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#2-1 勇者の記憶:ムルエリ山奪還戦

 7年前……


「勇者ぁ! よくここまで来やがった! この俺様の……」

「うるせぇっ!!」

「ぴぎゃ!?」


 騎士鎧を着たブタ顔の大男……ムルエリ山を占領していた魔物たちのボスである『オークジェネラル』は、出会い頭の口上も聞かないエルテの一撃で鎧ごと一刀両断された。

 聖剣の力に灼かれた肉体は白き灰となって散り、綺麗な断面で真っ二つになった鎧と手にしていた大斧が灰の中に残った。


「ああっ、ボス!?」

「そんな、ボスがたった一撃で!」

「つ、強すぎる! 逃げろぉーっ!!」


 取り巻きの魔族兵たちは、あまりにあっけない幕切れに驚き慌てふためいて、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

 それを追いかけもせず、エルテは地べたにひっくり返った。


「だーっ! 疲れたぞ畜生!!

 空飛ぶ魔物多過ぎ! そもそも魔物多過ぎ! 山道険しすぎ!

 ボスはこんなヘッポコだったのに、すっげえ疲れた!!」


 ここはローデス王国の端。

 魔物に占領されたムルエリ山の中腹に築かれた、魔物たちの陣地。

 山の木々を切り出して、先を尖らせた堅牢な塀や、物見の櫓などが作られていた。

 とは言え駐屯していた部隊の戦力も半端なら、防衛拠点としての整備度合いも半端だった。


 魔王軍のローデス王国攻略部隊は、未だ王都周辺での攻防を続けている。

 ムルエリ山は先んじて小部隊を送り込み、住人を追い払って占領したようだが、まともな防衛体制は構築されていなかった。

 勇者が乗り込んでくればすぐさま片が付いた。

 山道を散々歩かされ、その間も空を飛ぶ魔物に何度も襲撃を受けたエルテには、決して楽な仕事ではなかったが。


「お疲れ、勇者くん」


 エルテが寝転がって空を見ていると、鎧を鳴らして追いついてくる重い足音があった。

 白銀色の鎧が眩しい彼はガンドラ王国の近衛騎士・グレンだ。


「私は今回はあまり仕事ができなかったな……済まない」

「その鎧じゃしょうがないんじゃないすか、グレンさん。王様にもっと軽い鎧用意してもらいましょうよ」

「いや、しかしこれは栄えあるガンドラ王国近衛騎士の証で……」

「そんなもんより実用性じゃ。わしらの仕事を考えたら冒険者用の装備にした方がええ。

 騎士どもの装備は強いが、重すぎるんじゃ」


 とんがりフードにローブ姿の、いかにも魔法使いという風情の老人が肩をすくめる。

 こちらはガンドラ王国の宮廷術師・ロウヴァン。グレンと同じく、勇者への同行をジョーゼフ王に命じられた、エルテのパーティーメンバーだ。


 ロウヴァンの情け容赦無い指摘に、グレンは眉間に皺を寄せた。

 頭のてっぺんから爪先まで全身銀色にぎらつく彼は、確かに腕の立つ騎士ではあったが、装備に邪魔されて山中の戦いでは力を発揮できなかった。


 歴戦の戦士の肉体は生体魔力によって強化され、物理的限界を超えた能力を発揮するようになる。

 グレンもその領域の猛者ではあるのだが、そういう猛者向けに調整された重装鎧で山中の戦闘に付いてくるのは、いくらなんでも限界があった。ここまで登ってこられたのがまず凄い。


「とにかく、ボスは倒したんだから俺らは休憩してましょう。後は冒険者の皆さんに任せて……」

『勇者よ……勇者エルテよ……私の声が聞こえますね?』


 突如、厳かながらも柔らかく優しい女の声が頭に響いて、エルテは跳ね起きる。


 空は快晴だというのに、辺りがうっすら暗くなったかと思うと、その中に輝くものが生まれた。

 光は徐々に強まり、目も眩むほどになったかと思うと、そこにはいつの間にか、薄絹を纏った一人の女が立っている。


 彼女は美しかった。山嶺の花のように素朴な美貌だった。

 外見年齢を人間基準で見るなら20代後半くらい。長い髪は真っ白だったが、それは色素が抜けた結果の白ではなく、新雪のように輝き白さを主張する美しいもの。赤い目は宝石よりも食べ頃の瑞々しいリンゴに喩える方が適切だろうか。


「あなたは……?」


 只者ではないことだけは確かだった。


『私はこの山に恵みをもたらす者……』

「村人どもが言っておった『ムルエリ様』か。

 精霊や妖精のたぐい……ではないな。信仰を集めたことで小さくとも神として確立されておる」

「土地神様ってことか。

 ……こっちの世界の信仰って、全部『神殿』にまとめられてるのかと思ったけど、そうでもないのな」


 この見晴らし界(サーベイピース)は多神教……と言うか、何柱もの神々が運営し、時に人々と関わることもある世界だ。それらの神々をまとめた『神殿』が唯一の世界宗教となる。

 しかし、それ以外にも自然発生的に『神殿』管轄外の信仰が発生することもあるようで、それが神を生むこともあるらしかった。


 このムルエリ山に住む人々は、山を擬人化したような女神を信仰していた。

 それが彼女。村人たちが言う所の『ムルエリ様』だ。


 女神は穏やかに微笑んで、優しくエルテに語りかける。

 多感な17歳の少年には、薄布一枚の下は裸なのが丸分かりな女神を直視するのは躊躇われた。


『魔物たちを追い払ってくれてありがとう……

 これで山の人々は静かな暮らしに戻れることでしょう』

「ど、どういたしまして」

『ささやかではありますが、私からのお礼を差し上げます』


 女神が軽く手をかざすと、その手の中に光が集い、ふわりとエルテに向かってトスされた。

 光の塊を受け取ってみると、ちょっと重さがあって冷たくて硬い。

 それは20面体ダイスみたいにカットされて磨かれた水晶だった。


『貴方の行く道に光が差しますように』


 女神の微笑みを残して光は消え、辺りは元の明るさに戻った。

 唐突に来訪した女神は唐突に帰っていき、後に残されたのは男三匹。

 白昼夢のような出来事だったが、それが夢ではない証に、エルテの手には水晶の塊がある。


「……神様って、俺の『非モテの呪い』関係無いんですかね?」

「さあ。事務的だっただけでは?」

「我ら定命の者とは存在の格が違うからのう、そんな考えにも至らぬのかも知れぬぞ」


 久々に女性(?)とまともに会話をした気がして、エルテは意味も無く先程の会話を脳内で反芻していた。

 山鳥がのどかに歌い、どこかそう遠くない場所では残党狩りの戦闘の音が響いていた。

今日はもう一回更新する予定です

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