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#2-11 略取

「ば、ばかばかばかばか!

 どこまで聞いたですか!? いやそれは大した問題じゃないです!

 今すぐ全部忘れるです! あるいは時間とか巻き戻すです! 勇者ならそれくらいできるはずです!」

「できねーよ!」


 エリは涙目でエルテの腹の辺りに頭を埋め、小さな握り拳で弾力性に富んだエルテの胸部をぽこぽこ殴る。


 ちょっと可哀想すぎて慰める事もできず、エルテはされるがままに八つ当たりされていた。

 心の声が意図せずにダダ漏れになるなんて究極のプライバシー侵害だ。別にエルテに責任が有るわけではないのだが、聞いてしまった側として何か悪い事をしたような気分にもなる。


 まあ心の声を聞いてしまったことそれ自体の是非は置いておくとして。

 結局彼女はどこまでも捨て身だ。自分のために誰かが戦うくらいなら、滅びさえ甘んじて受け容れる。

 ただエルテが見誤っていたのは、エリは恐怖を超克する信念によってそうと決めただけであって、口で言うほど自らの滅びを受け容れているわけではなかったということだ。

 それはそうだ。無念だろうし恐ろしいに決まっている。

 ぱっと見の印象の十倍くらい甘ったれだった彼女は、しかし助けを求めずエルテを突き放すようなことばかり言って、巻き込むことさえ避けようとしていた……


「あの、ムルエリ様……」

「なんです!?」


 声を掛けて良いか迷った様子で宮司の老婆が呼びかけると、エリは割と情けない顔で振り返る。


「御神体が完全に壊されてしまっているのですが、これはどうすれば……」


 宮司が持ってきたのは、蛇の身体を模した水晶の数珠……だった物体だ。

 繋げていたものがバラバラになってしまっただけならまだしも、水晶そのものが金槌でブッ叩いたように砕けてしまっている。

 異端狩りの儀式魔法で既にダメージを受けていたところ、無茶な力の解放で崩壊してしまったらしい。


「これでは直しようがないな。

 だが何故これほどに御神体を破壊されて無事でしたのじゃ?」

「……多分、こいつのせいです」

「俺?」


 エリはエルテを指差した。


 その瞬間、身体の中に手を突っ込まれたような異物感があり、何かが掴み出される。


「わっ」


 亜空間への小さな門が開き、そこから二十面体ダイスのようにカットされた水晶が転がり出てきた。

 エリがなんかよく分からない神様パワーで、エルテに紐付けられていた亜空間収納領域からアイテムを取り出したのだ。

 かつてエルテが彼女に授けられたお守りだ。神事をするに当たってなんとなく気に掛かり、エルテはこれを持参していた。


「この山から魔物を追い払ってくれた時、お礼として御神体の一部にエリの加護を込めて渡したのです。

 もう力も薄れて消えているですが、エリの容れ物としては充分だったですね。

 『神降ろし』の最中だったですから、それを伝ってこちらへ渡ったのでしょう」

「じゃあ、今はこの中にエリちゃんの本体が?」


 言われてみればエリの手にした水晶は、すっかり出涸らし状態だった先程までとは何かが違った。

 見ているだけで産毛をチリチリと焼かれるような緊張感めいたものが漂う。


「物持ちがいいです。とっくに力も消え失せていたのに、こんなもの、よく持ってたです」

「そりゃあ……『だいじなもの』は捨てずに持ってくのが勇者だから」

「だ、大事……ですか……」


 エリは表情を隠すようにそっぽを向く。

 あくまでエルテはゲームのお約束を述べたのだが、誤解が生じたような気がした。


「……せっかく巫女がいるのですから、もう一働きしてもらうです。

 祠を再生する儀式をやるです」

「と言うと?」

「御神体はちゃんとまつられて初めて意味があるのです。

 それを祠に収めて然るべき儀式を行わないと、エリはこの土地から切り離されたままです」

「なるほどな。さっきの魔法……山そのものを殺すことはできないから、エリちゃんを山から切り離して本体だけの状態にして殺そうとしたわけか」

「そういうことです」


 古い御神体は壊れてしまったが、大切なのはあくまでも中身の方だ。

 この一粒きりの新・御神体でも役割は果たせるだろうし、ここに新たに水晶を継ぎ足して数珠にすれば修復可能だろう。


 ――それを、この祠に納めれば……?


 エリはまた神として山に帰れる。


 だがそれからどうなるというのか。

 その先に待ち受ける未来はきっと、先程エリが心の声で述べた通り。

 いくらエルテが教皇庁に話を付けたとしても、この山に住まう者たちに忌み嫌われてしまえば、エリは。


「……この御神体を祠に返さなかったらどうなるの?」

「どうもこうも……エリの影響力がなくなって、この山はいよいよ『統合神話』の領域になるです」

「それってさ、エリちゃんは土地への祈りとかお祭りで力を手に入れることはできなくなるけど、山を管理するために消耗する必要もなくなるってことだよね」


 念を押すようなエルテの質問に、エリは不穏な気配を察した様子で肯定も否定もせず、眉根を寄せた胡乱げな表情を見せた。


「……何を考えてるです?」

「儀式の続きは無期延期だ。御神体も渡さない。

 俺はこのままエリちゃんを誘拐する」

「はい!?」


 エリも、宮司の衆も、皆が目を剥いて驚愕の声を上げた。


「お前本当にバカです!?」

「要するに今、俺に取り憑いてる状態なんでしょ?

 だったらそのまま持っていく事ってできないの? イベントスキップするバグ技みたいだけど」

「そんなことをしたらエリは……!」

「土地神様じゃなくなるよな。でも、その結果はどっちにしろ同じなんじゃないか?」


 エリは、言葉に詰まる。

 今度は現場の暴走ではなく、住民の支持を受けて異端狩りがエリを駆除しに来るのかも知れない。

 その恐れがある状態でエリを戻すのは、消えろというようなものだ。


「確かに俺、考えが甘かったわ。エリちゃんの方がずっと、先のこと考えてる。

 もしずっとこの山に居たとしても、エリちゃんを守れるかは分からない。

 でも一緒に居ればいつでも守れる」


 懺悔のような気持ちでエルテは語りかける。

 結局エルテは戦うことくらいしかできず、それでは守れないものがあった。


 それでもエルテは自分のやり方でエリを守るしかない。

 少なくとも、ほとぼりが冷めるまで。

 願わくば、エリが胸を張ってこの山に帰れる日まで。


「住処も地位も守れそうにないけど、エリちゃんだけは守れると思う。

 ……人と一緒だよ。生まれた土地でしがらみを背負って生きていけなくなった人は、今までの自分を捨てて旅に出たり、遠く離れた土地へ移ったりする。

 それで道が拓けることもあるから。少なくとも、死ぬよりは良いと思う」


 エルテはそのために世界すら渡った。

 安穏とした生を失った運命の日、こちらの世界に来て8年の戦い……結果として『世界を救った勇者』になったのだから上等だろう。失ったものは返ってこないとしても、為すべき事を為したのだとエルテは思っている。

 神様にだって第二の人生があっていいはずだ。


 エルテはしゃがみ込んで、エリの小さな身体を抱きしめた。


「ふぁ……」

「……今までお疲れ様。この山とみんなのことが大好きだから頑張ってた、ってのはすごいよく分かったよ。でも、そろそろ楽になっていいんじゃないかな」


 小さな手がエルテの背中を握ってしがみつく。


「……卑怯です、人は……

 エリが存在した時間の何分の一も生きてないのに……こんなことが言えるなんて……」


 熱い涙がエルテの胸元を濡らした。

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