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#3-7 交渉人

 空に浮かんだメルヘン雲の上が即席の作戦会議場になった。


 雲そのものの毛並みを持つ、もこもことした羊が足下の雲を食みながら蹲っていて、そいつらが椅子の代わりだった。これもシャーロットの夢の中に居た謎生物だ。尻が温かかった。

 

「今日の会議が終わってからのことです。

 ポルト侯を初めとした幾人かが非公式に接触してきました。

 こちらの生活の様子などを聞いてきましたが、要は具体的な要求のラインを探っている様子ですね」

「会議中の大騒ぎとは、大分雰囲気が違うな」

「この国の宮中の事情など分かりませんが、一枚岩のはずはないでしょう。

 国内で求心力を得るために勇ましく咆える連中もいれば、利益を取ろうとする者もあり、単に仲の悪い者と反対の行動をする者もある」


 フリーダの解説を聞いてエルテは溜息をつく。

 人は、外敵が迫り本当の本当にのっぴきならない事態になった時に辛うじて団結するのだが、余裕があるほどに内部で対立し利益を奪い合う。魔王との戦いの中でも散々見てきた光景だ。

 所詮そんなものだと割り切ったつもりでいたけれど、目の当たりにする度に無力感ともどかしさに苛まれる。


「いずれにせよ求めているのは領土でしょう」

「旧魔王国領の切り分けは『神殿』の仲裁の下で決まるはずじゃ……」

「既成事実ですよ。彼らが欲しているのはそれです。

 ただし、あまり多く切り取れば結局削られる。切り取る範囲が小さければ意味が無い。故に、今後決まるであろう『適切な取り分』より少し広く実質的に支配して、それをそのまま国際社会に認めさせる気でしょう。人道的な対竜防衛協定という包装で、そういうことをしようとしてるわけです。

 それと、最近は冒険者を送り込んで旧魔王国領の埋蔵資源を調査しているようです。稀少資源の眠る土地などがあれば先んじて唾を付けておきたいのでしょうね」


 なるほど、とエルテはうんざりしつつも納得する。

 国家というのは小回りが利かないシステムだ。車は急に止まれない。国家も急に止まれない。急ブレーキは酷い事故を起こす。

 仮にロウテルファが旧魔王国領の一部を防衛する仕組みができて軌道に乗ったとしたら、それは旧魔王国領の切り分け議論に際しても考慮されるはずだ。引き上げて形を変えるのも面倒を呼ぶだろうから。


「抜け目のないことです」


 エリは自分の髪の毛を食おうとする羊の顔を必死で遠ざけつつ、吐き捨てた。


「一方、私たちも東の竜種に対抗することは急務です。

 奴らは魔王国崩壊の混乱に乗じて一気に縄張りを広げている。もっとも、魔王国の生き残りがどこに住まわされるか未だ分からないという問題もあるのですが」


 フリーダは難しい顔だ。

 交渉の場ではひたすら慇懃な態度を貫いていたが、この交渉が決裂すれば失う者は彼女らの方が大きい。それは弱みであった。

 しかし虚勢と見抜かれていようが強気に出るしかない。でなければ大損するような内容で交渉がまとまってしまいかねないから。


「勇者様、第三者オブザーバーであるあなたには空気を読まずに、この冗長な前戯に幕を引いてほしい。

 『神殿』の代弁者であり、今後世界の危機に立ち向かうあなたとしては、一番困るのが交渉決裂でしょう?」


 フリーダは身を乗り出し、軽くエルテの顎を持ち上げて悩ましげに問いかける。

 吐息が掛かる距離での『お願い』にエルテは背筋がぞくりとした。シャーロットは咄嗟に顔を覆い(ただし指が開いていて目が隠れていない)、エリは無言でフリーダにハリセンを振り下ろした。


 * * *


 翌日。

 迎賓館の会議室に交渉担当者が集まり始めた時には、既にエルテはそこに居て、壁にロウテルファと周辺諸国、そして魔王国領まで記した大きな地図を壁に貼りだして準備していた。


「……皆様。こちらをご覧ください」


 何事かと訝る貴族たちにエルテは語りかける。


「双方の()()()もお済みのようですので、ここで俺が教皇庁から預かっている近隣情勢の情報をお伝えします。

 既にご存知の部分もあるだろうとは思いますが、情報の擦り合わせをする意味でもまずはお聞きください」


 組み立て式の10フィート棒(ダンジョンで床などを突いて罠を探すのに使うアイテム)でエルテは地図を指し、地図の中央右寄りに存在する大きな空間をぐるりと囲うように撫ぜた。


「この範囲が、現在教皇庁の監督下に置かれている旧魔王国領です。

 また、以前から魔王国領と重なっていた部分もありますが、赤く塗られた領域が確認済みの竜種勢力圏。魔王国領の東側に大規模な生息地が以前より存在していましたが、この辺りの竜が西へ縄張りを広げ始めたことで勢力圏は以前より広がっています」


 エルテが地図を突くと西向きの矢印が現れ、赤い領域が燎原の火のように地図を侵蝕していく。

 おお、と貴族たちがどよめいた。


 ちょっとした幻術の魔法だ。

 パワーポイントなんて便利なものはこの世界にないので、エルテは似たようなことを魔法で再現したのだ。

 次いで、魔王国領内にいくつも青い光点が現れる。


「魔王国崩壊によって発生した難民は、魔王国に存在したうち、16の街に集められています。

 現在、東寄りの街からは神殿騎士団主導で西側への避難が行われておりまして……」


 エルテはカンペを片手に蕩々と解説する。

 ロウテルファの貴族たちは緊迫した様子でそれを観察していた。


 と言うのも、まず純粋に自分たちの知り得ない情報があるのではないかというのが一つ。

 もう一つには、情報力の差と手札の数が交渉の行く末を左右するからだ。


 知っていることと知らないこと。

 知っているけど知らないフリをしていることと、知らないのに知っているフリをしていること。

 銅貨一枚でも多くの利益を確保するためには、腹を探られぬようにしながら詐欺のように相手を頷かせることだ。

 そこにエルテが投げ込んだ情報は、双方にとってオープンな札であるため交渉の基盤となる。

 ここからどのように交渉戦略を組み立てていくか、彼らの頭脳はフル回転を強いられているはずだ。


「失礼、勇者様。ここからは私が補足をさせていただきます。

 現地で難民の守りに当たっている神殿騎士団は四部隊各100人を前線の都市に置いておりますが、あくまでも都市防衛に主眼を置いているため竜種の侵入を押しとどめてはおりません。

 この穴を埋めるべく、私ども有志による防衛戦闘部隊が遊撃に当たっているというのが現状なのですが地理的・人員的事情もあり防衛線を築くには至っておらず……」


 フリーダがエルテの説明を引き継いだ。

 聡い者はここで、エルテとフリーダが示し合わせた連係プレーだったと気付いたかも知れないが、もう遅い。


 地図が出て、話はデータも絡めた具体論に入ってしまった。

 妥協派の貴族たちもその流れに乗る中で、魔王国への責任追及を再び始めるのは、多少立場を悪くする。

 強硬派の貴族たちは……少なくともこの場では……一旦静観することを選んだ。フリーダも彼らに攻撃の端緒を与えぬよう、挑発的な物言いを控えた。


 結果として交渉二日目は比較的平和裏に進むこととなった。

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