#1-10 Princess.exe
数日前。
マキウス国立魔動機械研究所にて。
「バイタル安定してます。これなら余剰魔力を放出し続ける必要もなさそうです!」
「流石は古代文明の魔力炉! これほど素晴らしい数値が出るとは!」
まるで封印金庫のように頑丈な手術室、兼病室、兼実験室らしき部屋に白衣の集団が詰めかけ、お祭り騒ぎをしていた。
シャーロットの身体には謎の管が何本も繋がれ、蒸気を噴き出す機械がメーターを上下させていた。
麻酔から覚めたばかりのシャーロットは、技師たちの説明を眠たい頭で反芻する。
「あの、つまり? あなた方は魔王城に眠っていた古代文明の遺物を?」
「はい!」
「私の中に?」
「はい!!」
新しい玩具を与えられた子どものように目を輝かせた白衣の男が元気よく頷いた。
エルテは魔王城での戦いの際に戦利品を持ち出しており、その中には古代文明の遺物も含まれていた。
数多の異界の技術を吸収し高度な魔術と科学を融合させ栄華を誇った、『最初の魔王』が生まれるより前の見晴らし界古代文明。その時代の技術は、今は限定的にしか再現できず、人々は辛うじてこの世界に残された技術の痕跡を研究して復興の日を目指している。
そんなロストテクノロジーの古代遺物が、全身メンテナンスの間に、その場のノリでシャーロットの身体に組み込まれていた。
「さあ殿下、あれを撃ってみてください!」
「う、うつ……? うつとは……」
一際頑丈に装甲板が貼られた壁の前に、凶悪な顔の男を描いた板きれが置かれていた。
ベッドから身を起こしたシャーロットは右腕の義肢を支え持たれ、そこへ向けさせられる。
『撃つ』とは何か。
疑問に思ったその瞬間、シャーロットの手のひらから青白い光の弾が発射され、反動でシーツが吹き飛び、シャーロットはベッドに転がった。
「「「うおおおおおお!!」」」
「………………えっ?」
光の弾は人型板きれを微塵に砕き、白衣の群れとエルテが歓声を上げる。
「わ、私の腕はいったいどうしてしまったのです……?」
「凄すぎる! この砲を人に搭載……もとい、装備させることは不可能だと思っていたが!」
「素晴らしい出力だ!」
「体内の魔力導線、安定してます! これならクールダウンを挟まずに10発は連射可能ですよ!」
いつの間にかシャーロットの右腕義手には、何かを折りたたんで収納しているような継ぎ目がいくつも刻まれていた。
手のひらに空いた穴が細く煙を上げていて、それを見てシャーロットは呆然とする。
「一回外しましょう、一回外しましょう!
魔力投射砲だけじゃ勿体ないです、付けられるもの全部付けちゃいましょう!」
「それよりも外部出力用のジャックを備えておくべきだ。拡張性を持たせた方がいい」
技師たちがシャーロットの肩から義手を外し、理解しがたい用語と内容を話しながら分解し始める。
状況に付いて行けないまま口を開けて見ているしかなかったシャーロットに、付き添っていたエルテが若干早口で説明する。
「えーと、つまりこういう魔法サイボーグ的な蘇生があんまし主流じゃないのは、生身の身体が耐えられないか、身体を維持するのに出力が足りないかのどっちかになりがちらしくて。
それが今、殿下に組み込んである古代の魔力炉は、現代の技術からはかけ離れた出力で魔力を放出しながらも、それを出力先の回路に合わせて形式変換するロストテクノロジーが備わってるらしくて。
出力先が魔力導線じゃなく人体であっても適合させちゃうから、どんな高圧で魔力を流し込んでも身体の負荷にならないとかなんとか……」
「魔力炉の換装によって、殿下の肉体は高度に安定した状態となりました。
これなら120歳くらいまでは健康に生きられますよ!」
「あの、そこまではお話が分かりましたが」
シャーロットは奇妙なほど身体に活力が満ちているように感じられた。
それは良い。もうじき終わると思っていた人生がまだ続くのなら、それはとても嬉しいことなのだけれど。
「武装を付ける必要性はございますの?」
シャーロットの指摘に、部屋の中の時間が止まる。
その場に居た(エルテを含む)半分は『言われてみれば』と我に返った様子で、残りの半分は『この人は何を言っているのだろう』という疑問の表情を浮かべていた。
* * *
「必要でしたわね……
流石は勇者様。このような事態を見越しておいででしたのね」
「え? あ、うん! 多分そうでございます……よ?」
感心しているシャーロットに、エルテは本当のことを言えず曖昧に誤魔化した。
ノーラとエレーナは既に状況が理解の範疇を超えているらしく、ドラゴンに包囲されていることも忘れた様子で目を丸くして、馬車の扉から顔を出しシャーロットを見ている。
「光の剣……? そ、そんなものがあったところで……」
「「「ギイイイイッ!」」」
突如現れた二人を警戒し、様子を見ていたメリーレイダーたちが、痺れを切らしたように一斉にシャーロットに飛びかかる。
メリーレイダーはディノニクスのような外見の、空を飛べない小型ドラゴンだ。炎のように赤い鱗で全身が覆われており、外見のイメージ通り炎も吐く。
火炎放射で獲物を負傷させ、集団で踏み潰し噛み裂くのが彼らの狩りのやり方だ。
宙を舞い、迫る影。
義眼に置き換えられているシャーロットの右目が光ったような気がして、その瞬間、シャーロットは影より速く動いた。
「……戦えるわけが……」
メリーレイダーが同時に四頭、胴部両断されて地に転がっていた。
飛びかかるメリーレイダーの爪を掻い潜り交錯したシャーロットが、右腕から吹き出す魔力で形成された『高圧魔力刃』によって叩き斬ったのだ。
「ギッ!?」
運良く攻撃を受けなかったメリーレイダーは、飛びかかり攻撃が空ぶったことをまず疑問に覚え、仲間が斬り倒されていることに気付き、警戒の声を上げる。
シャーロットは失った脳機能の一部を、ゴーレムなどに用いる魔動演算器によって補っている。
その記憶領域にゴーレムの行動を制御するための制御術式を刻印すれば、即座に達人の如き動きを可能とするのだ。
先程彼女が刻印したのは、剣を手に戦う戦闘用ゴーレムのための制御術式。その中でも特に高等な機体に用いられる【甲種剣兵】タイプのものだった。
おそらく今までの身体では耐えられなかっただろうけれど、換装された古代の魔力炉と、マキウスの職人たちの手による新たな義肢がこの動きを可能にしていた。
「カーッ!」「カア!」「カアアッ!」
プテラノドンと悪魔を足して3で割ったような外見の翼竜……スネークフライが、今ひとつ恐ろしさが足りないカラスのような声を上げてシャーロットに襲いかかる。
鋭い足の爪を用いた滑空攻撃だ。危険な相手だとは判断できた様子で、空を飛んでいるアドバンテージを活かし一撃離脱を仕掛ける構えだ。
シャーロットはそれを迎え撃つ。
未だ、スネークフライの爪が地上に届かぬうちに跳躍し、自分から敵に向かって行った。
そして空中で二度、壁を蹴ったように三角飛びをして跳躍の軌道を変え攻撃を躱しつつ、擦れ違ったスネークフライを叩き斬った。
「飛んだ!?」
見ていたエレーナが驚愕する。
シャーロットは飛んだわけではない。
ただ、義足の足裏からジェット噴射のように魔力を放出し、そこに足場があるかのように空中でジャンプしたのだ。
更にシャーロットは跳躍し、空中に陣取る翼竜の群れへ向かって行く。
だが、彼女目がけて文字通りの集中砲火が襲いかかった。
劣種竜であっても、炎や雷の吐息が使えるドラゴンはかなり多い。
無数の火の玉が雨あられと吐きかけられ、シャーロットは三度跳躍したところで避けきれずに被弾した。
「きゃあっ!」
青い光と炎が爆ぜて、シャーロットは煙の尾を引いて墜落してくる。
空中での短い戦闘の間にメリーレイダーの残りを片付けていたエルテは、落ちてきたシャーロットを抱き留めた。
彼女は咄嗟に魔力の盾を展開できたようで、怪我は無さそうだった。
「無事ですか」
「はい。ありがとうございます」
シャーロットはちょっとばかり恥じらいつつ立ち上がる。
「足裏ジェットで空中ジャンプできるったって、あれはキツイです。
空中は本来、向こうの領域。地上で生きてる我々が踏み込める場所じゃありません」
「では……」
シャーロットの腕から光の刃が消える。
「こちらですわね!」
直後、彼女の右腕が変形した。
手のひらに銃口(あるいは砲口)が開き、前腕部は照準と震動吸収器が翼のように展開され、さらに簪のような形の自律飛行攻撃端末(エルテに言わせれば『ビット』だ)が六本、義手から抜け出して飛翔する。
「発射!」
地より天への流星群が放たれた。
シャーロットの体内に存在する魔力炉で生み出されたエネルギーが、仮想質量を持ったエネルギー体の魔法弾となって彼女の手から放たれる。
左手にある三本の義指からは、それぞれ小さな青白い光の魔法弾が飛び出す。
その掃射によって動きを鈍らされた翼竜たちは、右腕から撃ち出される『重撃弾』で撃ち抜かれて墜ちていく。
さらには六本のビットが変幻自在に飛翔し、側面から左手と同等の射撃を浴びせて敵を追い込んでいった。
彼女に初期刻印されている【甲種弓兵・銃器習熟】の制御術式は魔力によって駆動する携行射撃武器一般の技能をもたらす。狙いの正確さと判断の速さ、そして容赦のなさはまさしく『機械的』という形容が相応しい。
必要なら攻撃魔法で援護しようかと考えていたエルテだが、その必要も無く竜たちは数を減らしていく。次々と降ってくる竜の死体が瞬く間に積み上がっていった。
「ガアアアアアアアア!!」
咆哮が天を揺るがす。
襲撃部隊のボスと思しき大型翼竜・ワイバーンが、咆えながら火を噴いた。
ワイバーンは二本脚で、前脚の代わりに巨大な翼を持つ、翼竜と呼ばれる類のドラゴンの筆頭格だ。
巨体を活かして暴れるだけでも脅威だが、高い飛行能力とブレス能力によって、重力に縛られた人族を一方的に蹂躙する空の王者である。
バランスボールくらいの大きさの火炎弾が降ってきて、地面にぶち当たるなり炸裂。
シャーロットは横っ飛びに回避しながら魔法弾を撃ち返す。
しかしワイバーンは空を泳ぐ魚のようにするりと攻撃を回避し、さらに腹甲に命中した一発も焦げ跡のような傷を残しただけだった。
「硬い……!」
「防御力高そうだし、この距離だと威力も減衰するか」
だいぶ綺麗になった空を見上げてエルテは分析する。
概して戦いというのは、高いところに居る側が有利なものだ。そもそも攻撃の有効射程でも、シャーロットの重撃弾はワイバーンのブレスに負けていると思われる。
「ど、どう致しましょうか」
「何かあれば俺が守ります。その間に、一番デカいの決めてください」
「デカ……はい! 分かりましたわ!」
空を警戒するエルテの傍らで、仁王立ちしたシャーロットが右腕を構える。
上空で戦っていた六本のビットがシャーロットの所に戻って来て、腕に収納されるのではなく、等間隔に前腕に突き立った。
すると右腕の肘から先がばらけ、渦巻くように宙に浮かんだ。
「砲撃術式展開……『徹甲榴弾』装填!」
ビットによって空中に固定された義手のパーツは、内側に光をくわえ込み、弓をたわめるように徐々に魔力を圧縮成形していく。
強まる光はやがて、義手のパーツによって形成された発射台の中で、光の砲弾として鋳造された。
「発射――――ッ!!」
爆発的な光が放出され、魔力によって編まれた砲弾は一直線に空へ飛翔した。
発射の余波として発生した衝撃波が辺りを薙ぎ払う。
重撃弾数十発分の魔力を込めた魔力砲弾は空をつんざき、ワイバーンの腹甲を貫通。
さらにその時点で、仮想質量を持った『砲弾』としての殻は剥がれ、義手の発射台で術式を込められた魔力の塊へと変ずる。
魔力反応のスパークがワイバーンの肉体を纏ったかと思った直後。
青白い光の大爆発が起き、体内からの爆圧によりワイバーンは空中で木っ端微塵になった。




