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#3-2 平和の使者

「あー……」


 餌をねだる雛鳥のように開かれたエリの口に、夏の雲みたいなクリームを載せた長スプーンが差し入れられる。


「んむっ!」


 スプーンに食いついたエリは、しばし咀嚼し、目を輝かせ、それから目の前の縦長ガラス容器を……その中に詰まったクリームとスポンジとフルーツの集合体をいつものジト目で睨み付けた。


「……人はこんなものをエリに捧げもせず自分たちだけで食べていたですか。罪深いです」


 ロウテルファ王国、王都テルファルレは王都の名にふさわしい大都会だ。

 一際堅牢な壁によって街を囲っているのは、この国が旧魔王国領と接していたため。魔王との戦いの最前線だった国だ。

 それだけに、戦いが終わったという開放感は街の人々一人一人に至るまで及んでおり、街の雰囲気は明るかった。

 当然この国で勇者エルテはスーパーヒーローだ。『モブ化フード』が無ければたちまち周りの全員が押し寄せてきてパフェを食べるどころではなくなってしまうだろう。


 戦勝を祝う横断幕がいくつも掲げられた街の中。

 女三人(もしくは二人と一柱)は、騒々しい大通りに面したオープンカフェでパフェを食べていた。果たしてこのパフェは地球の文化が輸入されたのか、もしくは何らかの手段で地球に伝わったのか、はたまた別次元から双方の世界に伝わったのか、人が考える事なんてどこの世界でも一緒なのか。いずれにせよ地球のそれと味は大して変わらなかった。

 エルテはスプーン二刀流だ。片方は自分のもの、もう片方はエリのもの。


「確かに、山の女神への捧げ物って山の幸だよね普通……」

「許しがたいのです。『信仰マニュアル』に毎日一つは甘い物を与えるよう書き加えておくです」


 エリは素朴な手書きの文章をテーブルの上に取り出すと、丸っこくて歪んだ子どもらしい文字で何やら書き加えた。


 この文章は女神ムルエリの宮司の皆さんからエルテに送りつけられたもの。

 ムルエリを崇める者としてこなすべき日々の『行』がまとめられているマニュアルだ。

 祈りと行動によって信仰を示すことが神の力となる。故郷の山からも離れたエリにとって、今やエルテのそれが命綱だった。


「『朝は日が昇りきる前に自然の水で手を洗い、三皿の供物を捧げる』

 『日が暮れてから所定の文言で祈りを捧げる』……」

「甘い物もです」

「するべきことは思ったより少ないんですね」


 あくまでも王家の一員として『統合神話』の全ての神々に祈りを捧げてきたシャーロットは、手作り感溢れるマニュアルを興味深げに読んでいた。

 生活の全てを祈りに捧げた専業聖職者が山ほどいる『統合神話』と、日常生活に根ざした土着信仰では色々と違うようだ。


「実際かなり簡略化されてる部分はあるです。ムルエリ山を離れた以上、どうしてもできないこともあるですから。

 ……例えば『獲物を解体する時は最初の一刺しの後に感謝を述べる』というのも決まりだったですが、エリの山から獲れた獲物でもないのに感謝されてもお門違いです」

「やっても効果が無いのですね。

 ですが、それだけ祈りを受け取れる機会が減るということでもありますよね?

 大丈夫なのですか?」

「エリは既に神としての実績があって、存在が確立されているですから。存在の出力を絞ってしまえばこの程度の補給でも維持できるです。

 その代わり、神として本来持ち得ている強大な力を振るうことは困難です」

「収入がほぼなくなった代わり、支出も無くして帳尻合わせてる状態だもんな」

「まあ、冒険のお手伝いくらいはしてやるです。

 御利益と言うには直接的すぎて品が無いですが、何もしないというのもかえって良くないのです。エリがそういう概念になってしまうですから」


 土地を追われた放浪の土地神、女神ムルエリ……もしくはエリちゃん。

 つまり彼女がエルテの新パーティーの、第二のメンバーだ。

 シャーロットに続いて予定外のメンバー加入となったし、その経緯も幸せとは言い難いものであったが、収まるべき所に収まったという感はある。


「ちなみにこの格好が何なのかそろそろ聞いてもいいです?」

「……それエリちゃんの趣味じゃなかったの?」

「お前のイメージで変質したです。変な印象をエリにくっつけるのはやめるです。

 祈りの供給源がお前一人だから、お前がエリをどう思っているかでエリは簡単に変わってしまうです」


 なお現在の彼女は、清楚な白衣に純白のエプロン、トドメにナースキャップという女医か看護師か微妙な姿だった。年齢一桁の少女の姿をした彼女がその格好をすると、コスプレどころか『ごっご遊び』感が強い。


「俺のせいかよ……『白色』のイメージに加えて『蛇』だったからなあ」

「なんで蛇がこうなるです」

「医療の象徴なんだよ、俺が居た世界では。こっちの世界でもそういうのあるんじゃない?」

「確かに村人たちが病気や怪我の快癒をエリに願うことはよくあったですが……

 あんまり変な改造をしないよう気をつけるです」

「ハイ」


 勝手に他人をキャラメイクするのは人権(神権?)侵害だと思うので、今後エリに妙な憧れを抱くことはなるべく慎もうと誓うエルテ。

 パフェを掬って差し出すと、エリは上機嫌でぱくついた。


「……そうやって食べさせてもらうのも、何か意味が?」

「ふふん。エルテはエリの巫女なのですから手抜きは許さないです」


 意味は無いらしい。


「シャーロットもやってみたい?」

「えっ!? ……で、では僭越ながら」


 シャーロットの表情が目まぐるしく三回くらい変わる。

 彼女はごくりと唾を飲み、それからそっと目を閉じて口を開けた。

 彼女の心臓ジェネレーターの鼓動がエルテの耳にまで届きそうだった。


 エルテは自分が言葉を惜しんだために深刻な誤解と意思疎通のミスが発生したことを悟る。


「……じゃなくて、餌付けする方……」

「あっ……!! そそそそうですよね私ったらなんてはしたないことを、もっ、申し訳ございません!」


 真っ赤になったシャーロットが深々と頭を下げた。

 エルテまで何やら気恥ずかしくてシャーロットの顔が見れなかった。


「や、そんな謝ることじゃないけど……」

「だからなんでエリ相手だと平気なのにそうやって照れるです?

 あと、言うに事欠いて『餌付け』とは何です」


 むすっとした顔のエリがスプーンを引ったくり、やけ食いのようにパフェを掻っ込んだ。


 その時、通りのどこからか歓声が沸き上がる。

 衛兵隊が慌ただしく通りを駆け抜け、規制線のようなロープを張って道を確保し始めた。


「ん? もう始まっちまったのか。

 ……すいませんマスター、ちょっと器借ります。あれ見終わったら返しに来ますんで」


 エルテはカフェのマスターに断って、パフェの器を持ったまま席を立つ。


 三人はパフェを食うためにわざわざロウテルファまで足を運んだのではない。

 勇者としての仕事の一環であり、経費で落ちるパフェはただの役得に過ぎないのだ。


 人でごった返し始めた大通りを避け、エルテたちは一本裏の道に入る。


「登れる? 俺はひとっ飛びだけど」

「では、失礼して……」


 エルテが手頃な建物の屋根を指差すと、シャーロットは履いていたサンダルを脱いで裸足になった。

 彼女の両足はすねから先が、真鍮色に輝くスチームパンク義足に置き換えられている。


「はっ!」


 足裏から魔力を噴射し、シャーロットは跳躍した。

 空中で更に二度噴射を行って宙を蹴りつけ、何も無い場所を足がかりにして飛び跳ねて、建物の屋上に彼女は降り立った。

 それを追いかけ、エルテは勇者の脚力でひとっ飛びに屋根まで飛び上がる。


「もう空中ジャンプも問題無いね」

「今度は飛べる相手にも勝ってみせます!」


 新しい義肢とその機能にも大分慣れてきた様子で、シャーロットは得意げだ。

 この能力を使うために毎回裸足になるのはやはり面倒だろうから、足裏に噴出口が付いたスチームパンク的鉄靴サバトンなんかをどこかで作れはしないかとエルテは考えていた。


 二人を追って、エリは真っ直ぐ浮遊して屋根の上に登ってくる。


「……エリには何も言うこと無いです?」

「神様なら飛べるのも普通かな、って……すごい普通に浮かんでたし」

「敬意が足りないです」


 エリは鼻を鳴らして屋根の縁に座り込んだ。


 目の前の大通りは、真ん中にぽっかりと道が開けられ、その両脇は人でごった返していた。

 通りの両脇の建物の窓からは大勢の人々が身を乗り出し、エルテと同じように屋根の上に登っている者の姿もある。

 屋上がある建物にはちらほらと、警備の配置に付いた衛兵の姿もあった。


「ほら、勇……エルテさん。見えましたよ」


 シャーロットが指差したのは、大通りの片方の端。

 街を囲う堅牢な街壁に築かれた門だ。

 そこから数台の馬車が姿を現すと、紙吹雪が舞い、先導するロウテルファの軍楽団は金管楽器を吹き鳴らす。


「平和の使者、か」


 エルテは呟く。

 街に入ってきたのは魔王国の生き残りである魔族たち。その使者だ。


 この見晴らし界(サーベイピース)は太古、数多の次元の結節点として、他の次元から技術を吸収し、時には資源を収奪し、空前の繁栄を誇った。

 その繁栄に終止符が打たれたのは、驕れる術師たちが、侵略的悪性存在の住まうおぞましき次元へ続く門を開いてしまったためだ。

 門から現れた強大な悪魔(その時々のリーダーを便宜上魔王と呼ぶ)は、この世界に存在していた生物を歪めて魔物を作り、己の手下として侵略を開始した。『魔族』もそうだ。かつて彼らは人族であった。


 文明の全てを引き換えにするような戦いの果てに門は()()閉じられたが、閉じきれない門の隙間をすり抜けて、未だにこの世界には時折魔王が現れる。

 その度に、この世界に生きる魔族は辛い選択を迫られてきた。


 魔王は、魔族も含めたあらゆる魔物の生殺与奪を握っている。

 魔族は魔王に逆らって人族に味方すれば、魔王の呪いによっていつ命を奪われるか分からないのだ。そうまでして人族に味方したところでスパイ扱いされて迫害の末に吊し上げられるのが関の山。

 そのため魔王がいない時代に平和に暮らしていた魔族も、結局は魔王が現れるなり今までの生活も人族の友も捨てて魔王の下へ馳せ参じることが多く、そのせいで平時においてさえ魔族は信用されがたい。

 魔王の討伐後、その下に居た魔族をどう扱うか、いつの世も人族は頭を悩ませてきたのだ。


 まあ、あくまでも世の中でまかり通る建前としては、魔族は魔王の被害者で、人魔の融和こそが正義だ。大通りをゆっくりとパレードする使節団の馬車を、群衆は歓声で出迎えている。


「新たな危機の存在が予言されている中ではありますが、こうした光景を見ていると、本当に魔王との戦いは終わったのだと実感しますね」

「どうだか。戦いが終わったらハイ仲直りなんて、そんな上手く行くとは思えないです。

 魔族と人族が小競り合いを続ける中、竜種が横からパックリ両方食べちゃうのではないです?」


 行列を見下ろすシャーロットとエリがそれぞれに感想を述べた。


「さて、俺は教皇猊下のご期待に添えるかどうか」


 感情的な問題はどうあれ、実利的な側面から考えれば、人魔は融和を果たさなければならない。

 何しろ、『次なる世界の危機』として予言された竜種の侵攻は、魔王とは別口であり人族も魔族もないからだ。

 両者が協力してこれに当たることが世界の存続のためには必要で、エルテはそれを教皇庁の意思として後押しするよう託されてここに来た。


 そして、エルテが個人的に会いたかった相手も居る。


 使節団の代表は、魔王軍で部隊長の地位にあったサキュバス。

 その名はフリーダ。ガンドラ王国の王宮を襲ったサキュバス軍団の指揮官だった者だ。

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