#3-11 クライバエル猛襲③
分断され、足止めされたクライバエルたちは、それぞれの相手と対峙していた。
「ギアアアアアア!」
「あなたも大切なものを守ろうとしているのですね……」
発達した強靱な後脚のみで立つ巨竜は、シャーロットに向かって嵐のように吠え立てる。
恐ろしい相手だ。恐ろしいに決まっている。
それでもシャーロットは退かない。
「ごめんなさい。私もそうなんです」
足止めを行う精鋭部隊は、この中で最も戦闘経験が豊富なエルテと、最も指揮経験が豊富なフリーダが相談して布陣を決めた。
シャーロットは戦ったことなどろくに無いのだけれど、戦力としての評価は掛け値無しに、単独でクライバエルと戦いうるものだというのが二人の意見だった。
エルテは気が進まない様子も見せたが、シャーロットには否やもない。
この身体が誰かを、そしてエルテを守ることになるのであれば、それは喜ばしい事だった。
「ギィィアアアアアアア!!」
一本道からシャーロットの前に弾き出されたクライバエルは、咆哮とともに襲いかかってくる。
巨木のような後脚で大地を踏みつけ猛進し、そして、巨体をものともしない跳躍。
爪と体重によるのしかかり攻撃を仕掛けてきた。
「はっ!」
シャーロットは落下してくる質量兵器を横っ飛びで回避。
さらに、既に裸足になっている足の裏から魔力を噴出し、推進力を得て加速。即座に側転して起き上がった。
星でも降ってきたかのように地響きがした。
攻撃を回避されたクライバエルは、訝しみつつ苛立っている様子だった。
――雑に踏みつけてきた。一番簡単な攻撃を……
シャーロットの頭脳と融合した魔動演算器は、刻印された制御術式に従い、脊髄反射に近い速度で戦術判断を下す。
脚力が発達したクライバエルにとって、この攻撃は最も疲労がないものの一つだろう。
飛び上がってしまえば空中では制動手段が無いのだから、動きは単調で隙もできる。
シャーロットはその程度の相手と思われているのだ。
――この個体は、まだ私を脅威と見做していない。
義母と妹を守るために命を落とし、魔動機械技術によって蘇ったあの日から成長を鈍らせたシャーロットの肉体は比較的小柄で、外見的に分かる武装もしていない。
そんなシャーロットに脅威を見て取ることは難しいのだろう。
『気』に聡い相手であれば、埋め込まれた古代遺物の魔力炉が発する魔力が総身に満ちていることを読み取り、警戒したかも知れないが。
――なら!
どうするのがいいか。
戦闘経験が乏しいシャーロット自身の判断は未熟でも、ひとまずの最適解なら制御術式が知っている。
クライバエルの次なる攻撃。
少し様子を見る気になったらしい竜は、猛進しつつ鋭角的な頭部の口を開き、鋭い牙が生えた口で噛み付きを仕掛けてきた。
シャーロットは牙を掻い潜り、懐に飛び込んで躱す。左右や後方に逃げたところで追われるという気がした。
一瞬、クライバエルはシャーロットを見失う。
自分の身体の下に彼女がいると気付いたクライバエルは、地団駄を踏むようにしてシャーロットを踏みつけようとした。
「ギッ! ギアアアア! ギアアアアア!」
踏みつけ。
薙ぎ払われる尻尾。
引っかけて捕らえようとする前脚。
火の粉を吐きながら噛みつこうとする顎門。
デタラメに踊り狂うようなクライバエルの猛攻を、シャーロットは近距離で纏わり付いて躱し続けた。
――最初で最後の一撃を! 油断している間に、致命の一撃を……!
右の義眼の視界には、現実の風景に被せて種々のグラフや出力ゲージが表示されていた。
感知可能な表皮の魔力強度だけでも、ある程度は頑丈さを推し量れる。クライバエルの肉体強度は、あのワイバーン以上だ。
一対一の戦いだ。徹甲榴弾のような時間の掛かる大技は使えない。
かと言って半端な射撃では鱗を貫けない。
必要なのは、戦いを終わらせる一撃。
そのための隙。
やや長い首を薙ぎ払うような噛み付きをシャーロットは跳躍して回避。
そして、角に手を掛け額を蹴って、クライバエルの首に組み付いた。
「ギッ!?」
シャーロットの左手の三本の義指から魔力が噴出し、クライバエルの鱗を穿ち、その肉体にズブリと指を突っ込んで身体の支えとしていた。
そしてシャーロットはクライバエルの喉笛を右手で掴む。
「抜剣!!」
シャーロットの右腕が火を噴いた。
青白く揺らめく炎のような高圧魔力刃が展開され、クライバエルの喉を深々と刺し貫いたのだ。
「ギュボッ! ギッ! ゴフッ! イイイイイイ!!」
「きゃあっ!」
クライバエルがのたうち回る。
喉と口から血を吹きながら、飛び跳ね、転がり、右へ左へ身体を振った。
牙の隙間からは火打ち石のような火花が幾度も爆ぜた。喉を傷付けられたことで火炎のブレスを使うための物理機関が損傷したようだ。
振り回されながらもシャーロットは必死でクライバエルにしがみついた。
そして右腕を捻り、傷口を広げた後、渾身の力で掻っ捌く。
「はあああああっ!」
「ギュ……」
鮮血の花が咲いた。
脚をもつれさせるようにクライバエルは倒れ込み、その身体を蹴ってシャーロットは着地。
「はぁ……はぁ……」
シャーロットは大きく深呼吸をする。
大地にゆっくりと、巨体から流れ出た大量の血液が染み渡っていった。
クライバエルは数度痙攣し、そして動かなくなった。
◇
「ギアアアアアア!!」
「ぬおおおおおお!!」
その隆々たる肉体にとってさえ重い金棒を肩に担ぎ、テンラは突進した。
クライバエルは正面から迎え撃つ構え。
食いしばった牙の隙間から炎が零れ、がばりと口を開くと燃えさかる火の玉を吐き出した。
一口にブレスと言っても吐き方は様々だが、ポピュラーなのは放射状に吹き付けるものと、着弾点で爆ぜる炸裂弾。
これは後者で、炎のブレスなので言うなればファイアーボールだ。
炎の砲弾はテンラ目がけて飛び、その分厚い胸板に思い切りぶち当たって炸裂した。
「効くかあっ!」
炎を振り払ってテンラはさらに猛進した。
テンラの属する種族『オニ』は、炎を吐いたり風雷を操る者もあり、そのためか種族として火と風の属性に対して高い抵抗力を持つ。
もちろんブレスの物理的爆圧にはダメージを受けることもあるのだが、鍛え上げられたテンラの肉体は多少のかすり傷を負っただけだ。
必殺のブレスが直撃したのに全く平然と向かってくるとは思わなかったようで、クライバエルはブレスを吐いた姿勢のまま、無防備な頭部を晒していた。
「どらああっ!」
「ギッ!」
振り下ろされた金棒がクライバエルの頭部を痛打。
強靱なはずの鱗がひしゃげて割れ、クライバエルはよろめき後ずさった。
しかし。
「ギアアアアアアア!!」
「ぬん!?」
血の泡を吐きながらデタラメな咆哮を上げると、クライバエルは踏みとどまって肩からテンラにぶつかってくる。
オニは、魔族の中でも『巨人種』と呼ばれるものの一種。人族より遥かに大きく、比例して体重も増える。
だがクライバエル成竜の重量は、そのテンラの数倍となる。それが強烈な脚力によってぶつかってくるのだ。
「ぐ、おっ!」
意識を刈り取られそうな衝撃だった。全身の骨が軋む音をテンラは聞いた気がした。
吹き飛ばされることは防いだがテンラは地面を削って後ずさり、クライバエルはそのまま押し倒そうとさらに圧を掛けてくる。
「ギ……」
「ぬ…………」
テンラは金棒を手放し、ゴツゴツとした鱗まみれの背中に手を掛けた。
テンラの足が大地を掴み取り、後退を止める。
背中から肩に掛けて、いや全身の筋肉が躍動し、燃え上がった。
「うおおおおおおおおっ!!」
「ギッ!?」
テンラは竜に負けぬほどの咆哮を上げた。
その巨体に反してやや細長いクライバエルの首に手を掛け、テンラは力尽くで引きずり倒す。
そうするなりテンラは放り出していた金棒を蹴り上げて手に取ると、そのまま弧を描くようにクライバエルの腹部に振り下ろした。
「いい加減にっ、しろお!」
「ギュッ!」
金棒の突起がクライバエルの腹甲を突き破り、あばらか何かを砕いて内臓を潰す。
クライバエルは血反吐を吐いて悲鳴を上げた。
直後、丸太のような尻尾がテンラの横っ面を狙う。
「グギイイ!」
「うっ!」
クライバエルは尻尾でテンラを薙ぎ払いつつ起き上がる。
半面がひしゃげて、潰れた胸からは血も滴っていたが、未だ闘志満々。
むしろテンラを脅威と認めたために、テンラを倒して生き延びるべく必死になっている様子だ。
「ぐふぅう……やるな。
この俺様が一頭しか止められなんだか……二頭三頭は相手をする気だったのに……」
テンラは牙を噛みしめる。
クライバエルは竜の中では低知能で、特筆すべき能力もほぼ無い力押しの竜だが、それでも劣種竜ではない。異界より来訪してこの地に根付いた、純血真正の竜だった。
そのクライバエルと渡り合うには、魔王軍で一角の地位にあったテンラとは言えど、一対一が限界だった。
「勇者は無事か……!」
少し離れた場所には、敵を閉じ込めるための光の結界が張られていた。
その中にはエルテと、群れ長を含む三頭のクライバエル。




