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#3-6 悪夢?

「ちっ……力が出ない……?」

「ここは夢の中。起きている時のようにはいきませんよ。

 それにあなたは、私と話しているうちに私を『害意無し』と判断して警戒を解いたでしょう?

 その瞬間、私はこの夢を掌握できました。……迂闊でしたね」


 いつの間にかそこは、事故車両が横たわる幹線道路などではなくなっていた。


 世界が姿を変え、リアリティを増して迫ってくる。

 どこかの城の地下の拷問室のような壁がせり上がって天井を形成し、無から折り上がるように種々の……恐ろしいと言うよりも淫猥な『大道具』が生み出される。

 部屋はムーディーな照明で照らされていて、中央にはキングサイズのベッド。

 フリーダが軽くエルテの身体を押すと、全く抵抗できずにエルテはふかふかのベッドに投げ出された。


「さあ、蕩けるような夢に溺れましょう……」

「ちょ、待て。女同士はやらないんじゃなかったのか?

 ホラ俺……今は男子高校生状態だけど、現実じゃ女だし」

「仕事とプライベートは別です」

「分かんねー! サキュバスの倫理観分かんねー!!」


 押し倒されたエルテの上に、フリーダは四つん這いでのしかかる。

 近くで見ると、既に裸と大して変わらないような格好なのに、それさえ簡単に脱げるよう作られていることが分かった。長い金髪が滝のように流れ、よくわからない良い匂いが漂っていた。

 眼鏡の奥に輝く彼女の目には、獲物を狙う狼と弟を見守る姉と規律違反を咎める学級委員長が同居していた。


「夢の中で姿だけ男になっても、やはり勇者の呪いは効果を及ぼさないようですね。

 ……勇者エルテ。これはあなたが望んでいたことではなかったのですか?」

「いや、それは……」

「それとも」


 白魚の如きフリーダの手が、ネットリとくすぐるようにエルテの身体を撫で上げる。

 背筋に電流が走ったかのように思った次の瞬間には、エルテの身体は現実と同じ、女のものとなっていた。

 ただし、その格好はスケスケのシュミーズにギリギリローライズのおパンツという際どいもので、引き続き全身を緊縛されていたが。


「女同士の方が良いでしょうか?

 なにぶん私も人族の女の相手をするのは初めてですが、先輩おねえさまに手ほどきを受けたことはあります」

「落ち着いて話し合おう。話せば分かる」

「ご安心を。本当に嫌なら止めています」

「えっ」


 フリーダは蠱惑的に、悪戯っぽく、それでいて上品に笑う。


「苦痛が快楽を上回れば淫夢は維持できません。

 あなたはただ、未知の世界に対しておっかなびっくりになっているだけですよ。

 そのくせ興味津々なようで、本気で怖がっていないから夢は壊れていない。

 初々しくてありがちな反応ですね。フフ……可愛くてよろしい」


 フリーダは勝ち誇るようだった。

 これまたエルテは言い返せなかった。言われてみれば確かにその通りだったからだ。


 エルテがよく分からずに持て余している気持ちすら、フリーダには見知ったもの。逃げても逃げても先回りされているような心地だった。

 積み上げてきた知識と経験の量が全く違う。

 彼女の言う通り、エルテはヒヨコに過ぎない。弄ぶのもくびり殺すのも彼女次第だ。


「……仮にもハーレムなどと口にした以上、この程度の事は知っておくべきではないでしょうか」

「待て! ステイ! おあずけ!」

「ほう。雌犬のように貪れという意味ですか? ならば……」

「いい加減にするです」

「きゃあっ!?」


 その時、全力のハリセン(確か合宿行きのバスに何故か積んであった)がフリーダの後頭部に叩き付けられ、おピンク拷問部屋にとても良い音が響いた。


 身の丈ほどのハリセンを手にしたエリが仁王立ちしていた。

 その可愛らしいナース服が、この部屋の中に居ると危険なビデオの撮影衣装にしか見えない。


「き、貴様は勇者のお供の!? 何故ここに!」

「誤解するなです。逆です。エルテがエリのお供です。

 ……エルテは訳あってエリと繋がっているです。普段は繋がりを閉じているですが、これだけ騒がれたら気付くに決まっているです」


 エリはフリーダの髪を無遠慮に掴むと、内心を掴みがたい無機質なジト目で圧をかける。


「抜け駆けは許さないです」

「…………分かりました、仕方ありません。あなたが3Pをお望みでないならここまでとします」

「オイ」


 ハリセンを突きつけられてホールドアップしたフリーダは、エルテの上から退いてベッドから降りた。

 彼女の格好は瞬く間にスーツに戻り、彼女が夢を操って編み上げた怪しい部屋も崩れ落ちていく。


 気が付けばまたエルテは、書き割りのような道路上に立っていた。

 幸い格好も、エロ下着ではなく一張羅の戦闘服に戻っていた。


「ごめんエリちゃん、助かった」

「まったく、ふがいない巫女です。ですが、信徒を邪悪から守るのも神の役目です」


 エリはなんだかやたらと得意げ、というか嬉しそうだった。


「それで、お前は何の用があって夢の中まで入ってきたですか」

「……今進んでいる交渉のことで、ご相談が。

 どうせ私たちの滞在する部屋は盗聴されているでしょうし、行動も逐一見張られているはず。

 そこで、邪魔が入らない場所でエルテと話したかったんです」

「それがなんでこんなことになってるです」

「待ってエリちゃん。そのことはもういいから」


 未だにエリは油断なくハリセンを突きつけていたが、エルテはハリセンの打撃部を掴んで首を振る。

 これはあくまでエルテとフリーダの間の事。

 それはそれ、世界の行く末に関わる話があるならそれが優先だ。私情で協力を拒否したりはしない。


「甘い奴です」

「……すみません、配慮に欠けた振る舞いでした」

「ま、まあ、もうああいうことしないでくれるならそれで……」


 フリーダは、エルテのことで納得した様子ではなかったが、ひとまず引き下がることにしたようだ。

 まだエルテの心臓はドキドキと強く、決して不快ではない脈動を刻んでいた。あれはちょっとエルテには刺激が強すぎた。


「ところでさ、重要な話ならシャーロットもここに呼べない?

 エリも来てるし、勇者パーティーのメンバーなのにシャーロットだけ仲間はずれにするのはちょっと」


 フリーダに危険なことをさせないためには一人でも多くの立会人が居た方がいいだろうと小癪なことも考えるエルテ。

 フリーダは、どう思ったかは分からないが頷いた。


「いいでしょう。

 今、私はあなたの夢をコントロールしています。

 この状態ならあなたの夢を繋げ、彼女をここへ呼ぶこともできます。が……」


 世界が揺れた。


 エルテの立っている道路に、ぴしりとヒビが入り、それはそのまま周囲の建物にまで伝播していく。

 それは地割れと言うよりも、何かが生まれようとしている卵の殻に似ていた。


「向こうの夢の世界は私の制御下にありません。

 こちらの法則が通用しない混沌の世界かも知れませんので、世界が繋がる瞬間はご注意を」


 何かに打ち上げられるようにコンクリートが砕けて舞い、そして、崩れて落ちていった。

 同時、風がエルテの髪を弄ぶ。


「おわっ、なんだこれ? 空!?」


 半壊して飛び石の残骸みたいになった道路は、今や空のド真ん中に浮かんでいた。


 鮮やかに青い空。水彩画のような雲が周囲には見える。

 手で触れそうな程近くに雲が見えたので試しに手を伸ばしてみたら、ふわふわした綿のような感触で、エルテは首をかしげる。


 大地と現実から遠く離れた空には、カラフルな無数の鳥に吊り下げられたブランコが飛んでいた。

 そこにはパステルパープルの魔女装束を着たシャーロットが座っていた。


「おっそら~の上には何がある~。

 鳥さん教えてく~ださ~いな~」


 上機嫌な様子で朗々と歌っていた彼女は、小惑星帯のように空に浮かんだ、地球の街並みと道路の残骸を……そこに立っている三人を見て、凍り付く。


「シャーロット?」

「……へっ? え、えええエルテさん!?」


 ふわふわとした(文字通りの)夢見心地から一瞬で現実に引き戻された様子で、彼女の顔は瞬間沸騰して真っ赤になった。


「これがシャーロットの見てる夢?」

「それがあなたの夢に混じった状態です」

「ち、違います! 何かの間違いです!!

 この衣装は先程、出会った者全てに変な服を着せるオバケと擦れ違いまして!」

「まだ寝ぼけてるです?」


 まるで裸を隠すようにシャーロットは自分の身体を抱き込んで、ファンタジーよりも御伽話とかニチアサに近い気がする可愛らしい魔女装束を少しでも隠そうとする。


「そ、それにこんな乗り物が本当に空を飛ぶ訳ありませんよね! 私ったらなんでこんな」

「あっ、待て! 夢の中でそんなことを言ったら……」


 フリーダが止めようとするが、遅かった。


 物理法則を無視して空を飛んでいた鳥さんブランコのエンジンたちが、突然真顔になり挽き潰されたカエルのような声で鳴いたかと思うと、ブランコは重力に従って無限の空にフリーフォールを開始した。


「きゃああああぁぁぁぁぁぁ…………!」

「シャーロット――――ッ!!」

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