#2-9 誅罰
「≪収納鞄≫……」
エルテはアイテム収納のための魔法を行使し、亜空間への門を開く。
魔王城で手に入れた『インベントリバッグ』みたいに大容量の収納は不可能だが、最低限のアイテムをどんな状況でも携行できるので重宝していた。
例えば今のように、防具もアイテムも持っていない状態で突発的に戦闘になっても対応できるわけだ。
まあ聖剣だけはいつでもどこでも出せるので関係無いが。
複雑な紋様の刻まれた楔が虚空から落ちてきて、エルテはそれを地面に突き立てる。
「……からの! 『ボス結界』!」
楔から迸った光が天へと立ち上り、エルテを中心に円筒形の光の檻を形成。
異端狩りの戦闘員たちとエルテを閉じ込めた。
ボスモンスターからは逃げられない……
これは魔王軍のボスたちが、これと見込んだ獲物(大抵の場合は勇者)を逃がさないため使った領域封鎖用マジックアイテムだ。
なお古代文明のロストテクノロジーであり、在庫は魔王城に三桁あったが魔王にも新規生産はできていなかった模様。
長大な聖剣を片手持ちで構え、エルテは四人の戦闘員と対峙する。
仰々しい僧衣を脱ぎ捨てた戦闘員たちは、ジャージにも似た軽装。
軽装とは言え、この服もおそらく魔化が施された防具で、外見を遥かに超える防御力を持っているはずだ。
その服の上に、彼らはまるで弾薬ベルトのようなものを巻き付け、銀製のフラスコみたいなものを大量に持っていた。
――神聖魔法の得意分野は、人には効き目が薄い聖気攻撃と、回復と、味方への強化。
ぶっちゃけ対人戦闘に向いてるとは言い難いんだが……
戦闘員Aが銀筒を抜き出し、親指で蓋を跳ね上げる。
すると、たちまち濃密な魔力の吹き出す気配があった。
――そりゃ補う手段くらい用意してるよなあ!
カラカラ、カラカラと、軸も無いのに寂しく軋む音を立てて車輪が回る。
銀筒から吹き出した魔力は具現化し、戦闘員Aの頭上で回転する四つの車輪を形作った。
それは、彼が手を振り下ろすと一斉に、エルテを轢き潰さんと宙を転がってきた。
魔力による擬似的な物理攻撃だ。
滑空するように並んでやってくる車輪の狭間をエルテは見極め、すり抜けて戦闘員Aに迫る。
そこへ、何かが横合いから風を切り迫る唸りをエルテは感じた。
先程の車輪より細かいが多い。
「≪対衝障壁≫!」
視認するより早く攻撃の性質を類推し、即座にエルテは防御の魔法を使った。
魔力によって光の壁が生み出される。それを無数の剛速球が乱打した。
地面からもぎ取られた土の塊が拳大の石弾となり、エルテ目がけて飛んできたのだ。
光の壁はヒビが入り、やがて砕かれ、その時エルテはもうそこに居ない。残った石は虚空を飛び抜けた。
――あの銀のフラスコみたいなの、『封入魔法具』の一種か。
魔力と、それを形にする術式をセットにしたマジックアイテムだ。
使えば誰でも即座に魔法を行使できる。一般的なのは杖型だ。欠点は、事前に込められたプログラム通りに動くだけなので小手先の調整が難しいことと、消耗品としてはいささか高価なこと。
彼らは、己が本来使えない魔法を銀筒の『封入魔法具』に詰め、それを消費することでエルテにぶつけているのだ。
水面に波紋が立つように、放射状に地面から次々生える槍がエルテに迫る。
エルテはそれを引きつけて聖剣で切り払うが、続いてはエルテの周囲の地面が熾火のように赤く燃える。足裏を焼く気だ。
跳躍して回避すれば、おそらく思うつぼ。身動きの取りがたい空中で魔法射撃を浴びせられる。
そう瞬時に判断したエルテは駆け抜ける。サンダルが焼けて解け、裸足になったが、ぶっちゃけ裸足の方が頑丈だ。勇者パワーと戦いの経験で、戦闘態勢に入ったエルテの肉体は超人的な膂力と耐久力を発揮する。
戦闘員Cが四本も腰に吊っていた剣のうち二本を抜き放ち、さらに銀筒を使う。
ノコギリのような剣はひとりでに宙に浮き、見えない剣士が振るっているかのようにエルテに襲いかかってきた。Cは自らも剣を抜き、宙に浮いた剣と連携して斬りかかる。
飛来する剣の片方を半身になって躱しつつ踏みつけて制し、もう片方を聖剣で打ち払い、刃を返す間も惜しんでエルテは柄頭でCの振るう剣を受ける。
隙を晒したCを、エルテは聖剣の側面で殴打。
「ぐあっ!」
三塁線ギリギリくらいの角度で引っ張られたCはフェンスに直撃した。
斬ればおそらく死んでいたが、そこまではできない。
唐突に冷たいものがエルテに浴びせられる。
「ごぼっ!」
巨大な水の塊が飛んできて、それはエルテを包んだきり制止した。
水の中に閉じ込める魔法だ。
あまり見かけない魔法ではあったが、狙いは窒息状態で弱らせること、発声による魔法詠唱を封じること、水を纏わり付かせて動きを鈍らせることか。このまま水を沸騰させるコンボなんかもシャレオツだ。
間髪入れず、再びの『車裂き』と『石打ち』がエルテを襲う。
己の全身を纏い閉じ込めた水球をものともせず跳躍回避したエルテは、未だ燃え続ける『火渡り』へとダイブした。
「熱ぅ!」
水蒸気の煙が立ち、炎と水は相殺されていく。
普通なら圧倒的に水が勝つシチュエーションだが、水も炎も魔法によって生み出された……誤解を恐れず言うなら仮想的なもの。
反対属性であれば、込められた魔力は相殺し、双方消滅するのだ。
巫女装束にはいくつか都合の悪い焦げ穴ができてしまったがそれどころではない。
――ばんばか使ってきやがって。魔法一発いくらだよ、金持ってんだな。坊主丸儲けか……
二本の剣、いくつもの車輪、そして宙に浮かぶ鬼火のような炎。
展開された魔法はエルテのみを狙って一斉に降ってくる。
「≪爆破≫!」
立ち向かうエルテは魔法を放つ。
前方に爆発が発生し、地面を抉って土煙を巻き上げながら、爆圧によって攻撃を撥ね除け弾幕に穴を作った。
土煙が晴れる間もなく、煙の尾を引くかのようにエルテは突撃する。
初撃。細い棍を持つ戦闘員Dが聖剣を受ける。
破邪の力は人に通じないが、それでも聖剣は単純に剣として強力だ。その刃は杖刑に丁度良さそうな棍に食い込み、次の瞬間切り飛ばす。
だが、一歩退いたDの足下からエルテ目がけて槍が生える。
範囲は狭く、その代わり密度が高い。そう瞬時に判断したエルテは正面突破を諦めほぼ直角に曲がり、槍でDをガードした戦闘員Bを狙う。
Bは鋲と防護プレート付きの格闘グローブを嵌めていた。殺めてしまわぬようエルテが多少手加減していたとはいえ、その手さばきだけで聖剣を三合しのぎ、バックステップしつつ銀筒を四本ばらまいた。
「おっと!」
エルテも退いた直後、二人の間に爆発のような勢いで火刑の篝火が上がる。
――こいつら、思ったよりやりやがる。個人の手数と全体の手数の計算が合わねえぞ?
戦いの中で徐々に覚え始めていた違和感が、ここで閾値を超える。
常人には及びも付かぬモノと戦う精鋭だけあって『異端狩り』の戦闘員たちの練度は高い。エルテと四対一とは言えど、エルテの方は勇者補正込みなのだから。
その割に、全体で見ると攻撃がヌルい。
『神罰を代行』なんぞと大仰なことをのたまっていたが……
――……まさか、あれはフェイント!? 奴らの狙いは俺じゃなくて、ずっと……
彼らの狙いは何だったか。
目的は何だったか。
光のフェンスによる戦闘フィールドの中、散らばった使用済みの銀筒。
いや、数が少しばかり多い。
「……これまでだ」
使用済みのものに紛れて撒かれていた、未使用の銀筒が燐光を放つ。
星座を描くように銀筒同士が光で結ばれ、一瞬、風の吹き上がるような猛烈な圧力が発生した。
澄んだ音を立て、結界が砕け散る。
祠を包囲する破神の魔法陣が修復されていた。
エルテが破壊した部分を、銀筒によって描かれた小魔法陣によって塞ぎ、リンクさせているのだ。
辺りには無慈悲なる光が再び漂い始める。
そして夜空に一際まばゆく星が瞬く。
否、それは星ではない。
何か激しく輝くものが。
徐々に、近く。
「見届けるがいい。この世界が正しき姿に近づく瞬間を」
それは極太レーザーのような閃光だった。
魔法陣によって引き寄せられた神の威光。
破神の儀式のとどめの一撃だ。
「さっ……せるかあ!」
エルテは走った。
もう魔法陣を壊しても意味が無い。
あれを防ぐ道具があるか。防御。障壁。意味があるか分からないがありったけ使う。
『インベントリ』バッグに手を突っ込んでアイテムを掴む。
走る。
背中を見せているのに追撃の気配は無い。
戦闘員たちは下がったようだ。
走る。
障壁を張るマジックアイテムを投げ上げる。
エルテは走る。
光の屋根が生まれる。
それは砕け散る。
ただ走る。
祠に飛び込む。
床が軋む。
石に巻き付けられた水晶の数珠。
『ゆう……しゃ…………』
エリの声が聞こえた。
白い光。
降ってくる。
祠を砕き。
壁はひしゃげ柱は折れ。
白く白く白く白白白白白白白白白白白白
そして。
夜風の中でエルテは目を開けた。
全身が消え去ったかのように感覚が遠のいていたが、やがて痺れるような痛みに襲われる。
胸元には咄嗟に抱き込んだ水晶の数珠。
――ざまあみろ……
エルテが睨んだ通り、あの宙対地レーザーは人に対して効果が薄い。と言うか見た目ほどのダメージは無かった。
この程度の少人数の即席儀式で引き出せる神の力などたかが知れている。なれば魔法の本体は『神殺し』の術式であり、破壊が目的の魔法ではない。破壊エネルギーはあくまでも副産物だ。
後はそれに勇者のHPと魔法防御力が勝るかどうか。エルテは己を盾に御神体を庇った。無茶な賭けではあったが、見事エルテは生き延びた。
身体を引きずるように立ち上がる。巫女装束は既に大破状態だった。
全身が軋んでいた。
「まさか身を挺してあれを受け止めるとはな……
驚嘆に値する短慮だ」
冷たい侮蔑の声がエルテの耳朶を打つ。
「儀式などやり直せばよい。そして貴様はもはや戦えぬ。
この山に巣くっていた神もどきも死ぬ」
異端狩りの戦闘員たちが油断なく身構えて、そこに居た。エルテにぶっ飛ばされたCも回復を受けたらしく復帰している。
「……貴様がしていたのはただの悪足掻きよ。正しき神の御意志は遅かれ早かれ地上に示されるのだ」
「ハァ……ハァッ……」
己に呼吸を強いて、エルテは全身になけなしの魔力を回した。
手足が千切れたわけでも、腹に穴が空いたわけでもない。
もとから防具としては役に立たなかった巫女装束が吹っ飛んだだけだ。
「終わりだ」
まだ戦える。
「貴様も死ぬ。我が手にて裁きを下す」
エリだけでも守らなければ。
『……赦サナイ……』
「ん……?」
急に、エルテは熱を感じた。
抱きかかえていた水晶の数珠から。
御神体が震え、熱を帯びていた。
カタカタと揺れて擦れ合い、水晶にヒビが入り。
ビシッ、と自ら広がった。
「う、うわ!?」
水晶が爆発したかとエルテは思った。
御神体から放射された圧力で弾き飛ばされ、エルテは尻餅をつく。
エルテの手の中から弾かれた御神体は、千切れて消える。
「シャアアアアアアアア!!」
ノイズのように耳障りな咆哮が山を震わせた。
巨大な何かがそこに居た。
ぬめるように輝く何かが絡み合い、流れるように動く。
全身を白い鱗に覆われ、炎の如く赤い目を持つ、それは白い大蛇だった。
鎌首もたげたその頭の高さだけで3メートルはある。全長は下手をすれば100メートルを超えそうだ。
「エリ……ちゃん?」
大蛇はエルテに応えず、極めて爬虫類的な感情の見えない動きで、目の前の男たちに襲いかかった。
「あがっ!?」
目にも留まらぬ早業だった。
戦闘員が一人、その巨大な口にくわえ込まれた。
ボキボキメキメキと骨が裂けて折れる音がエルテの耳にまで聞こえてきた。
「倒せ、倒せ!」
「こいつめ……!」
残りの者が助けようとする。
銀筒が舞い、車輪だの炎だのが大蛇の巨体に降りかかるが、純白の鱗には傷一つ付かない。
へし折れた死体を吐き捨てた大蛇は、地滑りのような音を立てて次の獲物に襲いかかる。
「ぐ、ぎ、が……!」
その巨体を器用に捻って戦闘員を巻き取り、締め上げながら押し潰す。
大きくて重いものが動きながら接触すれば人は死ぬ、というとても当たり前のことが目の前で起こっていた。




