

   そんなことをしたら、俺と同じものを誰かに背負わせるだけだ!!


 断頭台の刃の如き顎門が閉じる刹那、エルテは横に転がって攻撃を躱した。

 そのままエルテは受身の要領で起き上がる。


 今にも倒れそうな程、全身は虚脱していた。

 だがエルテはまだ立っていた。もう一度立ち上がった。


「聖剣よ……我が祈りを聞け。我が力となれ!!」

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