#3-10 クライバエル猛襲②
踏みしめられた大地が悲鳴のような音を立て、舞い上げられた後塵が地平線を霞ませる。
18頭からなるクライバエルの編隊は、猛然と西へ向かって走っていた。
いかなる作用によるものか、全力疾走を続けているのに疲労した様子も見せずひたすらに猛進している。卵の香りに……生まれてくることのできなかった仔の香りに惹かれて、一直線に西へ。
ひたすらニオイを頼りに真っ直ぐ進んでいるので、その動きは単純だ。
そして竜たちは左右の地面が丘のように盛り上がった地形に差し掛かる。
ニオイに従って真っ直ぐ進んではいたが、道は徐々に狭まり、やがて群れは壁のような地形に挟まれた谷間を縦一列になって走る状態になっていた。
「やっぱり頭は良くないようです。こんな不自然な地形に疑問も持たず踏み込んでくるなんて」
ふわりと空に浮かんだエリは、猛進する竜の群れを見下ろして呟く。
この地形はエリが魔法で作り出したものだった。
「……卵の母親はあれですね」
一列で進む群れの先頭には、一際立派な身体のオス。
そのすぐ後ろに付き従うのはメス(オスよりも角が短い)が一匹。口からはあぶくを噴いており、他の個体と比較しても、見て分かるほどの興奮状態にある。
おそらく卵を産んだメスだ。
――『難しいとは思うが、群れ長と母親を分断することができれば一番良い』
作戦を説明する時、フリーダはそう言っていた。
――『群れが二つに分断されれば、両者はどうにかして合流を目指すはず。しかし、冷静さを欠いているであろう母親を指揮官から孤立させることができれば、おそらく暴走し、残りの者もそれに引っ張られる。
群れ長の側は足止めして、可能なら片付ける。その間に暴走する母親グループを街の防衛兵器で討ち取る作戦だ』
『パフェがあと3個増えたら上手くやれる気がするです』
ドラゴンの突進に道筋を付ける壁。
一直線に作られた壁の左右には、精鋭部隊が待ち伏せている。
エリはタイミングを見計らって大地に呼びかけた。
神たるエリには呪文も何も必要無い。
力を振るうためのリソースさえあれば充分で、後はただ、『そうあるべし』と世界を書き換えるだけだ。零落して土地を失った今となっては、人族の魔法でも可能な程度の力しか振るえないけれど。
「大地はエリの子。
他所の子だって扱いには慣れたものです」
突然、壁が鳴動した。
ある竜は左側の壁がせり出して突き飛ばされ、右側の壁に空いた穴に叩き込まれた。
ある竜は突然足下が斜めにせり上がり、横転して左側の壁に空いた穴に転がり込んだ。
一瞬で、猛進する竜の群れの半分ほどが壁に飲み込まれ、直後、壁は何事も無かったように元通りになった。
壁の中に残されたクライバエルたちは当然戸惑うが。
「ギアアアアアアア!!」
群れ長に代わって先頭となった母親が一声咆えると、道沿いに猛進を始めた。
それを見た後続は深く考えた様子も無く後を追う。
壁の中の道から弾き出された竜たちは、その場に取り残された。
既に待ち伏せ部隊が攻撃を仕掛け始めていた。
* * *
細長い一本道の終端は、街壁から100メートル程度の距離を置いた場所だ。
その道から飛び出してくるなりクライバエルたちは噴火のように吠え立てた。
「ギアアアアアアッ!!」
「来たぞ、よく狙え!」
猛進してくる竜たち目がけ、壁の上から射撃が浴びせられる。
個人の持つ長弓や魔法の他に、機械式大弓、魔力の矢を五月雨の如く放つ定置魔弓、魔動砲などが一斉に放たれる。
都市に魔力を供給する魔力炉のコアは既に接収されているが、神殿騎士たちが持ち込んだ小型の魔力炉によって、防衛兵器の動力は供給されていた。
天が崩れて降ってきたかのような轟音とともに、壁上からの攻撃が地を揺るがせる。大砲の弾が直撃した者などはさすがに怯んで突進の足並みは乱れる。
しかしそれでも尚、攻撃を潜り抜けた者が街壁に肉薄し、尻尾を支えにした跳び蹴りだのタックルだのを仕掛けてきた。
「うわっ!」
重く厚く堅牢な……少なくともそう見える……壁が、揺らぐ。
街壁には抉ったような窪みができて、街壁を堅牢たらしめる多層構造が露わになった。
「こいつめ!」
直下目がけて魔力の矢が打ち下ろされ、さらに街壁に残った冒険者のうち、近接攻撃用の武器を得物とする数人が飛び降りた。
「ギィッ!」
重力を乗せた剣がクライバエルの鱗を裂き、悲鳴が上がった。
背中に乗った冒険者をクライバエルが振り落とそうとしたその時には、彼らはもう自分から飛び降りている。
そして冒険者たちは登攀用に設置しておいた、街壁の突起を足場にして、猿のような敏捷さですぐさま壁上に戻って来る。
クライバエルに白兵戦を挑めるような実力は無くとも、彼らもまた一角の冒険者なのだ。
「なんて力だ、このままじゃ壁を破られるぞ」
「弾幕を張れ、接近させるな!」
乱れ撃たれる光の矢が、ちょうどクライバエルたちの鼻先辺りを狙う。
これに当たったら痛いということは既に理解したようで、竜たちは後ずさった。
だが、その中を突っ切ってくる者がある。
「アアアア! ギアアアアアアア!!」
定置魔弓の乱射を受け、鱗を焼かれ、焦げ穴をその身に穿たれながらも、一頭のクライバエルが炎を吐いて猛進してくる。
「一匹来る!」
「脚下を狙え!」
狙いが多少曖昧でもとにかく連射されている魔弓の矢が、向かってくるクライバエルの脚下を狙う。
さらに壁上に控えるエルフの冒険者が、長弓から狙い澄ました矢をクライバエルの脚目がけて打ち込んだ。
地面がボコボコに荒らされ、クライバエルの強靱な後ろ脚がズタズタに引き裂かれる。
巨体がバランスを崩し、街壁に頭突きでもするように滑り込んだ。
「転んだ!」
「よし、任せろ!」
再度、冒険者たちが宙に舞う。
剣だの槍だの、それぞれの武器を下向きに構えた彼らは、落下の勢いも乗せた渾身の一撃を、壁下で転倒したクライバエルの腹部に次々叩き込んだ。
腹部を貫かれたクライバエルは血を吐いてのたうつ。
「トドメを刺す、退避しろ!」
フリーダの指示で冒険者たちがクライバエルから離れた。
その巨体に、未だ一本の武器が突き刺さっている。
先端から柄尻まで魔術的紋様が刻まれた銛で、ミスリルの導線が壁上まで繋がっていた。
「食らえ!」
「ア…………!!」
フリーダが壁上に置かれた魔動機械装置のレバーを下ろすと、導線を伝って魔力が流れ込み、轟雷がクライバエルの身体を貫いた。
あの銛は魔力を流し込むことで魔法を発動するマジックアイテムだ。防衛設備用の魔力導線を繋ぐことで、恐ろしい威力の殺竜兵器となる。
打ち上げられた魚のように激しく痙攣していたクライバエルは、やがて黒煙を上げながら大人しくなった。
「身体の大きな雌……あの卵の母親か?」
壁下の様子を確認して、フリーダは呟く。
「済まぬな、名も無き母よ。我らの争いに貴様を巻き込んでしまった……」
ロウテルファが妙な陰謀を実行に移さなければ、こんな形で殺し合うことはなかっただろう。
いかに人魔共通の敵である竜とはいえ、こんな愛を踏み躙るような謀略は、愛の専門家を自負するサキュバスとして許しがたいものがあった。
だが、今はそんな感傷に浸るべき時ではない。
フリーダは壁下の死体から意識を引き剥がし、遠巻きに様子を見ているクライバエルたちを観察する。
――攻撃を引っ張っていた母親が倒されたことで、逃げ気になっている奴も居るな。
このまま退却して合流されたら向こうがキツくなるぞ……
足止めも、防衛兵器による駆除も、何もかもギリギリの戦いだ。
壁の前にクライバエルが集まりすぎてもいけないが、こっちが楽になれば足止め中の精鋭部隊がやられて総崩れになりかねない。
ふと傍らを見れば分断工作から戻って来たエリが、飲んだくれのようにポーション空き瓶の中に埋もれて座っている。
「うっぷ……ポーションの飲み過ぎで耳から溢れてきそうです」
「奴らの逃げ道を塞げないか?」
「ケーキ」
「ホールで5つだ!」
契約は一瞬で成立した。
エリの赤い目がキラリと瞬いたかと思うと、大地が鳴動する。
岩壁がせり上がり、クライバエルたちの退路を断った。
竜たちは街壁と岩壁による、コロシアムのような囲いの中に閉じ込められた。
さらに、クライバエルたちの身体がガクンと沈み込む。
どの個体も脚のすね辺りまでがすっぽり地面に埋まってしまっていた。
「脚を埋めたのは、魔力が余ったですからサービスです」
「助かる。よし、撃ち抜け! 右の奴からだ、まず数を減らせ!!」
脚を封じられたクライバエルたちに一斉射が襲いかかる。
火力を集中された一頭が倒れた。
逃げ道を塞がれて戦うしかなくなったクライバエルたちは、力尽くで地面から脚を引き抜くと、やぶれかぶれで襲いかかってきた。




