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#2-12 夜逃げ

 勇者たちは夜明けを待たずに出発した。


「這々の体、とはこの事かも知れないですね」


 エリは容赦無く自嘲的な現状分析をする。

 仕方ない事情があったとは言え、死人を出す結果になってしまったので……神殿に死体を持ち込めば蘇生を試みることもできるので一人くらい助かるかも知れないが、死体が三つもあっては全員助けるには触媒が足りない……世間体とかそういうものを考えて、噂が広まる前に街を出ることにしたのだ。


 捕らえた異端狩りの生き残りも、宮司の衆に預けることになった。

 身柄の引き渡しと引き換えになにがしかの交換条件を突きつけられることだろうが、まあ教皇庁に帰ることはできるだろう。多分。


 ムルエリマインの街へ続く、七年前からは想像も付かないほどに整備された山道を、未だ山の端に仄かな明かりも見えぬ中で三人は下っていく。

 特に明かりも持っていないが、仮にも神であるエリは不自由した様子無く、シャーロットは蛍光グリーンに輝く右目の義眼に暗視能力があり、エルテは鍛えられた魔法的感覚と戦いの経験と根性でなんとかしていた。


「こうやって夜逃げみたいに街を出て行くことも結構あったから俺は慣れてるよ。

 勇者が歓迎されないこともあったから」

「人は愚かです」


 エリはすっぱり切り捨てる。

 そういう路線で行くと決めたらしい。


「ところで、こいつは誰です?」


 今更のようにエリは、シャーロットを指して聞いた。

 今回エルテはシャーロットと別行動が多かったこともあり、二人は初対面だ。


「……そう言えば紹介してなかったっけ」

「ご挨拶が遅れました。

 私はガンドラ王国の第二王女、シャーロット・メルクメリム・ガンドラと申します。

 今は勇者様のパーティーのメンバーとして共に旅をしております」

「王女自ら勇者のパーティーですか」

「色々とあって……その話はまた暇な時にでも」


 実際の所、旅をするという事がどれほど暇なのか世界中転戦したエルテは身に染みて知っている。

 暇つぶしの雑談のネタは天気の話に始まって、家族の話はご先祖様から又従兄弟まで消化し尽くし、エルテは地球の話を散々披露した(お陰でグレンは日本のオタク文化に一定の知識を持つに至った)。こちらの社会についても話を聞いたし、宮廷魔術師ロウヴァンの魔術理論講座はためになった。

 シャーロットがエルテに同行するに至った事情も、こんな状況で話さなくても、どうせいつか話すことになるだろう。


 シャーロットは……無意味な気遣いという気もするが……ほんの少し声を潜め、エルテに囁く。


「巫女役だった女の子とその家族、解放され次第ガンドラ王国に向けて旅立てるよう手配が済みました。

 今後のことは事情を心得ている方にお任せしております」

「ありがとうございます、助かりました」

「勇者様がお礼を言う事ではありませんわ。

 ……彼女らを捕らえていた異端狩りの部隊は活動停止状態ですから、身柄を預かっている街の神殿ももうじき解放することでしょう」


 切ったはったはエルテの仕事。まあ元は巫女の代役だけの予定だったが。

 ともあれその間にシャーロットは、もっと複雑でコミュニケーションを要する件を処理していた。

 エルテは異端狩りの活動を阻止してエリを救ったが、それで万事丸く収まりはしない。この街で暮らすのが難しくなっただろう彼女らをどこかで受け容れねば。

 宮司の衆などは意地でもこの街に残るだろうけれど、その立場も厳しくはあるはずで、どうしようもなくなった時には助けたい。

 とは言え、そのためにエルテがずっとここに居ることは不可能だから、後は誰かに託すことになる。そのためにシャーロットはガンドラ王国側と連絡を取ったりしていた。


「徹夜状態ですが大丈夫ですか、殿下?

 キツかったらこの辺りで休憩を挟みますけど」

「大丈夫です。魔力炉ジェネレーターを換装して以来、ほとんど眠らなくても平気なんです」

「なんかそれはそれでヤバそう」


 元気をアピールするシャーロットは別に強がっているわけでもなさそうで、エルテは逆に心配になる。


 そんな二人の会話をエリは不思議そうに見ていた。


「エリのことは『エリ』と呼ぶのに、シャーロットは『殿下』です?」

「う……でもやっぱ遠慮ってものが、ほら」

「ふん。エリに遠慮は無いですか。王女はいつの間に神より偉くなったですか。人らしい考え方です」


 エリはむくれてそっぽを向いた。

 彼女は概ねこういう調子だとエルテは心得ているが、シャーロットはいたたまれない様子だ。


「あの、勇者様。ずっと思っていたのですが、勇者様がリーダーで私がメンバーである以上、遠慮があってはいけないと思うんです。だって勇者様は私に戦闘の指示もなさる立場なのですから。

 それは別に、粗末に扱ってほしいという意味ではなくて、その」

「あー……そう言やグレンにもそんなこと言われたっけ……」

「まあ、あの方が?」

「俺よか大分年上だから、最初遠慮してたんですよ。そしたら、指揮すべき立場の俺が遠慮してるのはよくないって言われまして」


 エリが言う事はともかくとして、確かに現状のままではいけないかも知れないと考えるエルテ。

 勇者エルテ8年間の戦いに最初から最後まで付き合ったガンドラ王国の近衛騎士グレンは、今では年の差もどこへやらでエルテにとって無二の親友だが、最初はもっと他人行儀な関係だった。それを改めたのは、何か友情イベントがあったからとかではなくて、単に『任務遂行上の問題がある』というグレンの軍人らしい考えによるものだった。

 その考えに則るなら、現状ははなはだよろしくない。


「もとより私は出家を控えていた身です。俗世の地位など何ほどの価値がありましょう。

 勇者様のパーティーに参加している今は、ただの協力者の一人とお考えください」

「ならば遠慮無く。ただ、それだったら殿下もその言葉遣い、もうちょっと砕けた感じにできませんか? 俺もなんかかしこまっちゃって」

「言葉遣いですか? そ、そうですね……私にはこれが自然なので、少し難しいですが……」

「じゃ、あれです。思い切って『殿下』も『勇者様』も止めましょう!」


 シャーロットは面食らった様子だった。

 王女として教育を受けてきた彼女に『砕けた調子で』というのも難しいだろうから、ここはエルテが手本を示し、赤信号は皆で渡れば怖くないの心境に持ち込まねばなるまい。


「分かりました、勇者様……じゃなくて……」

「……シャーロット」

「は、はい……エルテ……さん」


 勇者は赤面した。


 なんだか分からないがものすごく恥ずかしい。


 暗闇で幸いだったと言いたいところだが、暗視機能を持つシャーロットには一筋の光さえ無い完全な闇の中であってもエルテの表情がくっきり見えるはずだ。まして今は月と星の明かりがある。

 二人は俯きがちに向かい合ったまま、視線を合わせることもできず、くすぐったい浮遊感に身を任せていた。


「ちょっと待つです。なんでエリのことは平気で呼ぶのに、シャーロットは名前で呼ぶだけでそんなに照れるです?」

「……なんでだろう」

「……どうしてでしょう」

「うん……やっぱ殿下は殿下だよなって……

 ずっとそう呼んでたから急に呼び方変えるの、すごい恥ずかしい」

「私も勇者様は勇者様だと思っていたので……」


 突然息が掛かるほどすぐ近くにシャーロットの存在を感じた気がした。

 二人は既にパーティーメンバーという間柄で、この街に来るまでも短い距離ながら二人旅だった。それだけで何か特別な関係になったかのようにも思えたものだが、違った。こうしてただ彼女の名を呼び、呼ばれることさえ奇妙に新鮮で。

 熱いものに触れた時、脊椎反射で手を引っ込めるかのように、触れがたく思った。同時に、閉じられた箱を開けて中身を確認したくなるのと同じように好奇心が胸をくすぐる。


 ふくれっ面のエリは、エルテをじろりと睨め付ける。


「エルテ」


 彼女はデッドボール的な勢いでエルテの名を呼んだ。


「別に恥ずかしくもなんともないのです。エルテエルテエルテエルテエルテ」

「何気に初めて名前呼んでくれたんじゃない?」

「……あ」


 その声に戸惑いがありありと浮かぶ。

 辺りが暗かったのはエリにとって幸いだったかも知れない。暗視能力の無いエルテには、エリがどんな顔をしているか(99%の精度で予想できるとしても)見れなかったから。


「わけがわからないです。いきなり恥ずかしくなったです」

「それだよ、それ! そういうのが人の機微ってやつ!」

「……やっぱり人は愚かです。関わっているとエリまで愚かになっていくです」


 エリはクールぶって肩をすくめる。


 それを見て、次にエルテとシャーロットが取った行動は同じだった。


「むぎゅる!」


 エリを挟み込むように二人で抱きしめたのだ。


「なんで二人で同時に抱きしめるです!?」

「な、なんかそうしなきゃいけない気がして……」

「かわいいかわいいかわいいかわいいかわいい」

「目つきが危ないです、この女!」


 追われるように故郷であり自身である山を後にしたエリ。

 だがこの場この時に限って言うなら、彼女の居る場所は概ね平和だった。

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