#3-3 セーラー服と蛇腹剣
「えっ? じゃあ、あの時俺を誘惑したのって……」
「誘惑はサキュバスの武器です。
自らも興奮してその気にならなければ『誘惑の香』すら放てないだなんて言語道断。
意思の力によって『性』を武器とする気高き戦士! サキュバスとは! 本来そうあるべきなのです!!」
迎賓館の控え室にてエルテは、かのサキュバスと二年ぶりの対面を果たしていた。
確かにあの時戦った相手だが、受ける印象は大幅に違う。
まず着ているのは露出過多の革鎧ではなく、ファンタジーらしからぬ黒のスーツ。ネクタイを押し上げるシャツの胸元とタイトスカートがボディラインを強調するものの、およそ世間一般のサキュバスの印象には遠く及ばない真っ当さだ。背中の部分が少しこんもりしているのは、羽を畳んで隠しているからか。
長い金髪はそのままだが、前髪はキリリと切りそろえられている。そして海の色をした目を隠すように身につけているのは野暮ったい黒縁眼鏡。
以前戦った時は、ただひたすらエロいという印象しか受けなかった(おそらく彼女はそうなるよう計算していた)のだが、こういう格好を見るとまた別の一面が見えてくる。
その凛とした顔立ちも含め、なんとも言い難い堅物感が漂うのだ。
「……今だから申し上げますが。
私は他のサキュバスと同様、あなたに特別な感情などは全く抱いていませんでした。
むしろあの時は吐き気を堪えるのに必死でした」
フリーダはずばりと単刀直入にエルテの心を抉る。
「ショックを受けましたか」
「……いや、いいんだ別に……そういうもんだと分かってたし……今はもう女だし……」
フリーダとの戦いはエルテの中でとても印象深いものだった。
あんな風にエルテを誘惑した女性は8年間の勇者生活の中で……少なくともあそこまで露骨だったのはフリーダだけだったからだ。
そこに何かがあったのではないかと、単純なオスであるエルテは思っていたのだが、久々に彼女に出会って数分でその幻想は打ち砕かれた。
「じゃ、今の俺ならばどうです?」
気を取り直して聞くエルテ。
だがフリーダは眉根を寄せて、眼鏡のフレームを押し上げる。
レンズが光った。
「……それは男性型の仕事です。サキュバスは男を相手にするものですから」
「世の中には同性愛者だって居るでしょうに」
「私たちサキュバスの放つ特殊な体臭……『誘惑の香』は、ただの興奮剤ではなく一種の魔法です。相手の性的嗜好など関係無く性別を対象に効果を発揮するものです」
「えっ、あれってそんな問答無用なやつだったの?」
「一部の人族は『同性愛者を治療する』だのと言って、どこからか手に入れたこの香のエッセンスを使っているそうですね」
「人権的な意味でヤバい」
「噂によると被験者は大概、最終的に自殺しているとか」
人の考える事は時として魔物よりもえげつない。勇者はそう思った。
「思い出話はこの辺にしておきましょう……
改めて自己紹介します。私はフリーダ。
国が解体された今となっては、そうですね……難民団のまとめ役という肩書きが最も適切でしょうか」
「ご丁寧にどうも。
俺は勇者エルテです。嫌っちゅーほど知ってると思いますが」
「お互いに『知らない仲でもない』というところですね」
フリーダの言い方はブラックジョークの領域に片足を突っ込んでいる。
しかし彼女自身に限って言うなら、特に遺恨などは感じさせない調子だった。
「ところで、ちょっと聞いてもいいでしょうか。なんで前髪パッツンなんですか?」
「これですか? 合理的だからです」
「…………はい。思考過程はよく分かりませんがその答えだけで委員長度100点満点です」
「なんですか、その胡乱な尺度は」
前髪パッツン眼鏡委員長サキュバス。
確かに彼女はそこに居るのに、彼女を言葉で描写すると言葉の意味が絡み合いながら崩落していくようにエルテは感じた。
「じゃ、その眼鏡は? 魔王軍でそれなりの地位に居たなら、視力なんて魔法で回復させられると思うんですが」
「これは……あなたの言う通り、目が悪いわけではありません。悪かったのですが治療しました。
度が入っていない単なるお洒落……いいえ、違いますね。こだわりのようなものです」
「こだわり?」
「まあ、いつか機会があれば話します」
サキュバスらしからぬ野暮ったさを醸す眼鏡に関しては、一転、彼女は言葉を濁す。
敢えて性的な印象を消すための演出なのだろうかとエルテは思っていたが、どうもそれは違いそうな雰囲気だ。
本人が言いたがらないことを無理やり聞き出す気にもならず、エルテはそれ以上突っ込まなかった。
「我らの目的は平和と協調です。
願いは同じと信じています……協力を願いますよ、勇者様」
有無を言わさない圧のある微笑みを彼女は浮かべ、美しい手でエルテと握手をした。
――協力を願うって言っても……




