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#1-12 ゆうしゃ レベル1

 日も暮れる頃、二人は街道の宿場町に辿り着く。


「まあ、勇者様にお泊まり頂けるだなんて本当に光栄なことです」

「あははは、領収書は王宮にツケといてください」

「魔法で女性におなりだと聞いてはおりましたが、また別嬪さんになって」


 貫禄ある重量級女将が、人当たりの良いおばちゃんスマイルでエルテを出迎えた。


 宿のロビーは食堂と一体化しており、この時間帯、既に食事と酒のにおいが立ちこめている。

 勇者がやってきたという噂は、既に暇を持て余した滞在客たちに知れ渡っているようで、宿の入り口や窓からは、他所の宿に宿泊している客までもが鈴なりの野次馬になっていた。

 まあ、これもいつものことだ。


「お泊まりはお二方で?」

「はい。お部屋空いてますか?」

「そうですね、お二人なら」


 部屋の鍵を手にした女将が、踏みしめた床や階段に悲鳴を上げさせながら二人を先導する。


「こちらのお部屋になります。後は、今日は大部屋だけですねえ」

「…………だぶるべっど」


 案内された部屋にあったのは、枕が二つ並んだ大きなベッド。

 ダブルベッド……二人が(大抵の場合はカップルや夫婦が)一緒に使うためのもの。もちろん、その用途は『朝まで眠る』だけに留まらない。


「お供の方と同じ寝床ではいけないもんでしょうかね」

「あの、勇者様。私は大部屋でも……」

「それこそNG! 行くんなら俺が大部屋そっちだ!」


 そして沈黙が流れた。


 部屋には、ベッドの他には寝床に使えそうなソファなども無い。

 しかしちゃんとした部屋があるのに今から別の宿を探すというのも、何やら体裁が悪い。


「では、ごゆっくりどうぞ」


 結局、勇者はこの部屋に泊まることに決めた。


 * * *


 夜も更けて宿場町の明かりも落ち、月だけが窓から覗いていた。


「ふふ……誰かと同じベッドで寝たのは初めてかも……」


 シャーロットはなんだかイケナイことをしているようで、何故だかウキウキ気分で毛布にくるまっていた。

 そして、ふと隣を見て気付く。


「……勇者様?」


 エルテは毛布の端からもはみ出し、ベッドから落ちそうな崖っぷちギリギリでシャーロットに背中を向けて身体を丸めていた。


「ど、どうかなさいまして? 私、何か粗相を?」

「いや、違くて。

 奇偶ですが俺も女の子と同じベッドで寝たのは初めてです……」


 エルテの背中が応えた。


「いっ、今更この程度の事が恥ずかしいとでも!?」

「そうですよ悪いですか普通でしょう!」

「だって、勇者様、あのような……」


 エルテはこの身体を格好いいと言ってくれた。

 思い出すだけでも胸と頬が熱くなり、声が詰まるような褒め言葉。

 ともすれば愛の告白にも匹敵する熱量と重量を、シャーロットは感じたのに。


「……私にあのように情熱的なお言葉をくださいましたのに、これ以上何を恥じらうことがございますの?」


 あんなことを平気で言えるのに、同じベッドで眠ることのどこが恥ずかしいのか、というのがシャーロットの感覚だ。


「だ、だってあれはただの正直な感想だったんで」

「女性をエスコートするのも慣れたご様子でしたのに! 旅立ちに際してのお言葉も……」

「あれは神殿の勇者教育でも習った『勇者的な態度』の一環でして! 言うなれば勇者流の営業スマイルです。それはそれ、これはこれなんです!」


 脚を折りたたんでベッドに座り直したエルテは、身振りも交えて熱く語る。

 それから二人の間には、鍔迫り合いでもするような沈黙が流れた。


「……勇者様。女性だけの『ハーレムパーティー』を築くとおっしゃっておりましたが」

「はい」

「その『ハーレム』で何をなさるおつもりでしたの?」


 この体たらくで『ハーレム』を作ったところで何ができるのかと、シャーロットですら思う。


 核心を突かれたエルテは、気まずげに恥じ入るように、目を逸らしつつ言った。


「…………仲良く……なれればな、と……」


 それが、エルテにとって精一杯の……これ以上は持て余してしまうという限界ギリギリの、役得だった。


 あまりのことにシャーロットは愕然となる。

 魔王すら倒した英雄に、とんでもない弱点が隠れていた。


 考えてみればエルテはこちらに召喚された時に16歳。それから八年間、『無縁の呪い』によって女性との接触がほぼ断たれた状態で生きてきたのだ。

 早い話が、女性に対する耐性が無い。


 ――この人を放っておいたら絶対に酷い目に遭う……!!


 主に、悪い女に騙されて。


「……どうしました?」

「勇者様のパーティーメンバーになっておいて良かったと……心から思っております」

「なんでこの流れでそういう考えに!?」


 シャーロットは溜息をつく。

 自分はどちらかといえばエルテに守られる側だと思っていた。

 ところがどっこい、おそらくシャーロットはエルテを見守らなければならない。責任重大で、しかもこれはエルテの傍らに居なければできないことだ。


「慣れましょう、勇者様。きっとこれからも同じようなことはありますよ」

「ソウデスネ……」

「眠れないのでしたら子守歌でも歌ってみましょうか?」

「余計に目が冴えそうなので遠慮しときます……」


 宿場町の夜は、更けていく。

ここまでお読みいただきましてありがとうございます!

本日の更新分はここまでです。

3エピソード(約10万字)執筆済みですので、そこまでは毎日更新します。

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