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#3-9 クライバエル猛襲①

 ロウテルファの東端にある、国境の砦を出て遙か東。

 かつてグルフヌト魔王国一の工業都市だったマグスレイは、今や住人も居なくなってもぬけの空となり、廃墟の街には武装した者たちがうろついていた。竜の攻撃を食い止めるべく集まった者たちだ。


 一般的に、人族の街は魔物の攻撃に備えるべく街全体を堅牢な壁によって囲われている。

 魔族の都市はそれが少ない。魔物は……厳密には魔族も魔物に含まれるのだが……調教されていない野生のものであまり魔族を襲おうとはせず、魔族は魔物を手懐けることもできる。

 魔族の都市が守りを固めるのはあくまでも人族との戦争のためで、戦争のための生産拠点として目を付けられ、幾度か破壊工作に遭ったこの街は来たるべき本土決戦に備えて防備を固めてもいた。


 もっとも、この街に戦火が迫る頃には既にもうどうしようもない状況に追い込まれており、戦力は魔王のお膝元へ引き上げさせられ残った住人は降伏。

 無傷で残された街壁は今、竜との戦いに役立てられようとしていた。

 この街は旧魔王国領でも東部に位置し、今や竜の侵攻に対する最前線に近く、そして、ロウテルファの差し金で竜の卵が投げ込まれたのもここだった。


「敵影確認! クライバエル成竜18頭の集団がこちらへ向かっております!」


 伝令のナートゼン(魔族の一種。青い肌と小さな角を持つ人間)が飛び込んでくると、作戦会議室の空気は雷が落ちたように緊張を帯びた。

 街に入るための門の回りは、街壁と一体化した砦のような建物……門塔になっていて、東街門門塔の二階部分が臨時作戦会議室になっていた。


 その場に居るのはエルテの他に、シャーロット、エリ、フリーダ。

 旧魔王国領に派遣されている神殿騎士団の幹部一人。

 エルテと教皇庁が連名で、ロウテルファにて掻き集めた冒険者の代表者二人。

 魔王軍残党の中でも特に地位が高い者三名であった。


「卵の解析で概ね分かってはいたが、やはり走竜のたぐいか。

 確かに、空を飛んで追ってくる奴よりは卵も盗みやすかろう」


 伊達眼鏡を光らせ、フリーダは分析する。

 フリーダは扇情的な革鎧に着替え、腰には蛇腹剣を提げていた。

 なんだかかえって防御力が下がっていそうな気もするし、この出で立ちが戦場において似つかわしいのかは諸説あるだろうが、あくまでこれがサキュバスの戦闘服ということらしい。


 クライバエル。

 勇者たるエルテも、実は竜との戦闘経験はそこまで積んでいないのだが(なにしろ彼らは魔王軍とは別口だ)、事前に集めた情報の中にその名は存在した。


 クライバエルは翼を持たない代わりに脚力が発達したドラゴン『走竜』の一種で、体長は成竜でおよそ6メートル。

 ドラゴンらしい鋭角的な頭部と鋭い角を持つが、体型はスマートで巨体に似合わぬ敏捷性を持つ。

 武器はドラゴンらしいブレスと、その巨体が持つ怪力。単純でオーソドックスだが、それは決してクライバエルが弱いということではない。


「数は案外少ないです」

「卵一個で動くのは家族か、最大でも群れ単位だからな。

 あまり大規模な襲撃を誘発しては後から掻っ攫う予定だった連中まで甚大な被害を負うことになる。その辺も計算しているのだろうさ」


 フリーダは吐き捨てる。

 魔王軍幹部としての顔を見せた彼女は、その口調もどこか勇ましい。


「だが、それでも難敵には違いない。野放しにすれば甚大な被害が出る。

 ……奴らはニオイに引き寄せられている。まず最初に狙うのはこの街だろう。

 それまでは運悪く進路上に位置する集落が踏み荒らされる程度だろうが、ここで全滅させなければどうなるか知れたものではない」

「タワーディフェンスだな、こりゃ」


 壁に掛けられた魔王国の地図を睨んでエルテは言う。

 ここでクライバエルを全滅させられなければ、魔王国の難民が身を寄せている周囲の街まで蹂躙されることだろう。

 集められる戦力は全てここに集めた。

 逆に言えば、ここで止めなければもはや抵抗する手段が無い。


「では作戦を伝える。

 ……敵はこの街へ真っ直ぐ向かってくる。そこでだ、適度に引きつけたところで()()()()()()分断する」

「地形を?」


 スケールが大きいというか、無茶苦茶にも聞こえる話に、冒険者の男が訝しげな声を上げた。

 そういうことをする手段が無いわけではないが、仮にそれを魔法で実現するなら、それなりの準備をした上で儀式魔法を使う必要があるだろう。


 ただ、そういう事情をぶっちぎりにできる切り札がエルテの側には存在した。


「その話は俺が。

 こちらのエリちゃんことムルエリ様は、現在絶賛零落中ですが土着神の一柱でして、魔力リソースさえ用意できれば軽く奇跡っぽいことも実現できるんです」

「まったく、祈りでも供物でもなく魔力補給マナポーションで神を働かせる巫女なんて初めて聞いたです」

「パフェ10個でどうにか!」

「仕方の無い巫女です」


 釈然としない様子だったエリの態度は一瞬で反転した。

 その場のほぼ全員が同じことを考えているということが何故かエルテには分かったが、それを具体的に口にすることは憚られた。


「その後は街壁を盾に各個撃破する……と言いたいところだが、この強度の壁では竜相手に過信はできん。壁を突き崩される前に始末したいところだな。

 そこで、壁の前に引き込む敵の数は減らして、火力を集中させ一気に倒す方針とする」

「何頭同時なら耐えられると思う?」

「奴らがどの程度強いか分からないから、何とも言えないのが実情だな……

 壁の守りを固める方でもエリちゃん様にはご協力願いたい」

「魔力の分だけしか守れないから、あまり期待されても困るです」


 街壁は魔法で石を成形して、さらに魔法的加工で強度を高めたものだ。

 適切な魔法を使えば一時的に強度を増したり、損傷に対して応急処置を施せるだろうけれど、竜の馬鹿力で滅茶苦茶に壊されたら修復は追いつかないだろう。

 エリの力だって限られている以上、あくまでも攻撃を受けないことを第一にするべきだった。


「とにかく壁の前に一度に敵が集中したら一気に破られてしまうから、可能な限りの数を壁の手前で足止めし、壁前で各個撃破できれば理想的だ。可能なら壁に辿り着く前に撃破してほしい。

 これは勇者エルテを始め、少数精鋭戦力に担ってもらう」


 冒険者たちが頷く。

 彼らもそういう、超人の域に達した使い手だ。

 ドラゴンに一度や二度踏まれても死なないだろう。


 神殿騎士団も基本は集団戦だが、傑出した強者は存在する。

 魔王軍は言うに及ばず。

 そんな、白兵戦でクライバエルと戦いうる精鋭戦力は、壁の外で強大な竜と戦うことになる。


 無茶な作戦だ。

 だがそれを成功させなければ、多くの魔族が死ぬことになる。


「……竜が相手では誘惑の力も通じぬ。無念ながら私はまともに戦えない。

 済まない、皆の力を貸してくれ」

「はい!」「任せときな」「報酬の分だけは働くぜ」「誰かを守るのに理由は要らない。この戦いは神のお導きだ」「我らの国は我らが守らねば」


 フリーダが頭を下げると、集まった者たちは力強い応えを返す。

 神殿騎士や魔王軍残党はもちろん、冒険者たちだってこの状況でここまで来ているのは(ドラゴンと戦えるほどの腕なら仕事を選べる立場だというのに)事情を承知している者たちだ。

 フリーダは少しだけ安堵した様子でもあった。


 身体を折り曲げるように会議室に詰めていた、角と牙のある大男がエルテの背中をぶっ叩く。

 一般人なら今ので全身複雑骨折間違いなしだ。


「まさかお前と一緒に戦う日が来るとはなあ、勇者ぁ」

「お前生きとったんかワレ」


 象でも地平線までホームランできそうな金棒を持っている彼は、メッキをしたように赤い肌と渦巻く髪の巨漢で、要するに鬼だ。

 名はテンラ。かつての魔王軍の幹部の一人で、エルテとも剣を交えたことがある相手だ。

 ちなみにその時はエルテが勝ち、深手を負わせたがトドメを刺し損ねるという結果だった。


「ぐははは! お前を殺すまでは死ねんと思って生き延びたが、どうやらお前を殺す日は永遠に来ないようだ。

 つまり、永遠に死ねない俺様は無敵だ!!」

「うんうん、上腕二頭筋でものを考えるのやめような」


 赤鬼はかつての遺恨など抱えていない様子で呵々と笑う。


「守るぞ、皆を」

「応さ。そのために俺様は魔王国に殉じず、こうして生き恥をさらしておるのだ!」

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