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#2-2 女神との再会

 ムルエリ山には、女神ムルエリを崇める人々が住むムルエリ村がある。

 ……そんな、童謡か早口言葉みたいな状況だったのも今は昔。


「本当に……変わったよな。ここも」

「ええ。根本的に変わったもんです。

 たった7年で山をこんなにしてしまうなんて。

 人族……特に人間の底力を舐めていたと思い知りました」


 張り出た崖のようになった場所から、山の三合目辺りに築かれた鉱業都市・ムルエリマインを見下ろして、エルテは呟く。

 新興の都市は建物さえ全てが新品で、まるで街全体が輝いているかのようだ。

 と言うか実際輝いていた。建物の補強を兼ねたちょっとした装飾にミスリルが使われており、銀の粒でも撒いたように、日差しを照り返して光っているのだ。

 石造りの大きな鍛冶工房から煙突が天に伸び、そこから煙が吐き出される。街外れの選鉱所からは山のあちこちにトロッコの線路が渡されて、その先には鉱山の入り口があった。


「魔物たちが攻めてきたのは、この山にミスリル鉱脈があると知ったからです。ええ、住人でさえ知らなかったというのに。お前が魔物たちを追い出した時、既に魔王軍による採掘も始まっていたわけです。

 そうしたら人間たちがどうするか。今考えてみたら明白ですね。

 脳天気な田舎女神には想像も付かないことでした」


 舌足らずに思えるほど幼い子どもの声がエルテに応えた。

 その声は低く気怠く、拗ねたようでもあり、倦んだようでもあり、不信の色を滲ませているようでもある。


「魔王との戦いで、この山から採れたミスリルは、きっと大きな助けになったですね」

「た、大変……感謝しております……」


 当てこすりめいた言い方をされて、エルテは申し訳なく思いつつ身を正す。


「変わったのは景色とか産業だけじゃなく、信仰も、です。お陰でエリはこの通り」


 エルテの傍らで街を見下ろしていた少女が溜息とともに肩をすくめた。


 人間の基準で言うなら8歳か9歳くらいの女の子だ。

 腰より下まであるほどの長い髪は艶めかしく鮮烈な白。

 どこか油断の無い光を宿したその目は鮮血のように赤い。

 大きすぎる衣を幾重にも身体に巻き付けるようにして無理やり身につけている。


 いつか見た女神の娘かというような姿だが、彼女こそが女神ムルエリ。

 この山で信仰されていた土地神の成れの果てだった。


「信仰が減ると小さくなるの?」

「力を失ったせいで、有り難みのある姿になれないのです。

 このまま力を失って零落したら、エリは手のひらサイズの一介の妖精に成り果てるのです。たぶん」


 エルテは山を占領していた魔物を倒し、解放した。

 同時に、魔物たちが坑道を作り始めていたことから、この山には豊かなミスリル鉱脈が存在するということが発覚。

 仕事を求める人が。商機を求める人が。大挙してムルエリ山に押しかけ、新興鉱業都市ムルエリマインは生まれた。

 魔物によって荒らされた旧ムルエリ村の住人もムルエリマインの街に吸収され、そして、女神ムルエリを讃える神事は急速に廃れた。

 というのもムルエリマインに新しくやってきた人々は、土着の神ではなく世界宗教化した神々……『統合神話』を奉ずる信徒たちだったからだ。

 街には立派な神殿が建てられたが、そこに山の女神ムルエリの姿は無い。


 かつては時節に応じ、村を挙げて神事が行われていたそうだ。

 だが、その村は新たな都市に吸収されて消えた。

 かつての住人のほとんどは今も住み続けているはずだけれど、何かが変わってしまったというのは、彼女の姿を見れば明らかだった。

 神は信仰されるほどに力を増すという。村一つレベルで信仰されていただけの土地神が、信徒を失えばどうなるか。


「何をしょぼくれてやがるんです?」

「いや……」

「エリを守れたかも知れないなんて思い上がっているんです?

 勇者の仕事は魔物退治。お前は自分の仕事をして、一度エリを守ったです。エリはその事に感謝してるし、お前はそれを誇ってればいいんです。その先、何かできたかも知れないなんて思うのは思い上がりです。

 ……お前はここに来るのだって7年ぶりなんですから」


 『今更遅い』と、言われた気がした。

 憐れむくらいなら助ければよかった。そして助けるにはもう遅いと。


「で? 消えゆく女神に何の用です」

「何ってことはなくて……

 世界を回る用事があったんで、その途中なんだ。以前関わった人々が今どうしてるかってことも、ついでに見て回ろうと……」

「そう言えば、なんでまた女になってるんです。異世界人って成長すると性転換するですか」

「諸々事情があったんだよ。今後行動する上で、こっちの方が都合が良かったから魔法で性転換した。

 あと、『非モテの呪い』を回避してハーレムパーティー作るためな」

「お前バカです?」


 女神はいわゆるジト目というやつで、思いっきり胡乱げにエルテを見た。


「ま、なんでもいいです。

 通りすがりなら早いとこ通り過ぎるといいです。……エリはお前に感謝してるけど、そうじゃない人も居るですから。『勇者が神殿を連れてきた』って」

「あっ……」


 そう言って彼女は、崖から身を躍らせた。

 フランクな身投げのような仕草だったけれど、もちろん彼女は崖下に叩き付けられるなんてことはなく、澄んだ音を一つ残して姿を消した。


 後には、真新しい街並みを見るエルテだけが残っていた。

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